戻ってきた日常
「アルフレッド坊ちゃま、お茶のお替りはいかがですか?」
食事を摂るアルフレッドにお茶を勧めるフィーナ。すっかり普段の光景に戻ったと言った感じだ。
「フィーナぁ、お茶ぁ〜」
エルフィーネがここに居ると言う点を除けば、であるが。王都へ向かったジェシカ奥達が帰ってくるのはまだ先になる。
それまで留守番の体でエルフィーネはこの屋敷に居座っている形となっている。
曲がりなりにも伝説の英雄であるエルフィーネを無下には出来ず、ジェシカ奥からも何か特別な指示が別段あった訳でもないので仕方無く放任されている状況である。
フィーナからは特に尋ねた訳ではないが、エルフィーネは外出していた時の事をベラベラと話してくれた。
彼女なりにアルフレッドの高熱を治す方法や原因、この件に関係がありそうな黑ローブの男についてなど、街の本屋や冒険者ギルドに行って調べていたらしい。
「あの男が元勇者だってのは私の勘違いだったみたい。そりゃそうよね〜、ただの人間が千年も生きられる訳無いもの〜」
言われてみれば確かにそうだろう。ただの人間が千年も生きる方法などある訳が無い。
自らの意思で意図的に寿命を伸ばす行為など許されるべき事では無い。
「で、あの陰キャだけどあれは多分死霊術士ね。話でしか聞いた事無いけど本当に居るとは思わなかったわ」
「ネクロマンサー……ですか?」
この世界の知識について人並み程度であるためか、フィーナには死霊術士という存在については初耳だった。
「死霊術士ってのはね……」
(フィーナちゃーん! お待たせー! 天界の女神、レアさんでーす!)
エルフィーネの返事に被せる形で天界のレアからいきなり連絡が来た。
こうなると、目の前で話されても内容など頭に入ってくるはずも無い。
(レアさん、今は現地の方と話してるので後で折り返し……)
「ちょっと? 聞いてるの?」
すかさずエルフィーネから指摘が入る。だが、こんな状況で聞いているはずも聴き取れるはずもない。
女神とて聖徳太子の様な複数人の話を全て理解するという芸当が行える訳では無いのだ。
「すみません。ちょっと待ってて下さい」
二人同時に話しかけられ、てんやわんやのフィーナはなんとかエルフィーネに少し待ってほしい旨を伝える。
(フィーナちゃ〜ん! 聞こえる〜?)
こうしている間もフィーナは天界のレアから直接脳内に話しかけられ続けているのだ。
要はどちらもフィーナの都合はお構い無しなのだが、彼女がそんな状況にあるなどエルフィーネには知り得ない事ではあるし、レアに関しては多分フィーナで遊んでる。
(それでね、フィーナちゃんが会った黒い子なんだけど〜、悪い子だから次会った時は天界送りにしちゃってね、見敵必殺の精神で♪)
半分以上は聞き取れなかったがとりあえず、例の黒いローブの男は倒してしまって構わないらしい。
(レアさん、また後でお話を伺いますので一度切ります)
レアの話は後から改めて聞くとして、フィーナはまずエルフィーネの話を聞いてみる事にした。
「すみません。エルフィーネさん、もう一度お願いします」
一度話した内容をもう一度お願いするというのは心苦しいものがあるが、聞いたフリで済ますのはもってのほかである。
「仕方無いわね〜。どこからだっけ?」
自分のカップにお茶を注ぐフィーナに対しやれやれといった態度で再びエルフィーネが話し始める。
「死霊術士ってのは修行次第であらゆる死体を操れるんだって。レイスやゾンビは言うに及ばずね」
フィーナは知る由もなかったが、異世界には死霊をもて遊ぶ者が少なく無いらしい。
彼らの目的は大抵が不死、永遠の命など天界にとっては見過ごせない欲望によって動いている様だ。
「その気さえあればドラゴンや魔族なんかも、死体であれば使役出来るらしいわ」
エルフィーネの話を黙って聞くフィーナとアルフレッド。
特にアルフレッドには伝説の英雄が語る話というフィルターが掛かっているため尚更興味津々の様だ。
「フィーナさん、しえきってなに?」
流石に五歳にも満たない子には分からない言葉もあるらしい。
「使役というのは、他の誰かを働かせるという意味ですよ」
都度フィーナが教え聞かせるという形となっている。
「でね、死霊術士ってのはこれまで何人か居たらしいんだけど尽く退治されちゃってるって訳。それで退治してるのが聖女って噂なのよ」
「う、噂……ですか」
噂と聞いてちょっとガックリ来たフィーナ。まぁ、情報の伝達が緩やかなこの世界に正確性を求めるのは酷な話ではあるのだろうが、それでも噂話が情報源では力が抜けてしまうのも仕方無い。
「で、この前の陰キャなんだけど、漆黒の呪われた黑法士って自称してるらしいわ〜」
件の死霊術師についてこの短期間で調べてくる辺り、エルフィーネは桁外れに有能な冒険者なのかもしれない。
「これはどっかの迷宮に潜ったって冒険者から聞いた話。いや、黒と黒で被ってるじゃんって笑い話になってたけどね〜」
ここまでエルフィーネに話して貰ってなんなのだが……彼女は多分、噂好きの話好きなだけでその情報の信憑性や正確性は二の次なのだろう。
(…………)
全てを鵜呑みにする訳にもいかないだろうが、とりあえず件の黒ローブの男には手加減せずに対処する事が必要だろう。
天界のレアからのお墨付きもあるし、歴史への悪影響などは今のフィーナが考える事でも無いのだろう。
