クリスタル湖
夜中に宿泊所を抜け出したイレーネ、フィーナ、マリーの三人は気晴らしも兼ねて村の近くにあると言うクリスタル湖に向かっていた。
夜間なのもあって光の精霊ウィル・オー・ウィスプを呼び出しての移動である。
ウィル・オー・ウィスプの光々とした明かりはフィーナの心の中にある不安も綺麗さっぱり消し去ってしまう程の明るさと安心感を与えてくれた。
一応、変な気配があるか無いかも確認しながら進んではいるが、何か変なモノが出てくるはずも無く……
「お! あれじゃないですかぁ〜?」
イレーネが明るい声で月明かりに照らされる静かな湖畔を指し示す。
フィーナ達の進む先に月明かりに照らされた、透き通る様な水面を湛えた大きな湖が見えてきた。
確かにこんな綺麗な湖は二箇所とは無いだろうと思う。湖に着くとイレーネは早速木陰で洋服を脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿になって湖に飛び込もうとした。
あまりに躊躇の無いイレーネをフィーナは必死で抑え
「安全を確認してから! 今、確認しますから!」
湖に飛び込ませたらイレーネは死ぬと言わんばかりにフィーナは必死だ。
クリスタル湖のホラーな物語を知らないイレーネやマリーには何が何やらと言ったところだろう。
とりあえず赤外線で湖を走査したフィーナの目に特に気になる様な影は見えなかった。
イレーネに改めて気を付けて湖に入水するように言い聞かせている時、イレーネのスタイルが良い事に初めて気が付いた。
彼女の年齢は十代後半位のはずだが胸も豊満でスタイルが良い。
普段は黒いローブを着ているから気が付かなかったのだろうが、正直フィーナより胸が大きいのは確実である。
「そ、そういう訳ですから何か異変を感じたらすぐに知らせて下さいね」
フィーナの注意が終わるとイレーネは全力で湖に向かって駆けていき
ーザバーン!ー
勢いよく湖に飛び込んでいった。まるで遊びに連れてこられて元気にはしゃぐ飼い犬の様である。
とりあえずフィーナは湖の畔でイレーネの様子を見る事にした。殺人鬼が突然溺れるなんて事が起きたら一大事である。
(でも、あの殺人鬼みたいなのが出たらターンアンデッドで倒せるのかな……?)
湖ではしゃぐイレーネを見ながらフィーナはとりとめもない事をぼんやりと考えていた。
イレーネの万が一の為にサラマンダーを警護に就かせる事も考えたが、火の精霊であるサラマンダーを水辺で働かせるのはパワハラに当たるのではないかと考えると実行に移せずにいた。
とりあえずはウィル・オー・ウィスプに上空から照らしてもらうだけでも良しとすべきだろう。月明かりだけではとてもじゃないが視界が悪すぎる。
「フィーナさんは湖に入られないんですか?」
マリーがフィーナに話しかけてきた。どうやらフィーナが湖の畔で佇んでいるのは湖に入るのを遠慮しているものと思われている様だ。
まさか、万が一の殺人鬼の襲撃に備えているなんていう、陰キャな男子高校生がテロリストの学校襲撃に備えているみたいな中二病的な事を言う訳にもいかず
「ま、まぁ……オークの件も有りましたし、用心するに越した事は無いかな……って」
もっともらしい事を言ってフィーナはこの場を切り抜けた。
(…………)
それにしても綺麗な湖である。クリスタルという名前がつけられてるだけあって、水の透明度も高く月明かりの照り返しも相まって湖は大分幻想的に見える。
「フィーナさん? あの……私も泳いでみようと思うんですけど……」
マリーがそわそわしながらフィーナに申し出てきた。別に自分に断り入れなくても……と思いながら
「どうぞ。楽しんで来て下さい。私はここで見てますから」
と、マリーに答えた。フィーナの返事を聞いたマリーは嬉しそうに木陰へと消えていった。
イレーネとマリーが湖で遊んでいるのを見て、フィーナの中にもなんだか混ざりたい気持ちが大きくなってきていた。
イレーネが湖に入ってからしばらく経つが殺人鬼が現れる気配は全く無い。
当たり前と言えば当たり前だが考え過ぎていただけだったのかもしれない。
(…………)
しかし、なんとなく全裸で泳ぐのは抵抗がある。神力で水着は生成出来るが一人だけ水着姿ではかえって浮いてしまうだろう。
フィーナはロングブーツとニーソックスを脱ぐと足湯の様に湖に足をつける程度に留めておく事にした。
程よい温度の湖の水は心地よくひんやりした空気も手伝って眠くなってきそうなくらいだった。その時
「ひゃあっ!」
水に付けている足に何かが触れてくる感覚がフィーナを襲った。慌てて足元を見るといつの間にか近付いてきていたイレーネがイタズラしていただけだった。
「フィーナさん、いいなぁ〜♪ 足細いし〜肉付き良くて綺麗だし〜♪」
イレーネはフィーナの足をナデナデするとマリーの元へ泳いでいった。
自由奔放なイレーネに呆れながらフィーナは湖の畔でゆっくりしていた。イレーネとマリーは相変わらず元気に泳いでいる。
本当に綺麗で穏やかな湖に、変に警戒していた自分がバカバカしく思えてきていた。
名前が一緒だからといってそう簡単に殺人鬼が『こんにちは』するはずが無い。
そういった物語の定番であるバカップルやバリピの影はどこにも無く、犠牲者候補になる様な人間は近くにはいない。
(まぁ……)
殺人鬼の物語に拘らず、仮にサメが出て来る物語であれば自分達は完全に鮫のお食事枠である。
淡水にサメがいるはずもないし湖の中は事前に赤外線で走査済みである。そもそもここは異世界、今更サメが出てきたところで少し強い水棲生物扱いでしかない。
フィーナがぼんやりとつまらない事を考えていたその時
ーベチャベチャー
湖に浸けているフィーナの足に再び何かが触ってきた感覚が走った。
「もう! イレーネさん! いい加減怒りますよ!」
またイレーネのイタズラだろう。フィーナは水の中に居るであろうイレーネに怒ってみせた。
「え? 私がどうかしましたか?」
フィーナの予想に反し、後ろから水から上がったばかりらしいイレーネが声を掛けられた。
「へ?」
水の中に居ると思っていたイレーネに後ろから話し掛けられフィーナは訳が分からなくなっていた。
確かに今現在も何かに足を触られているのだが……
ーグイッ!ー
「ひゃあっ!」
突然何かに足を掴まれフィーナは湖の中に引きずり込まれてしまった。
ーザバーン!ー
彼女の悲鳴にイレーネとマリーが慌てて駆け寄ったがその時にはフィーナの姿は完全に消えてしまっていた。




