晒し上げ大会
冒険者ギルドから出たフィーナはイレーネに連れられ街の裏通りにある一件の酒場にやってきた。
「ここは……?」
見るからに隠れ家的な物静かな店だった。冒険者で賑わう街の酒場といった感じでは無く小洒落たバーと言った方が良い雰囲気を醸し出している。
中に入っていく客も冒険者の姿はしていても、雰囲気が違うと言うかなんというか男女の関係を思わせる様な客層ばかりだ。
「さ、入りましょう! 騒がしくなくて落ち着ける良いお店なんですよー!」
イレーネは再びフィーナの背中を押しながら入店していくのだった。
バーのカウンターに座ったフィーナ達、席順は左からイレーネ、フィーナ、マリーの順であり左右を挟まれたフィーナは慣れない場所というのもあってかすっかり小さくなっていた。
三人の眼の前にお酒の入ったグラスが出され、三人はそれであらためて乾杯をするのだった。
「それでね、フィーナさんに聞きたい事があるんですけどぉ〜?」
見るからに絡み酒な雰囲気を醸し出してきたイレーネにフィーナは反射的に身構える。
こんな経験は前の異世界で呑んだくれのエルフィーネ相手に数え切れないほど経験してきた。
「き、聞きたい事って何ですか……?」
嫌な予感がしつつフィーナはイレーネに聞き返す。するとイレーネはニンマリとした笑顔を見せ
「アルさんって誰なんですか? 彼氏ですか? 恋人ですか? 幼馴染ですか? 年上ですか? 年下ですかぁ?」
勢いよく食い付いてきた。フィーナが洞窟でアルフレッドの事を叫んだのをしっかり聞かれていた様だ。
「え……あ……」
命の危機に晒されていたとは言え、思わずアルフレッドの名前を呼んでしまったのはフィーナ自身でも気まずく思っていた。
もしかしたら、タイラントスパイダーに捕食されていた……あるいはもっと酷い目に遭う事になった可能性も考えると、フィーナがパニックになりアルフレッドの名前を呼ぶほど恐怖に支配されてしまったのも無理も無い事ではある。
しかし、自分がこの世界では絶対者である女神だという点を鑑みると彼女の心の中は恥ずかしさで一杯になってしまっていた。
(あわわわ……)
フィーナの顔は湯気が見えそうな程に赤くなってしまい、エルフの長い耳は垂れ下がりイレーネの質問にもまともに答えられずに下を向いてしまった。
「恥ずかしがる事なんかないですよ〜! 私が同じ目にあってたらショック死してますよ、きっと! ねぇ?」
フィーナの恥部をほじくり返してフォローするというマッチポンプを繰り広げながらマリーに同意を求めるイレーネに対し
「……あんな事になったら私なら失神じゃ済まないですね」
マリーもフィーナへの気遣いからかフォローに努めてくれた。
「でもまぁ、それはそれ。これはこれです! それでアルさんってどんな方なんですか?」
イレーネはまるで女学生同士が恋愛話でもするかの様にグイグイ食い付いてきた。
下を向いて赤くなっているフィーナが思わず右隣のマリーの方をチラ見して助けを求めてみても
「あ……」
マリーもフィーナの答えを待っている様で助け舟を出してくれそうな素振りは無い。
このまま黙っているのも体裁的に良くない……と判断したフィーナは仕方なくイレーネの質問に答える事にした。
「アルは……アルフレッドは、物静かな子……でした。時間があれば読書をしていた様な……」
フィーナは過去の記憶を手繰り寄せながらアルフレッドとの昔話をポツリポツリと放し始めた。
メイド仕事として屋敷に務め出した事から彼の世話をする日々……別の異世界の話ではあるので事細かに説明する事は無かったが、要点は大体話し終える事が出来た。
「あの……もう良いですよね? 面白い話でも無いですし……」
顔を赤くしながら話を終えたフィーナは、もう勘弁してくれと言わんばかりにイレーネの方を見る。
しかし、イレーネは何故か不満そうな顔をしている。何が何やら分からないといった表情をフィーナがしていると
「……お話は良く分かりました。それでフィーナさんは彼の事は好きだったんですか?愛されていたんですか? 男性として!」
イレーネが熱弁混じりにフィーナに詰め寄ってきた。
彼女が手にしているグラスはすっかり空いてしまっている。
バーのマスターが代わりのグラスを持ってくるとイレーネはグラスを交換して貰って満足そうに代わりのグラスに口を付けた。
「で、どーなんですか?」
殆ど詰問口調になってしまったイレーネはそこだけはハッキリさせておきたいご様子だ。彼女の中で何か許せないのだろうか?
