生誕記念パーティー
生誕記念パーティーは順調に進み出席者にお酒が振る舞われ始めた。
フィーナも給仕係から渡されたグラスを手に取り白ワインと思われるそれに口をつける。
パーティーでは何をしようという気も無く、彼女はただ成り行きを眺めていた。
能動的に動いたり自分で何かを考えたりするのでは無く、思った時にはすでに行動しておりなんとなく映像作品を見ている感覚に近かった。
起きているのでは無く夢の中に居る感覚、そしてその状況に疑問を抱けない状態だった。
何か音楽が流れてきたかと思うと周囲の男女が踊り始めていた。フィーナがその状況をただ眺めていると
「レティシア様、ご一緒頂けますか?」
突然、フィーナはヘルムートに手を引かれていた。ワインのグラスもいつの間にか手から消えて無くなっている。
ダンスなどした事が無いと思っていたがなぜか身体は動いている。
一曲踊り終えたところで二人に話し掛けてくる者が現れた。
「こんばんは。ヘルムート様」
二人が声のする方を見ると、そこには赤いドレスを着たルイゼが立っていた。
自分の番は終わったとフィーナはヘルムートから離れルイゼに礼をし脇に寄せられたテーブルに戻る事にした。
これらの行動もフィーナが能動的に動いている訳ではなく、行動している自分を一歩引いて見ている感じである。
気が付いた時、フィーナはパーティー会場に面したバルコニーに出ていた。
バルコニーから見えるのは広い庭園であり、庭園の中を石畳の道路がずっと先まで続いていてその先には静かな街並みが見える。
「レティシア様、ご機嫌如何でしょうか?」
バルコニーから街並みを眺めていたフィーナは後ろから声を掛けられた。振り向くとそこにはヘルムートが立っている。
彼はフィーナの前まで来ると今回も片膝をついてそのままフィーナの手を取り手の甲に口付けをした。
前回まではすぐに手を返してくれたが今回は違った。その様子にフィーナが戸惑っていると
「レティシア様。どうか私と結婚を前提としたお付き合いをお願いしたい」
ヘルムートはフィーナの手を取ったまま立ち上がるとそのままグイグイと距離を詰めてきた。
その様を未だ第三者的視点で眺めているフィーナはただ状況に流されていた。
ヘルムートに手を取られたまま顎をに手を添えられ彼の顔が眼前に迫ってきたその時
「ヘルムート様!」
今度は会場の方から女の子の声が聞こえてきた。その女の子はルイゼだった。彼女はドレスのスカートを摘みながら二人に駆け寄ってきた。
「ヘルムート様! 主賓がいなくなられて皆さん探しておられます。会場へお戻り下さい」
今度はヘルムートがルイゼに手を引かれて会場へと戻っていった。
嵐が来てそのまま過ぎ去っていってしまった感覚にも関わらずフィーナは未だに第三者視点で状況に流され続けるのだった。
パーティーから戻ったフィーナはベッドの上に寝かされていた。
目を閉じ身体を休めていると誰かが複数で部屋に入ってくる物音が聞こえてきた。
「皇子様の気は十分に引く事が出来た様だ。このエルフにはまだ使い道がありそうだな。例の魔導具の魔力供給とはこれを使えば良いのだな?」
「はい。お館様の魔導具から魔力を遠隔で供給出来ます。自我抑制も思いのままでございます」
「皇子様さえこちらに引き込めれば老いた皇帝陛下の役目は終わりだ。丁重に舞台から降りて頂かなければな」
「その後はバルトゥジアク様の天下と言う事ですかな?」
「私の興味は帝国の繁栄だ。魔物に脅かされる民を救わねばならぬのに現皇帝陛下は腰が重すぎる」
バルドゥジアク卿は不満を漏らす様に言葉を続ける。
「それに、キングが出現し動きを見せているという情報もある。その様な状況で無能を国の中枢に増やす訳にはいかん。もはや猶予は無い」
二人の話し声はフィーナの耳にしっかり聞こえていたが、彼女にとっては右から左に通過するだけの話題だった。
(あれ、なんだか前に聞いた事がある様な……)
特に興味も湧かなかったフィーナだがキングという言葉には何か引っかかるものを感じた。
しかし次第に眠気が強くなりここで彼女の意識は再び途絶えていくのだった。
目覚めた時、フィーナは庭園のベンチに腰を下ろしていた。
夜にベッドで寝ていたはずだが、いつの間にか起きていて身支度も整えられ、気が付いたら庭園で空を眺めていた。
通常ならありえない時間の飛び方だがフィーナは自然に受け入れてしまっていた。
彼女が今、思っているのはなぜ時分がここに居るのかではなく景色が綺麗だという目の前の情景だった。
「レティシア様、お茶が入りました」
メイドに声を掛けられ初めて彼女の存在にフィーナは気付いた。
だがその状況に驚く事も無くただ淡々と受け入れている。出されたお茶の味も馴染みのあるいつもの味だ。
特別熱くもなく香りも変わらず……自分が庭園に来ている理由は分からなかった。
だが、気にもならないしどこかへ行こうという気すら起きない。今もフィーナは流されるだけの時間を過ごしている。
日中の庭園をみるのも遠い街並みを見るのも、自分が今生活している場所も全てが初めての場所なのに普段は気になるはずの事がまるで気にならなかった。
まるで昔からここで生活していたかの様に……そして
「レティシア様、本日もよいお天気ですね」
庭園でお茶を飲んでいたフィーナはいつの間にか生誕記念パーティーが行われた建物のバルコニーに移動していた。
バルコニーで白いテーブルとチェアのセットでヘルムートと寛いでいる場面に変わっていた。
こんな場面転換は現実ではありえない。しかしフィーナはこの事すらもあっさり受け入れてしまっていた。
「ヘルムート様、私に何かご用ですか?」
自分の口から発せられたこの質問もフィーナにとっては他人事であり物語を見ている感覚が続いている。
「昨日の私の言葉、覚えているだろう? 私は本気なんだ。どうか答えを聞かせて欲しい」
昨日の彼の言葉とは結婚を踏まえて付き合いたいという話だったはずだ。
フィーナは自分がどんな答えを彼に返すのか気になって他人事の様に見ているが何も答える気配が無い。
困った顔をして目を伏せてしまっているだけだった。その様子にヘルムートは今ここで返事を聞くのを諦めた様だ。
「混乱させてしまったね。でも、次は良い返事を聞かせて欲しい。それじゃ僕の美しい女神様」
(……へ、女神?)
その時、フィーナは久しぶりに自分が何なのか気付いた気がした。
依然回りの見え方は変わっていないが明晰夢の様に自分の判断で身体を動かせる様な気がしていた。
(あれ……? なんか別に良いのかな……)
しかし、そんな眠りから覚めた感覚もすぐに無くなってしまう。
夢から覚める事が出来ずにその世界に留まり続ける事になってしまい、フィーナはただその現実を受け入れる以外には無かった。




