人格操作
棺桶に入れられたフィーナは馬車から降ろされるて帝都にある屋敷の一室に運び込まれた。棺桶の中からでは外の状況はさっぱり分からない。
何か話し声は聞こえるもののフィーナの長い耳でも聞き取れない。
よく聞き耳を立ててみたが魔導具とか効力とか聞こえたがやはり何の事やらさっぱり分からない。
(私、これからどうなるのかな……)
フィーナが自分の今後についてまた不安になっていると
ーギギィー
長らく閉じられていた棺桶の蓋が開けられた。久しぶりの外の明るさにフィーナが目が慣れずに眩しそうにしていると突然何者かの手がフィーナの頭に伸びてきて
(え……?)
金属製の何かをフィーナの頭に付けてきた。
(なんか……眠い……)
その瞬間、彼女は強烈な眠気に襲われ、抗う事も出来ずに深い眠りに落ちていくのだった。
(…………)
フィーナが次に気が付いた時、彼女の意識は夢の中にあった。自分の身体が自分の意志で動かない感じ。
夢の中でフィーナはレティシアと皆から呼ばれ彼女はそれを他人事の様に眺めていた。まるで一人称の物語を観ている観客の様に。
彼女が居たのはまるで見た事の無い豪華絢爛な一室、そこでフィーナは白いドレスを着せられ椅子の上に座らされていた。
何人かのメイドがフィーナの周りで彼女の身だしなみを整えていく。
(あ〜……なんかすみません)
フィーナはその状況が不思議に思えず何故かいつもの事の様にすんなり受け入れていた。
メイド達も何かを話しかけてきてはいるのだが、なんとなく自分も返事をしている気はするがよくは分かっていない。
ーガチャー
「支度は出来たか?」
そこに眼鏡を掛けた壮年の男がやってきた。
彼が誰なのか今のフィーナには気にもならなかった。
自分がレティシアと呼ばれる状況も何故か不思議と受け入れられていた。
疑問を挟む余地も無い。ずっと以前からこんな生活をしていた様な気がするからだ。
壮年の眼鏡の男に連れられていったやってきた場所には玉座があり一人の老人が座していた。
壮年の男はフィーナの隣で老人に恭しく礼をしており、フィーナにも礼を促してきた。
この国の作法もなんとなく覚えていたフィーナも老人に対し礼を行う。
「皇帝陛下、こちらは遠縁の娘で……」
隣の壮年の男は老人を皇帝陛下と呼んでおり、彼は自分の事を遠縁の親戚の者であり最近養女として引き取ったと説明している。
そして、いい機会としてヘルムート皇子に合わせたいと皇帝陛下に進言していた。
皇帝陛下はフィーナの長い耳が気になった様だが、彼女の妖精の様な可愛らしい姿に最終的には納得したらしい。
侍従の者にヘルムート皇子にこの場に来る様に伝え、フィーナはそれらのやり取りをやはり他人事の様に眺めていた。
ーガチャー
しばらく待つと一人の青年が玉座の間にやってきた。サラサラの金髪で儀礼用の黒軍服を着ている見るからに美形の青年だ。
青年はフィーナの前までやって来ると片膝を付き彼女の手を取ると白い手袋の上から口付けをし
「お初にお目にかかります。レティシア様、私はヘルムートと申します。以後お見知り置きを」
と、フィーナの事を見上げながら話し掛けてきた。いつものフィーナなら慌てふためくところだが、今はなぜか身体も口も自然に動き
「こちらこそ、お会い出来て光栄です。ヘルムート様」
この国の作法に乗っ取った返礼をこなす事が出来た。しかも、その事を不思議に思う事も無い。
皇帝陛下との面会、皇子ヘルムートとの顔合わせを終えたフィーナは壮年の男に促されるまま、皇帝陛下の玉座の間から退出するのだった。
(変な夢……)
なんだか意識が飛び飛びで場面の転換も突然なまま時間が過ぎ去っている。
フィーナは壮年の男の後に続いて石造りの広い廊下を歩いていた。
自分の意志で動いているというよりは、なんだか映像を一歩引いた所から見ている様な……他人事な感覚がずっと続いている。