「さて少年。君は死霊術士などという間違った道に進んだらいかんぞ? 少年には将来の夢とかあるのか?」
思い出した様にアルフレッドに対しエルフィーネは英雄然とした態度で語りかける。
カップを口元まで運び紅茶を口にする動作は、窓から差し込む日の光を受ける金髪とエルフの気品も相まって絵にはなっている。普段の言動との落差が無ければ……
「そういえばフィーナ。貴女も髪綺麗なんだから降ろしとけばいいのに」
ふと、思い付いた様にエルフィーネがフィーナに話を振ってきた。
ちなみにフィーナも長い金髪なのだが天界と違いメイド仕事の邪魔になるので、タイと同じ深緑色のリボンで後頭部に一つに纏めて垂らしている。
俗に言うポニーテールという髪型だ。やはり今は利便性の方を優先したい。
もっとも女神の力を使えば髪型程度なら自由自在、変幻自在なのだが。
「このお仕事中はこの髪型の方が楽なんです」
アルフレッドの朝食の食器を片付けつつフィーナが答える。
「それではこちらを下げてまいります」
フィーナはワゴンを押し部屋を出る。こうなると、部屋にはエルフィーネとアルフレッドの二人きりという事になる。
流石に五歳にも満たない小さい子相手に大の大人がおかしな事はしないだろう。しかもアルフレッドはまだ病み上がりだ。
(…………)
ーカタンカタンガチャガチャー
フィーナ自身意識せずに自然と食器を片付ける速度が上がっていく。
ーカッカッカッカッー
廊下に出て歩く速度もだんだん早くなっていく。忘れかけていたがあのエルフは頭ピンクである。
いわばライオンのオリの中に子犬を残してきた様なモノ……これはライオンに失礼か。
「アルフレッド坊ちゃま、お待たせしました」
急ぎアルフレッドの部屋に到着し扉をノックするフィーナ。
ーコンコンー
少し待ったが返答が無い。
「アルフレッド坊ちゃま! いかががなさいましたか?」
言い終わるより先に扉を開け中を確認する。
フィーナが見たのは、ベッドに潜り込んでいるアルフレッドと、フィーナが部屋を出た時と変わらない場所で紅茶を飲むエルフィーネだった。
「ん? どしたの?」
と、エルフィーネかが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「あの、アルフレッド坊ちゃまは……?」
ベッド潜り込んでいるアルフレッドを不思議に思い、何があったのか尋ねるフィーナ。
「いや、この子に将来の夢を聞いただけ。そしたら貴女みたいになりたいだって」
アルフレッドに将来の夢など聞いた事も無いフィーナは自分みたいになりたいと言う彼の意図が分からないでいた。
「執事とか使用人になりたい訳でもないでしょうし……。この位の子なら勇者になりたいとか騎士になりたいって言うのにね。どういう事なのか聞いたら黙っちゃって……見ての通り」
そこまで聞いてもフィーナにはアルフレッドの気持ちは分からなかった。
とりあえず病み上がりのアルフレッドが横になるなら邪魔をする訳にはいかない。
「アルフレッド坊ちゃま、お昼になったらお伺いします。何がありましたら例のベルをお使い下さい」
そう言うと、フィーナは安眠を妨げる可能性しか無いエルフィーネを引きずる様にしてアルフレッドの部屋を後にするのだった。
フィーナがエルフィーネと二人で洗濯場に向かい屋敷の廊下を歩いていると
「フィーナさん、アルフレッド様はもうよろしいのかしら?」
メイド長のアニタに呼び止められた。そういえばアルフレッドの回復をまだ報告していなかった。
「はい。もうお熱は下がられました。朝食も摂られましたから後は経過を見るだけかと……」
フィーナの報告にアニタも安心した様だ。
「わかりました。仕事は他の者達で回します。貴女はまだアルフレッド様に付いていておあげなさい」
そう答えるアニタの顔は珍しく少し微笑んでいる様にも見える。
(…………)
確かに神力を使い続けたフィーナの疲労は大きく、普通の仕事をこなすのは少ししんどいものがあった。
「わかりました。ありがとうございます」
アニタにお礼の言葉を述べるとエルフィーネを先導し客間へと向かう。
「ねぇ、私客間で一人残されても暇なんだけど」
確かに誰が相手をするでも無い部屋で一人で佇んでいても退屈だろう。
だからと言ってまたアルフレッドの部屋に連れて行っては元も子も無い。
「とにかくこちらでお寛ぎ下さい。くれぐれもあちこち出歩かない様に。分かりましたね?お・きゃ・く・さ・ま」
有無を言わせないフィーナの迫力に渋々従いエルフィーネは客間へと入っていった。
落ち着きの無い彼女の事だからこの程度では釘を刺した事にはならないだろうが、すぐにうろちょろする事も無いだろう。
レアに聞く事も残っているし、今後のフィーナ自身の身の振り方も決めておく必要がある。
今回の異世界出張の目的はこの世界の人間社会の崩壊の阻止。
そして崩壊のキッカケであると目されたアルフレッド・オーウェンの前世の記憶の復活の阻止であった。
もし、先日のアルフレッドの高熱が記憶復活のキッカケだったのならそれを乗り越えた以上、フィーナがここに居る理由は無い事になる。
(…………)
一抹の寂しさと心残りを感じつつフィーナはアルフレッドの部屋に向かうのだった。




