公衆浴場
「レイチェルさん、このロッカーにですね……」
フィーナはロッカーの前でオロオロしているレイチェルにロッカーの使い方を始め、クリーニングサービスの受付に衣類を預ける事まで教え終える事で、ようやく浴場へ入る事が出来た。
「それじゃ、最初に身体を洗ってしまいましょうか」
フィーナはお風呂そのものに不慣れであろうレイチェルを甲斐甲斐しくお世話している。
前の世界で長年メイドとして働いていた為、その辺はいつの間にか一つの特技と言えるほど身体に馴染んだものとなっていた。
一方のレイチェルは完全に借りてきた猫の様になってしまい、身体を洗い桶のお湯で身体を流す時など反射的に身構える有り様だった。
(これは湯船に入る時も苦労するかも……)
フィーナはレイチェルを怖がらせない様に優しく彼女の身体を流していた。
背中を流したり優しく頭を洗ったりと完全にレイチェルお付きのメイドとなってしまっている。
「身体綺麗になりましたから、あちらに行きましょう」
フィーナが指し示した方向には広々とした浴槽とすでに寛いでいるイレーネ達の姿があった。
「は、はい……ですニャ」
フィーナの後に続いて歩くレイチェルはおっかなびっくりといった様子でお風呂場に連れられてきた猫そのものだった。
「それでは湯船に入る前に身体を流しますね」
フィーナは桶で湯船のお湯をすくうと、レイチェルがびっくりしない様に優しくかけていく。
一方のレイチェルは縮こまったままフィーナにされるがままで微動だにしない。
同じ猫族のミレットは喜んでお風呂に突撃していったものだが……世界が違うとこうも変化があるものなのかとフィーナは驚いていた。
もしかしたら、ただの個体差なのかもしれないが。レイチェルは湯船の縁に手を置き、恐る恐るお湯の状態を確かめている。その仕草は正に猫パンチだった。
「それでは入りましょう」
湯船に両手をのせて警戒しているレイチェルの横を、身体を流し終えたフィーナが通り過ぎる。
彼女は長い髪が邪魔にならない様にタオルで髪を纏めており、既にお風呂で寛ぐ準備は万端である。
この浴場の浴槽は奥に行く程深くなっていくタイプのもので、フィーナ達が居る場所は足湯程度の深さしかない。ゆっくり温まるにはイレーネ達が居る奥へ行くしかないのだが……
レイチェルは浴槽に入ったかと思ったらその場に腰を降ろしてしまった。ここではさすがに浅すぎるし、ゆっくり温まるのは不可能である。
「レイチェルさん、向こうの方がゆっくり出来ますよ?」
フィーナがイレーネ達が居る場所を指差して案内するが、レイチェルは頑として動こうとしない。
湯船の縁をガッシリ掴んで奥へ行かない気満々である。
「ここでは逆に身体を冷やしてしまいますよ?」
フィーナが説得を続けるもレイチェルは全く動こうとしない。
このまま無理をして連れていこうとしても動かないだろうと判断したフィーナは
「それでは、私は向こうに行っています。段々と深くなっていきますから移動の際は気を付けて下さいね」
そう言うとレイチェルをその場に残して浴槽の奥のイレーネ達が寛いでいる場所へ向かうのだった。
「フィーナさん、レイチェルさんどうしたの?」
一人で近付いてきたフィーナにイレーネが尋ねる。
「お風呂が苦手なそうでして、無理にお連れする訳にはいきませんので……」
フィーナはそう言うとイレーネ達と同じ様に壁に背を向け湯船にしゃがみ込んだ。
「フィーナさん、今回の下水道でも結構危なかったんですからね? サラマンダーさんが居なかったら私達も助けられたか分からないんですから」
隣に座ったフィーナに対しマリーがここぞとぱかりに説教を始めた。サハギンに襲われた一件は確かに危なかった。
あと少し助けが遅かったら溺れていたかもしれない。
「すみませんでした……」
フィーナはしょんぼりと長い耳を垂れ下げて落ち込んでしまった。
「マリーも心配なのはわかるけどもう少しやわかく……ね?」
お説教モードに突入したマリーに責められるフィーナにイレーネが助け舟を出してくれた。
「フィーナさんに身体を張って貰ったから、私達も無事だったんですよ〜。みんな無事だったんですし……その……」
アリッサもイレーネに続いてフォローしてくれた。それに対してマリーは
「そうかもしれませんが……それでフィーナさんが危険な目に遭っても駄目じゃないですか」
二人に嗜められて説教の勢いは削がれたが、マリーにとってはやはりフィーナの行動が心配ではあるらしい。
だからこうして一生懸命説教してくれているのはフィーナにもよく分かっていた。
それにしても、フィーナは度々失敗をやらかしているので安定感というか安心感みたいなものが欠けているのかもしれない。
(…………)
フィーナは湯船の中で体育座りをして考え込み始めてしまった。
今回の下水道の一件だけではなく、この異世界に降りて以来失敗ばかりしている気がする。
冒険者としての経験が少ないからかもしれないが、自分には神力を使って様々な事が出来るというアドバンテージがあるはずであるにも関わらずである。
「フィーナさーん?」
フィーナが考え込んでいる内にいつの間にかイレーネが隣に来ていた様だ。話し掛けられるまでまるで気が付かなかった。
「あ、イレーネさん……わっ!」
ーザバーン!ー
フィーナが理解する前にイレーネが飛び掛かってきた。突然抱きついてきたかと思えば後ろに回って全身撫で回してきたり胸を揉んできたりとやりたい放題だった。
「あの……や、止めて下さい……!」
フィーナが止める様に懇願してもイレーネには聞こえていない様だった。
「フィーナさん、くよくよしちゃダメですからね? フィーナさんのお陰で助かったりとかたっくさんあるんですから♪」
イレーネはフィーナを励ますためにこんな行動に移った様だが、思惑と実際の行動がまるで一致していない。
「そ、それは分かりましたから……へんなとこ触らないで下さい!」
イタズラを続けるイレーネと抵抗するフィーナのやり取りは明らかに周囲にとっても迷惑行為となっていった。
浴場内にはフィーナ達以外にも普通にお客さんが入っている状況であり、いつまでも二人を放っておくほどマリーは放任主義では無かった。
「フィーナさん! イレーネさんも! 静かにして下さい!」
その後、二人は浴場の一角に正座させられマリーからみっちりお説教を受ける事となったのは言うまでもない。