二人が歩いていると廊下の先から二人の男女がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
彼らは少し急いでいる様で、小太りで口髭を生やした男性は息を切らしながらとにかく先を急いでる様に見えた。一方、後に続く少女は落ち着いて男性の後に続いている様だった。
「シュトリーゾフ卿、そんなに慌ててどこに行かれるのかな?」
フィーナの前を歩く壮年の男が前からやってきた男女の内の男性に向けて声を掛けた。それに対し小太りの男性は
「これはこれはバルトゥジアク様。私達はこれからヘルムート様に面会を約束しておりまして……」
ハンカチで汗を拭きながら小太りの男性は答えた。
「ルイゼ、急ぐぞ。時間がもう……」
「はい、お父様」
二人はそう言うとフィーナ達に頭を下げ行ってしまった。
フィーナも貴族の礼で返礼したが小太りの男性は慌てて行ってしまった。
ルイゼと呼ばれた少女は同じ様に返礼しようとしたが小太りの男性に急かされてしまったので先を行くしかなかった。
「田舎貴族が……。娘を使って成り上がろうなどとは片腹痛いと言うものよ」
フィーナの目の前に居る壮年の男は嫌悪感に満ちた目で小太りの男を見送っている。
「さぁ、行くぞ。レティシア、お前には存分に帝国の役に立って貰うぞ」
そんな事を言う壮年の男の言葉にフィーナは何の疑問も感じずにただ後を付いて行くのだった。
最初に気が付いた部屋に戻ってきたフィーナは部屋に戻るとすぐにメイド達に囲まれてしまった。
メイド達に囲まれたフィーナは成されるがままに着替えさせられていった。
白いドレスから水色のドレスに。そして手袋やストッキングからショーツに至るまで全てを新品に取り替えられた。
相変わらずされるがままなフィーナは何も疑問に感じる事無く着替えさせられていく。
「今日はヘルムート様の生誕記念の催しが行われる。お前は彼に話し掛け気を引けば良い」
壮年の男バルトゥジアク卿と呼ばれた彼の指示は簡単だった。
フィーナが気が付くと周りは夜へと移り変わっており、自分は大勢の人々が列席するパーティー会場の様な場所にやってきていた。
しかし、時間が飛んだ様な自覚は無くフィーナからは普通に時間が経過しての現在の自分という認識だった。何も疑問には思わない。
周囲の人々が初対面であるとかそういった細かい事も気にならない。自分がその場に居るのが当然という感覚しか無かった。
ーパチパチパチパチー
その時、会場では大きな拍手が巻き起こった。主賓である皇子ヘルムートが会場入りしたのだ。
彼は会場に列席している人達一人一人に挨拶していく。バルトゥジアク卿の位置的に彼がフィーナ達の所にやってくるまでそう時間は掛からなかった。
「バルトゥジアク卿、本日はこの様な催しに御出席頂きありがとうございます」
皇子ヘルムートは昼間の時と同じ様に貴族同士の挨拶の作法を交わす。
「レティシア様も。本日はありがとうございます」
フィーナの前にやってきたヘルムートはやはり昼間の時と同じ様に片膝を付いてフィーナの手を取ると、手の甲に手袋越しの口付けをしてきた。フィーナもスカートを摘んで頭を下げ立ち上がったヘルムートに敬意を表す。
ヘルムートは軽く頭を下げると隣の列席者への挨拶に移っていった。フィーナがヘルムートの行く先を見ていると昼間に廊下で出会った父娘の姿を見つけた。
確かルイゼと名乗った女の子とシュトリーゾフ卿という貴族の父娘だったはずだ。ルイゼは金の長い髪を結い上げており、かなり目立つ赤い色のドレスを着ている。
「田舎貴族め、娘を使ってヘルムート様に取り入ろうとは姑息な真似を……」
フィーナの耳に隣に居るバルトゥジアク卿の呟きが聞こえてきたが、話の内容は全く頭に入ってきていなかった。




