普段の転生者対応
天界に久しぶりに帰ってきた感覚のフィーナは、ようやく自身の仕事場に戻ってきた。
フィーナはフレイアから渡された書類を収納空間に仕舞うと、その時初めて収納空間内がスッカスカである事に気が付いた。
ーピンポーンー
その時、フィーナの耳に呼び出し音が聞こえてきた。何の事かととりあえず出てみると
「フィーナちゃん? フィーナちゃんが持ってたのは全部異世界に残しておいたから♪ フィーナちゃんが使っていた物置の二階? あそこ」
連絡は異世界管理担当のレアからであった。彼女からの連絡は用件を伝えるだけ伝えてさっさと切られてしまった。
まぁ、知りたかった事を伝えて貰ったのだから良しとする事にした。
収納空間にあった貯金やら食材やら……無事にアルフレッドに渡っている事を祈るだけだ。
その時、フィーナの耳に転生課から転生候補者を送るとの連絡が聞こえてきた。
フィーナは慌てて着衣をメイド服から白のドレスへと変更する。収納空間にしまうついでにメイド服を三セット複製する。
髪を結っていたリボンも無くし、ポニーテールからただのロングヘアに久しぶりに戻ったフィーナはすぐに送られてくるであろう転生候補者を待つのだった。
ーブウゥゥゥンー
「はーい、いらっしゃいま……せ?」
前回の異世界での生活が抜けていないフィーナが接客モードで転移用の法陣から現れた魂に反応した。
やってきた転生候補者の髪の色は茶色で天然パーマがかったボサボサ頭。
顔はやや童顔……というより大人になりきれていない顔をしており黒縁メガネが特徴的、体型はやや太めで背丈はそれほど高くなく灰色の上下スウェットにサンダルというどう見てもニート……社会人ではなさそうな男だった。
ちなみに魂としてやってくる転生者達ではあるが、年齢や服装、容姿などは生前の記憶や思い入れなどに左右されるので、ここに現れた時の姿が亡くなった時そのままという訳でも無い。
だから年齢についての見た目は全くアテにはならない。
フィーナの元にはまだ転生者に関する情報は届いておらず、彼の素性は全く分からない状況だ。
フィーナは彼をソファーに座らせると
「あ、あの……お名前お伺いしてもよろしいですか?」
名前も分からなければ話を進めようもない。とりあえずフィーナは彼に名前を尋ねる事にした。しかし
「…………ろ……」
あまりにも声が小さくボソボソ話すので聴力に優れたエルフの長い耳でもまるで聞き取れない。
ちなみにフィーナがエルフ耳をそのままにしているのは単に忘れているだけである。
彼女が見た目だけなんちゃってエルフなのは天界に帰ってきても継続中である。
「すみません。もう一度お願いします」
フィーナがもう一度名前を尋ねると男性は不貞腐れた様な態度で
「……あむろ……」
ボソボソと短く答えた。どう見ても日本人顔なのに珍しい名前だな……茶色で天パはリアルだとこんな感じなのかな?と、フィーナが考えていると
「……ゆういち……」
あむろと名乗った男はまたボソボソと語る。どうやら、それが彼の名前である様だ。
至極現実的な日本人名にフィーナはちょっとだけガッカリするのだった。
「安室祐一さん……ですか」
彼の名前を聞いたところで丁度転生課から情報が齎された。
案の定、彼は高校デビュー失敗が原因で引き篭もり生活に突入。
仕事もしないまま三十代を間近に迎えたある日、怠惰な生活と不摂生が祟り自宅で倒れ救急車で搬送されるも手遅れで死亡……そして、現在に至るという訳だ。
(…………)
フィーナは転生課から送られてきた彼の略歴が記されている書類と実際の彼を交互に見比べながら途方に暮れていた。
引き篭もりを全否定するつもりは無いし、前世での生活態度が転生先に必ずしも関係するという訳では無いのだが……。
自分の仕事は転生先のニートを増やす事では無い。
異世界という文明レベルが途上な世界においてもニートと言われる人間が存在するのは、フィーナが前回出張に赴いた王都で聖女役をあてがわれた彼女に対し、明らかに無職な中年男性が言い寄ってきた事でも明白である。
ソファーに座っている安室祐一氏は慣れない環境に落ち着かないのかやや挙動不審気味に目だけキョロキョロしている。
彼の略歴が記された書類のどこを見ても長所らしい長所は見当たらない。
