状況の整理
フィーナが帝都の城に戻されて数日が経ったある日の朝。
(どうしてお屋敷に戻れないんでしょう……?)
フィーナは不思議に思っていた事を、今朝の朝食の時にバルトゥジアク卿に尋ねてみた。彼からの返答は
「皇子様が襲われた件で、我々にも疑いの目が向けられている。調べが終わるまで開放される事はあるまい」
という感じで素っ気なく答えられてしまった。全く見に覚えのない嫌疑で拘束されるのは腑に落ちないが、自分が今ここで逃げ出すのは悪手に思えた。
フィーナは仕方なくそのままの軟禁生活を受け入れていく事にするのだった。
(うーん……)
ちなみに、バルトゥジアク卿からは自分の額に付けられているサークレットは外して良いと言われている。
彼の話によると、この魔導具は他人を自分の支配下に置くための物であるという。
当人の自我を眠らせ意のままに操るための道具……。
しかし、バルトゥジアク卿はこの魔導具を使うつもりはもう無さそうだ。
特に弊害も無い様なのでフィーナは思案した挙句サークレットをそのままに付けておく事にした。
装飾も派手ではなく自分の着ているドレスにもよく似合っている。それに
(なんだかお姫様みたいですね……)
フィーナも女神とは言え女性である。綺麗なドレスや装飾品を身に着けて悪い気がするものでも無い。
簡単に言えばサークレットそのものが、気に入ってしまっていたのだ。
(綺麗……ですね……)
この女神、危機感が全く無い。また自我が抑制されたらどうするかとか何も考えていないのだろう。
軟禁生活を強いられているとは言え建物内を歩いたりルイゼやヘルムートと面会する事も禁止されている訳ではない。
しかし、今の自分は彼らが知っているレティシアではなくなっているのでフィーナは引け目を感じ、彼らに会おうという気にはなれなかった。
また、本来の目的であるザック達なのだが、彼らは例の貴族の護衛の仕事がキッカケで帝都滞在中のルイゼの護衛を務める事になり、彼らとの連絡もサラマンダーを介して行える様になっていた。
前回の盗賊達の襲撃を助けてくれたのもルイゼの護衛として距離を空けてついてきてくれていたからこそ、あのタイミングで助けに入る事が出来たのだそうだ。
ザック達は今は城にいる訳ではなく、彼らの雇い主シュトリーゾフ卿の邸宅に詰めているらしい。
それにしても疑いが晴れるまでとはいつまでこうしていれば良いのだろうか?
いざとなれば転移で逃げてしまっても良いのだろうが、ザック達が帝都で仕事をしているのなら無理をして逃げる必要も感じられない。
それに避暑地に向かう途上の森の中で盗賊達が待ち伏せの様に現れたのも気にはなる。
馬車が盗賊に襲われるのは異世界の常だが、よりにもよって帝国の偉い人に盗賊が手を出すものだろうか?
あの馬車には特に高価な物品は積んでいなかったはずだ。
少なくともリスクを承知で強奪する様な価値の高い物などは無かった。
また、盗賊達はバルトゥジアク卿と面識はあった様だが……彼らの会話の内容から考えると、盗賊達の待ち伏せはバルトゥジアク卿との仲間割れという見方も出来る。
まずフィーナからして盗賊に捕まったのをバルトゥジアク卿によって無理矢理帝都に連れてこられたのだ。
その時は彼らのお互いの関係は悪くなかったのだろうから……関係性が変わったのはつい最近の話だろうか。
(…………)
フィーナは、椅子に腰を下ろし机の上で両手を組んでいるバルトゥジアク卿を見る。彼は何か知っているのだろうか……?
「お、おじ様。数日前の盗賊達の襲撃については何かご存知なのですか?」
フィーナはバルトゥジアク卿に単刀直入に聞いてみた。
ちなみにフィーナが人格を抑えられレティシアとして過ごしていた時からバルトゥジアク卿の事はおじ様呼びである。
だから特に違和感は無いはずなのだが今のフィーナがやっていた事では無いのでなんだか少し恥ずかしい。バルトゥジアク卿は呆れた様に溜め息を吐くと
「慣れない事は止めておけ。今のお前はレティシアではないのだからな」
どうやら取り繕ったフィーナの言葉遣いのぎこちなさは彼にもしっかり伝わってしまっていたらしい。
「す、すみません……」
ダメ出しを受けてフィーナは顔を赤くして落ち込んでしまった。
気が沈んだ時に長い耳が垂れ下がるのもいつも通りの事である。
「……ギュンターだ」
バルトゥジアク卿がふいに呟いた。フィーナが聞き返すと彼はそれが自分の名前なのだと言う。
いくらファーストネームを教わったといってもそのまま呼ぶ気にはとてもなれない。
そもそも自分は対外的にはまだ彼の養女扱いなのだ。そんな自分が年上の男性にファーストネーム呼びはあまりに不自然過ぎる。
おじ様呼びが拒絶されたフィーナは少し考えた後
「ギュンターおじ様、質問よろしいですか?」
と、話し掛けてみた。今度は自然に話す事が出来たと言わんばかりにフィーナはしてやったりと得意気だ。
その様を見たバルトゥジアク卿は再び大きな溜め息をつくのだった。
結局、バルトゥジアク卿からの目新しい情報は何も無かった。
盗賊達との関係はあったが、フィーナを引き取ってからは連絡等もしていなかったらしい。
盗賊の頭はアジトが潰されたとか言っていたはずだが……バルトゥジアク卿の差し金と思い込んだ単なる逆恨みだろうか?
捕まえた盗賊達はいずれも下っ端で頭の言うまま動いていただけらしく、そちらも目ぼしい情報は引き出せていないらしい。
もし、自分達が盗賊に襲われたのが盗賊達の逆恨みという単純な理由で無いのなら、誰かがフィーナ達を殺そうとしている事になる。
その辺りの話が解明されなければフィーナも帝都から離れる訳にもいかない。
ヘルムートであろうとルイゼであろうとバルトゥジアク卿であろうと、自分が知らないうちに殺されたりなんかしたら後味が悪いでは済まない。
可能であれば全てを白日の下に晒してから安心して自分の本来の仕事に戻りたい。
フィーナは石造りの廊下を歩きながら、一人そう考えていた。
知り合った人間が不幸に見舞われるのなら何とかして救いたい。転生者であろうと現地の人であろうとそれは変わらない。それが天界の女神としてのフィーナの矜持でもあった。