(え……それは……その………)
イレーネの質問にフィーナは完全に答えに詰まってしまった。
答えられないと言うよりフィーナにも分からない事だから答え様が無いと言うのが正確なところなのだ。
フィーナの頭の中にはアルフレッドとの年齢の差、身分の違い、そもそも自分がアルフレッドに恋愛感情を抱く事は許されるのか、という点が浮かび上がりそこからずっと思考を先に進める事が出来ずにいるのだ。
また、魔界に出向している元女神シトリーの過去のやらかしもフィーナの心の枷となっている。
平たく言えばフィーナの心は理性によりブレーキが掛けてある状態である。
しかも、自分は本来その世界に居ない存在であるため必要以上に干渉してはならないという不文律も、フィーナの心のストッパーの一つとなっている。
それらのブレーキを全て破壊してアクセルを踏み込む性格だったらフィーナの運命も変わっていた事だろう。
しかし彼女はブレーキがあるなら止まるを選択する女性である。ブレーキを踏む事が推奨されているのなら尚更だ。
だからフィーナ自身にも未だにアルフレッドに対する自身の感情は解らないでいるのだ。
「すみません……わかりません……」
今の彼女にはそう答える事しか出来なかった。これが偽りの無い本音であるのだが
「いやいや、だってアレですよ! 悲劇の二人が引き裂かれたっていう絵になる話と、いつまでも子離れ出来ないお世話係っていうちょっと引いちゃう話のどっちになるかっていう瀬戸際ですよ! これは私の中のフィーナさん像の分岐点なんですよ?」
熱く語るイレーネの話にフィーナはかなりのショックを受けた。
子離れ出来ない保護者……アルフレッドを大事に思う気持ちに変わりは無いにしても、子離れ出来ない保護者というのはあまりに不名誉過ぎる。
こうなってくると別の異世界の出来事であるアルフレッドとの話を、遥か過去のこの世界の出来事と偽って話した事が大失敗だったと今更ながらに悔やまれる。
つい最近の話にすると会いに行こうとか言われるのを危惧した上での判断結果だったのだが……嘘を付いても付かなくてもロクな事にならない。
(…………)
八方塞がり……フィーナは一人言葉の意味を噛みしめるのだった。
再び黙り込んで俯いてしまったフィーナの様子にこれ以上突付いても駄目と判断したのかイレーネは
「それじゃ、そのアルさんの良いところはドコだったんですか?」
質問を答えやすいモノへと変えてきた。これなら答えられると乗り気になったフィーナは
「やっぱり……何事も一生懸命なところでしょうか。勉強も剣術も一生懸命でしたし……素直な良い子でしたから」
アルフレッドの良いところを聞かれ途端に饒舌に語りだすフィーナ。完全に我が子自慢の保護者のそれであった。
「素直で可愛いだけでも十分なのに本気で強くなろうともしてくれたんですよ。戦いとかに向いてる性格じゃないのに……それなのに彼は何度も私を助けてくれたんです!」
フィーナのアル自慢は一向に終わる気配が無かった。それにしてもこの女神ノリノリである。彼女がニヨニヨしたイレーネの視線に気付くのは暫く先の事である。
「お二人の関係はよく分かりましたよ〜」
全てを悟ったイレーネに言葉を止められたフィーナが再び真っ赤になって黙ってしまう事になったのは言うまでもない。