しかも書類にはフレイアが書いたと思われる文言が付け足されており、
【どっか送れ】
と端的に記されていた。つまるところ、どこかの異世界に厄介払いしておけという事の様だ。
フィーナはとりあえず今、要請が来ている異世界転生先の書類を安室祐一氏に手渡した。
「亡くなられて早々なのですが、安室さんには異世界転生の要請が来ています。今、お渡しした転生先でどこか行きたい場所はお有りですか?」
彼に提示されたのは主に中世ヨーロッパを準拠とする剣と魔法の世界で魔物が跋扈する危険な世界でもある。
転生先は主に農民や職人の息子などで、努力次第で職業の変更は出来るものの庶民としての生活が約束された転生先ではある。
転生先の異世界は比較的温暖で過ごしやすい気候の環境ばかりなので少なくとも懲罰的に送られる地獄の様な転生先では無い。
「……め……だな」
書類に一通り目を通した安室祐一氏は納得行かないといった態度でフィーナに書類を返してきた。
「何か希望などはありますか?」
田舎での農業や手に職を付ける職人などは、比較的年配の転生候補者には人気がある安牌案件なのだが……。
彼はお気に召さなかったらしい。仕方ないのでフィーナは彼に異世界転生に関する希望を聞いてみる事にした。
転生候補者と転生先の折り合いをつけて転生候補者を転生させるのも彼女の仕事である。
「……ロボットとかある世界が良いんだけど……」
安室祐一氏はボソボソと小さい声で希望を主張してきた。彼に詳しく話を聞いてみたところ、彼は生前、ロボットを操作して相手と戦うゲームにハマっていたというのだ。
そのゲームをやっていると相手の攻撃が手に取る様に先読み出来て百戦錬磨の王者として持て囃されていたのだそうだ。
「……だから、そういう世界があれば俺は能力を生かせるんだ」
転生するならそういったロボットがドンパチしているレベルの文明がある世界へ行きたいというのが彼の希望だ。
出来れば戦争真っ最中の歴史にして欲しいらしい。
(う〜ん……)
安室祐一氏の希望はフィーナの頭を悩ませる事となった。
異世界転生は基本的に転生者が元居た世界よりレベルが低い世界への転生が推奨とされている。
あまりにもレベルがかけ離れていると万が一にも前世の記憶を取り戻してしまった場合、環境に適応できず壊れてしまうからだ。
記憶の封印が完璧なモノでない以上、転生者の為にも異世界の為にも転生先の選定には細心の注意が必要となる。
「……あ、すみません。フィーナなんですけど……」
フィーナは仕方なく異世界を管理するレアに彼の希望する異世界があるのかどうか聞いてみる事にした。
「んー、あるにはあるけど……」
レアの返事は歯切れが悪い。彼女の話によるとその世界はかなり過酷で懲罰的に送られる異世界であるらしい。しかし
「……そこが良いです。そこにします」
レアと連絡をしていたフィーナに安室祐一氏が口を挟んできた。彼はこれまで死んだ魚の様な目をしていたのが嘘の様に熱意に溢れている。
「あ、すみません。とりあえず詳しい資料を……」
フィーナが連絡先のレアに転生先の人生の詳しい資料を送って貰おうとしたのだが……
「早く転生させて下さいよ。記憶とかそのままで良いんで」
どうも、彼はせっかちな性格な様だ。レアと連絡しているフィーナに不貞腐れた様に口を挟んできた。
フィーナは転生先の詳しい情報を知り納得の上で転生してもらうスタンスなのだが、安室祐一氏からすればそれがまどろっこしい様だ。
「レアさん、これからそちらに候補者を送ります。対応お願いします。記憶はそのままで良いそうです」
フィーナはそう言うと、安室祐一氏をレアの所に転移させる事にし、ソファーに座る彼に向けて右手を翳すと
ーブウゥゥゥンー
彼の下に法陣が出現し、安室祐一氏はレアの元に転移させられていった。
転生者の記憶をそのままに転生させるのはあまり推奨されていないのだ。
しかし、今回は本人の希望もあるし言語や文字の理解に関してはレアがうまい事やってくれるだろう……と、半ば投げやりに安室祐一氏をフィーナは送ってしまった。
「まぁ、これは自己責任ですよね」
久しぶりの異世界転生係としての仕事を終えたフィーナは次の転生候補者の仕事に取り掛かるのだった。




