早朝
魔物達の集団を自分の目で確認したフィーナはその足で王都へと帰還した。
神力の消費量から判断してそのまま飛んで帰った方が転移より少なく済んだからだ。フィーナは王都のいつもの物置目指して着地の体制に入る。
ある程度の高さからある一点めがけて降りるというのはもしかしたら難しいのかもしれない。
フィーナはそんな事を実感しながらゆっくり高度を落としていく。
今のフィーナは姿を消しているのだから誰かに見られる心配は無い。
しかし、管制官が居るわけでもない王都の上空が超過密空域である事をフィーナは身を持って知る事となる。
まずは朝ご飯の用意の為に使われている焚き木による視界不良問題である。
しかも、実際に煙くて咳き込んでしまう事も少なく無い。
煙たくて着地目標から思わず顔を逸してしまったが着地まではもう間もない。
(はぁ……)
心の中で溜め息をつきホッとしたのも束の間、横合いからカラスの集団がフィーナ目掛けて突撃してきた。
「わっ!」
フィーナは咄嗟に上体を横にしてカラスの集団をやり過ごす。何羽かは身体を掠めていったが正面衝突だけは免れる事が出来た。
すれ違ったカラス達の後ろ姿の方を見てぶつからなかった事に安堵するフィーナ。
そろそろ着地……とフィーナが裏庭の着地目標に視線を戻したその時だった。
(え? ……アル! どうして……!)
ちょうど物置から出てきたアルフレッドと鉢合わせする格好となってしまった。
しかも位置的にこのままだと正面衝突確定コースである。
「アル! そこから離れて!」
咄嗟に大声を出してアルフレッドに逃げる様促すフィーナだが、当のアルフレッドは状況が分かっていない。
自分の姿が見えてないからだという事を彼女が理解して透明化を解除した時には
ーボフッー
アルフレッドにドロップキックを御見舞する事故を防ぐため、必死に制動を掛けつつ、両足がぶつからない様体育座りの様にして足を引き上げたフィーナだった。
しかし、全てが間に合わず、彼の顔面に下腹部の下の方を押し付けて着地という格好になってしまった。
「あわわわ……! アル、大丈夫ですか!」
裏庭に着地したフィーナは、すぐに立ち上がり自分のお尻で下敷きにしてしまったアルフレッドの様子を確認する。
(ん? ……あ!)
その際、フィーナは身体を動かした時に違和感を覚え、背中の手羽先を出したままだという事実に改めて気付いてあわてて羽根を消す。しかし今はそれよりも……
「アル! しっかりして下さい! アル!」
アルフレッドの無事を確認する事で頭がいっぱいである。今更ながら彼の前世の記憶がこんな事で戻ったりなんて事態になったら笑い話にもならない。
ユッサユッサとアルフレッドの肩を揺すり続けるフィーナには、頭を強打した意識不明者は安静にという対処法は頭に無い様である。
「う〜ん……フィーナさん……?」
フィーナの声が届いたのか、アルフレッドが意識を取り戻したらしい。彼はゆっくりと周りを見渡している。
「アル! 気が付いたんですね。良かった……!」
フィーナは地面に横たわるアルフレッドを抱き起こし、地面に当たってしまっただろう彼の後頭部を撫でてオロオロと異常がないか確認している。
外科的な外傷や内科的な病気や疾患は魔法で治癒できても記憶に関する治療法などについては思いつかない。
そんなフィーナだからこそアルフレッドが記憶を取り戻さなかった事に心底安堵していた。
「あの……アル? 何か変なもの……見ましたか? あの……私のその……」
アルフレッドが無事だった事にホッしたフィーナだが、うっかり見られてしまった件について尋ねてみた。
「え? へ、変なのって……?」
フィーナの質問にアルフレッドは明らかに動揺している様に見えた。これは確実に見られている。
そう判断したフィーナは質問を……続ける事にした。
「だから……私に普段付いてない……白いものです」
背中の手羽先についてハッキリ言うわけにもいかず身振り手振りをする訳にもいかず、フィーナの言葉はどこか歯切れが悪い。
「え? 普段付いてないって……? そ、そんなの分かるわけないじゃないですか!」
アルフレッドは顔を赤くして首をブンブン振っている。彼にしては珍しく感情を顕にしている。
それにしても、二人の会話は絶望的に噛み合ってない。
それも当然で、彼が見たのは上空から降りてくるフィーナの姿である。
彼女はいつものメイド服のまま降りてきたのだから……下から見上げたアルフレッドが何を見たのかと言えば、健康な男子ならある一点に目が行ってしまうのは仕方の無い事である。
正面衝突を避けるために直前で透明化を解除してしまった事が悔やまれる。
「普段の私を思い出して下さい。あんなのつけてなんかいませんよ?」
そうなるとフィーナのこのセリフもアルフレッドからすれば意味合は全く変わってしまう。ただのノーパン宣言である。
「普段付けてないって……付けなきゃダメです! 何言ってるんですか! 今日のフィーナさん、おかしいです!」
アルフレッドはそう言うと顔を真っ赤にしたまま二階へと駆け上がっていってしまった。
彼に怒られてポカンなフィーナは自身の間違いに気付く事は無かった。むしろ
「付けなきゃ駄目って……アルは背中に羽根生えてるのが好きなんでしょうか……?」
考え方が明後日の方向に進んでいた。とりあえずアルフレッドの朝食を準備しようとフィーナは食事の用意を始めるのだった。
「アル、お待たせしました〜!」
アルフレッドを怒らせてしまったと勘違いしているフィーナはわざと明るく努めて二階に上がってきた。サンドイッチが山のように積み上げられた皿を両手に結構絶妙なバランスの上で成り立っている状態だ。
「……すみません、ドア開けてもらって良いですか?」
両手が塞がっている為、ドアを開けられないフィーナはアルフレッドにお手伝いを要請する。
ーガチャー
「ありがとうございます。それではご飯にしましょう」
「……う、うん」
リビングスペースに入ってきたフィーナをアルフレッドは言葉に少なに迎え入れた。彼の目はフィーナの背中に向けられていた。
フィーナは神力を無駄遣いして手羽先のレプリカを生成しそれを背負っているのだ。
(これなら大丈夫ですよね?)
何が大丈夫なのか不明だが、勘違いしたややドヤ顔気味のフィーナに対し、完全に引いているアルフレッド。
彼らの一日は微妙な空気のまま始まろうとしていた。




