家庭教師の勧誘
街に着いた一行は早速門番に先程の近くの森であった経緯を報告する。
門番達は半信半疑の様だが、一応警戒はしてくれるとの事。
エルフィーネは一応冒険者ギルドにも報告すると言い一人で行ってしまった。
クラウスは肉屋に戻ると言うので、フィーナも付いて行く事にした。何よりクラウスに頼みたい事もある。
肉屋に着くと女店主が満面の笑顔で迎えてくれた。
「あら〜遅かったねぇ! 心配したんだよ? 何かあったのかい?」
「森で魔物に襲われまして……そこをフィーナさん達に助けてもらいました」
クラウスは少し恥ずかしそうに女店主に答える。
「うちの若いのを連れ戻してくれてありがとうね。ほら、これ持ってきな」
女店主は蓮の葉の包みをフィーナに差し出してきた。
これはフィーナが買い物の時によく買っている肉の串焼きの詰め合わせだった。いつも屋敷の裏方メンバーへの差し入れとして購入している。
それなりの値段はするのでフィーナが穴空き銀貨四枚を女店主に渡そうとするが
「いいんだよ。それよりまた買いに来ておくれ」
女店主は豪快に笑って代金を受け取らなかった。改めてお礼を言い肉屋を後にする二人。
「あの……フィーナさん? 僕は冒険者ギルドに行きますね」
クラウスが冒険者ギルドに向かう旨を聞き、慌てて行き先を街の外から冒険者ギルドに変更するフィーナ。
買い物の後は屋敷に帰るというルーチンのまま行動してしまい、本来の目的を忘れる所だった。
これからクラウスに屋敷の家庭教師を勤めてもらえる様、口説かねばならないのだ。
あのジェシカ奥と関わらなければならない仕事を紹介するのは正直気が乗らない。
それも知り合いに紹介するのだから尚更である。ブラックな職場を斡旋する様なものなのだから心が痛む。
(やるしか……ないですよね)
納得は出来ないがやるしかない。出来るだけ嘘偽り無く実状を伝えて彼に判断してもらうのみである。
「だーかーらー! 三十匹は下らないんだってば! この目で見たんだからあ!」
冒険者ギルドに着いた二人だが、いきなり中から怒号が飛んできた。声の主に心当たりはあるが誰かと揉めている様だ。
とりあえずフィーナとクラウスは中へ入るのだった。
ーガチャー
「今さら敵情調査なんて遅いわよ! あいつら指数関数的に増えるしか脳が無いんだから! 放っといたら取り返しつかなくなるわよ!」
冒険者ギルドの扉を開けたフィーナの目に飛び込んできたのは、怒鳴りながら初老の男性を締め上げているエルフィーネの図だった。
身なりの整った初老の男性は口から泡を吹いて失神しかけている。フィーナが来た事に気付いたエルフィーネは初老の男性を開放し
「他にも証人居るんだから! フィーナ、このボンクラ支部長に言ってやって!」
と、まだ事態が把握できていないフィーナに無茶振りしてきた。
エルフが支部長を締め上げるその様子を見ていた他の冒険者達からは、さすが経歴詐称エルフとかスカウトなのに脳筋とかエルゴリさん等々……エルフィーネを揶揄する声が飛んできていた。
それらの声に我慢ならない様子のエルフィーネは
「誰が経歴詐称よ! これが目に入んないの! プラチナよプラチナ!」
と、ジャラジャラと首から下げている冒険者証を見せつけている。
その色はやや暗い銀色であるため他の冒険者達にはシルバーと見分けがついていない様だ。
プラチナ認定の冒険者など歴史上の英雄位しか居ないのだから、見た事が無い者がほとんどなのも仕方無い。
よって見分けがつかないのも当たり前。お前の冒険者証くすんでね?とか声が飛んでくる。
エルフィーネの冒険者証は年季が入った物で、とても綺麗とは言い難いのも物笑いの種にされてしまっている。
そしてドッと笑いに包まれる冒険者ギルド。
「るさいっ! あんたら年上を少しは敬いなさいよ!」
そんな冒険者達にプルプルと震えながら反論するエルフィーネだが、完全にイジられている。
ちなみに、ここの冒険者ギルドでは格安で飲食や宿泊も出来るので、今日も満員御礼であった。
