冒険者教育
「う……うぅ……」
短剣を眼の前に突き付けられビリーは力量の差に愕然としていた。剣を振ろうにも剣の柄が抑えられていて全く動かせない。
勝負は決まったはずだがビリーはまだ諦められない様だ。彼も冒険者生活自体は長い。
パーティーのお荷物の様な存在であるビリーと言えど、全くの戦果ゼロと言う訳でもなくゴブリンの一匹を斬り飛ばしたり、クロウラーと呼ばれる芋虫の魔物を撃退したりした事くらいはある。
そんな自分はいつか剣士として成り上がってみせる……と強い思いを抱いていたのに、目の前のエルフにあっさりと負けてしまった……彼にはそんな現実が許せなかった。
(うーん……)
一方、フィーナは力の差を見せつけたはずなのに未だ諦める様子の無いビリーに困惑していた。
攻撃手段を封じられ眼前に剣を突き付けられていたら誰でも自分の負けを悟るはずなのに。
こんな性格では命がいくつあっても足りるものでは無い。彼を生かすにはしっかりとした教育が必要そうだ。
ードカッー
フィーナはビリーを蹴っ飛ばして距離を開けると
「あなたは冒険者としてパーティーの皆さんの役に立ちたくは無いんですか? このままではパーティーを辞めさせられるばかりか行き場も失いますよ?」
蹴っ飛ばされて転がっていくビリーに現実を告げた。
よくある話だと追放された人間が実は有能な能力を持っていて何かの拍子に覚醒し成り上がっていく展開があるが、目の前の彼にはそんな奇跡は起こりそうにない。
今のパーティーを追い出されたら他に彼を仲間に入れてくれるパーティーは見つからない様に思う。
「そうだよ。さっきだって皆でその事話してたんだよ? このままじゃ、ビリー本当に外されちゃうよ!」
フィーナ達のやり取りを見ていたイレーネがビリーに話し掛けた。長い付き合いだけにすんなり見捨てられる程ドライな訳でもないのだろう。
「じゃあどうすれば良いんだよ! スカウトの仕事もろくに出来ない僕に何か役に立てって言ったのザックじゃないか! だから、僕は囮になったり頑張ってたのに!」
彼らの過去の経緯を知らないフィーナがマリーに話を聞いてみたところ、ビリーは人より夜目が効くらしく視力も良いので魔物の察知は人並み以上には出来る様だ。
しかし、それだけの能力で養っていける程パーティーに余裕がある訳でもなく、他に何か仕事をする様に勧めたらしい。
すると、ビリーは見境なく前に出る様になり拙い技量で剣を振ったり囮と称して戦場をかき回したりと、彼の努力は裏目に出ているのが実情であるらしかった。
後からパーティーに加わったマリーは彼を心配しているのだそうだがビリーはそんな彼女の気持ちなど何処吹く風な様だ。
ビリーを心配しているのはマリーだけでは無くイレーネも同様だろうしザックも彼なりに心配している素振りは見受けられる。
ガイについてはまだ接点があまり無いのでなんとも言えないが。
蜘蛛から逃げた際にグルグル巻きにされていたビリーを抱えて逃げたり根気よく糸を焼き払って彼を開放していた。
なので、やはり仲間意識はあるのだろうとは思う。それならば
「ビリーさん、自身でパーティーの皆さんに貢献したい気持ちはありますか? これまでの自分を捨ててでも変わりたい気持ちはありますか?」
フィーナは地面に蹲っているビリーに声を掛けた。
ここでフィーナが神力で何かしらの能力を与えた所でそれは世界に対する歪みにしかならない。
彼に強くなる結果を与えるには過程を省略する訳にはいかず理由付けがどうしても必要なのだ。
「当たり前だろ! 僕だっていつまでもお荷物で居たくない!」
ビリーの言葉を聞いたフィーナはようやく安心できた。このまま我を通すだけだったら本当に自分の手には負えないかもしれないと諦めかけていたところだたった。
「それでは私があなたにスカウトとしての身の振り方を教えていきます。きちんと話は聞いて下さいね」
見てくれだけエルフのスカウトで経験豊富な訳では無いフィーナだが、前の異世界でエルフィーネから絡み酒ついでにスカウトの心得の様なものを散々聞かされていた経緯がある。
また、天界には戦うスカウトをやっていたミレットが居る。いざとなれば彼女に助言を求めれば何も問題は無いだろう。
「それでは一度皆さんの所に戻りましょう。お話しなければならない事が沢山出来てしまいましたからね」
フィーナはそう言うとビリーに手を差し伸べる。ビリーも彼女の手を取ると力強く立ち上がった。
「ビリーさん、まずはあちらのお二人に言う事があるでしょう?」
立ち上がったビリーに対しフィーナはイレーネとマリーに対するけじめを彼に促した。
「ごめん……二人とも……」
フィーナに言われるがままにビリーは頭を下げた。
これで彼らの運命が少しはいい方向に傾いてくれれば良いなぁ……とフィーナは彼らの姿を見て強く願うのだった。
冒険者ギルドに戻ったフィーナ達はザックとガイの席に行き、改めて食事を摂る事にした。
メニューもそれほど凝った物がある訳ではなく、焼いた肉の塊だったりカットフルーツだったり固パンまるごとだったりチーズの塊だったり野菜のスープだったりだ。
本当の中世ヨーロッパの様な庶民の食事では無いだけマシなのかもしれないが……フィーナは天界に居た時にどうして米の料理を食べておかなかったのだろうと今更ながら大後悔していた。
今なら一汁一菜な献立であったとしても大喜びで食べていただろうと彼女はそれほど和食に飢えていた。
仕方なく固パンをスープに浸しながら食べていると
「それで、お前は心を入れ替えたからパーティーに残りたいって言うんだな?」
ザックとビリーが今後について話しているのが聞こえてきた。
「スカウトの仕事の仕方はフィーナが教えてくれるってのか。すまないな、うちのビリーが」
ザックは食事中のフィーナに頭を下げてきた。それにしても、今回の様に転生者本人に特に問題が見当たらないのにフォローが必要な案件とは珍しい気がする。
これまでの仕事の大半が転生者本人が無鉄砲だったり前世の記憶が戻ったりと異世界転生者ならではの不都合だった。
現地住民の再教育となればそれは異世界の女神レアの仕事の範疇なのではないかとフィーナは今更ながらに気付くのだった。