エルフィーネとのやり取りは冒険者達の格好の酒の肴になっている。
一方、膝から崩れ落ちている支部長に近付き命に別状無い事を一応確認、フィーナは森で見た実状をそのまま彼に伝える。
自分がゴブリンの多数を処理した事は除いて……。
これは危機意識をギルドに感じてもらう為であり、調査の妥当性を補強する為である。
ゴブリンが街の近くの森に沢山居ましたけどもう倒しておきました…では、一件落着感が出てしまう。森の奥にまだ敵が潜んでいるかもしれないし、例の大きい影の正体も判明していない。
今後の事も考えるときちんと第三者の手できちんと調べてもらうに越した事はないのだ。
もっとも、後の冒険者ギルドによる調査の結果見つかったのは無傷のゴブリンが数える程度で、彼らを統率していたと思われる大きな影は去ってしまっていた。
また、調査の開始まで数日を要した為か、フィーナが倒したゴブリン達の死体もそのほとんどが夜行性の動物達の餌となって消えており、その結果、嘘・大げさ・紛らわしいとエルフィーネが揶揄される事になるのだが、それはまた別の話である。
フィーナの説明を聞いた支部長は咳き込みながら調査隊の募集を検討する事を決めてくれた様だ。
支部長との話が終わり、ようやく本題に移る事が出来る。フィーナはクラウスを空いているテーブルに案内し、席に着いてもらう。
「あの……それで僕に話とは?」
クラウスは自分に何の用があるのかさっぱり見当がついていない。
そこに木製のジョッキを手にエルフィーネがやってきた。
「ほらほら、可愛いお姉さんがお飲み物お持ちしましたよ〜」
エルフィーネはジョッキを二つテーブルに置いた。そしてフィーナの隣の席に座ると手にしているジョッキから酒を流し込み始めた。
「ぷはぁ〜! 仕事の後はやっぱらりコレよね〜!」
まだ日中だが一仕事終えた気分のエルフィーネは上機嫌である。
「ところで貴女、神聖魔法使えるの?エルフなのに珍しいわねぇ〜」
フィーナの肩を抱き、エルフィーネは今日の出来事を振り返る。
彼女の言う通り、この世界ではエルフが神の力を行使する神聖魔法を使うのは珍しい。
エルフ達が使うのは主に自然の力を借りる精霊魔法などがほとんどだからだ。
ちなみに、精霊との関係が薄い人間達が使う魔法は自身の魔力総量に依存するもので、力の発現には知識の獲得と修練が必要となる。
一部の例外を除けば人が魔法を使うには多大な労力が要るものなのだ。
昼間、火の魔法を行使したクラウスだが彼も相当な勉強を重ねてきたはずである。
「フィーナさん、確か詠唱無しでしたよね? 高位の神官でも中々出来ない事ですよ。きっと神様に愛されてるんですね」
クラウスも森での出来事を振り返りながらフィーナに笑いかける。
詠唱無しで神の力を使えるのは女神としては当たり前……やはり詠唱無しは目立つ様だ。
人目がある時は詠唱するフリだけでもした方が良いかも……と、改めてフィーナは思い直す。
そんな事を考えながら置かれたジョッキに口をつけてみる。ジョッキの中身は果実酒で、果物の香りと味のお陰で非常に飲みやすい。
「詠唱無しで魔法バンバン使うのって昔のアレ思い出すから良い印象なかったのよね〜。悪いイメージ付いちゃってたし。それにしても貴女ってもしかして……」
エルフィーネがジッとフィーナの目を見つめてきた。肩を抱かれたままなので二人の顔の距離はとても近い。
「女神とか?」
唐突に核心を突いて来たエルフィーネ。
「え……? あ……え?」
真っ直ぐな目で見つめてくる彼女の圧に耐えられずフィーナは目を反らしてしまう。
「なーんてね。そんな訳無いわよね!」
フィーナの反応が面白かったのかケタケタと笑いながらエルフィーネは酒を飲む。
「実は昔見た事あんのよ。バカ勇者の前に女神が降臨すんの。貴方に力を授けましょうみたいな感じで。女神様の名前は……あー、忘れちゃったけど。」
エルフィーネの話によると昔、勇者パーティーの一員だった時に依頼に行き詰まった時など勇者が女神を呼び出したと言うのだ。
件の女神は呼ばれたのが嬉しかったのかノリノリで力を与えていたらしい。
(…………)
件の女神はレアで間違い無い。異世界を天界の望む方向に誘導する為、神が直接降臨する事は許可されている。
しかし、その際は天の威厳を損なわない様に配慮しなければならない。
「なんか雰囲気が似てたのよね。その女神と貴女」
エルフィーネは悪戯っぽく笑っている。どうも彼女がフィーナを女神と言ったのはからかい半分の様だ。
私はそんな大層な者じゃ無いですよ。と、フィーナは苦笑しながら答える。
「クラウスさん。貴方に仕事のお願いがありまして……」
フィーナは改めてクラウスに話しかける。仕事内容、報酬、待遇など分かっている事をそのまま伝えていく。
フィーナの話に戸惑った表情をしているクラウスだが、フィーナの説明が終わったところで
「誘ってもらってすまないんだけど、僕なんかで務まるとは思えない……」
固辞する意向を示した。その答えにちょっとガッカリなフィーナ。
「やっぱりお給料少ないですかね……」
確かに金額的に魅力的な依頼内容とは言えないし、おそらくはお目付け役の居る状態での家庭教師となるだろう。
間違いなくストレスが溜まるであろう職場環境なのだから無理強いは出来ない。
「あの……ちなみに依頼内容のどこが駄目でしたか?」
一応、辞退の理由を知っておいて損は無い。今後の参考にもなるしこの募集要項がいかに現実を無視しているかの根拠にもなる。
「僕ではお役に立てるかどうか……大学を卒業したと言っても魔術師としては平均以下ですし……」
クラウスは申し訳なさそうに辞退の理由を答える。
聞けば彼は魔力の総量が平均以下しか無いらしい。だから、人並みに魔法を使っているとすぐに枯渇してしまうのだそうだ。
魔力の総量は生まれついての特性で訓練で上がるものでも無い。身体の成長期が終われば、一部の例外を除いて大抵はそこが上限となる。
だから、魔法の教育が主になるであろう貴族の家庭教師は出来ない……と言う事らしい。
正直、知識の習得に魔力の総量はあまり関係無い様にも思えるが……フィーナは魔法については門外漢なので迂闊な事は言えない。
「そうですか……。分かりました」
やっと見つかった大学卒業者だったが諦めるしかなさそうだ。
それにしても、フィーナの目にもクラウスは自己肯定感が低い様に見える。
その大元は魔力総量の少なさによるところが大きいのだろうが……。
フィーナが女神の力を使い彼の魔力総量を引き上げる事は出来るが……歴史の改変にどう繋がるか分からない現状で直接的な介入は極力避けたい。
一人の人生の変化が世界にどう影響するかは神ですら分からないのだ。良かれと思ってやった事が不幸を招く事などいくらでもある。
フィーナは申し訳なさそうにしているクラウスの手を取ると
ーギュッー
「気が変わったらいつでもお屋敷にいらして下さいね。お待ちしていますから」
と、彼に励ます様に最後のお願いをする。ついでにこっそり幸運の特性も彼に付与しておく。
付与された者に直接的に利益をもたらす特性では無い為、世界に対する影響は無いと思われる。
仮に幸運を手に出来たとしても、それは当人の努力の賜物を引き寄せる助けになるかもしれないという程度の曖昧な力である。
「それでは私はこれで失礼します」
クラウスから手を離し改めてエルフィーネにも声を掛ける。
「ええぇぇぇー! もう帰っちゃうのー!」
エルフィーネは不満タラタラの様だがあまり帰りを遅くする訳にもいかない。
銀貨一枚をテーブルに置き二人に軽く会釈する。
「これいいの?ありがとー!」
と、エルフィーネは軽く手を振り見送る。クラウスは顔を真っ赤にしたまま軽い会釈で返してくれた。
賑やかな冒険者ギルドを出ると、すでに日は傾き始めていた。あまり遅くなってはアニタから小言を言われてしまう。
フィーナは急ぎ屋敷への家路についたのだった。




