三男の生活
盗賊の一件から二日後、フィーナは屋敷内のメイドの仕事に戻っていた。
昨日はアニタが気を使ってくれたらしくお休みにしてくれたのだが、問題無しと判断したのか今日から通常勤務に戻る事となった。
彼女の朝の仕事はアルフレッドの朝食の準備から。
旦那様やジェシカ奥、長男のアルスに関してはジェシカ奥が眼を光らせている。
そのためフィーナの事は彼らから遠ざけた方がいいというアニタなりの配慮なのだろう。
アルフレッドとの接点が多くなれば記憶を取り戻す兆候を察知しやすくなるし、記憶を取り戻したとしても再封印の処置も容易である。
(今日の献立は……)
ワゴンを押しながら今日の料理を確認する。普通の小麦のパンにスクランブルエッグ、紅茶……である。
もちろんこれはアルフレッド用の食事であって、他の家族はもっと豪華である。
アルフレッドが可愛そうと、これまで何人かのメイドが皆と同じ食事を出した事があるのだが、ジェシカ奥に目ざとく見つけられてしまい苛めの対象となり辞めざるをえない状況に追い込まれていったのだそうだ。
「アルフレッド坊ちゃま、朝食をお持ちしました」
アルフレッドの部屋の前に到着したフィーナは扉越しに彼に声をかける。
「どうぞ」
程なくしてアルフレッドから返事が返ってきた。
「失礼します」
フィーナが中に入ると、起きたばかりの彼はベッドの上に座っていた。
「今、御用意致します」
ベッド近くのテーブルにテーブルクロスを掛け、食事の準備を進めていく。
料理をテーブルに並び終えて改めて見てみるが、貴族の食事にしては貧相である。
この異世界は、朝の食事を簡単に済ませるという様な文化圏ではない。
現に他の家族は肉や魚をふんだんに使用した食事を用意されているのだ。
(明日からは品目増やそう……)
成長期の子供に栄養は不可欠である。体の発育のみならず病気などへの抵抗力を付けるためにも食事は重要だ。
自身の収納空間を利用すればジェシカ奥に見つけられる事もないだろう。
神力で創造出来るとは言え食事は毎日の事だ。力の補充も容易に出来ない以上、安易な使用は控え節約していきたい。
幸いな事にフィーナの収納空間には時間経過の概念が無い。つまり野菜や果物の鮮度はそのまま、温かい料理も温かいまま、入れた時の状態そのままに保たれるのだ。
「アルフレッド坊ちゃま、失礼します」
席に着いたアルフレッドにフィーナが食事用の前掛けを付ける。
「……いただきます」
アルフレッドはいつも通り黙々と食べ始めた。前回はジェシカ奥の乱入があったが、今回はどうだろうか……?
料理が少ないのもあるがアルフレッドはあっという間に食事を終えてしまっていた。
「アルフレッド坊ちゃま。食後のデザートでございます」
フィーナは小皿にのせたカットりんごをテーブルに置いた。以前の買い物の時に個人的に仕入れておいた果物である。
予想外のりんごを前に、前回に引き続き戸惑うアルフレッド。
フィーナとりんごを交互に見て、たべていいの?という顔をしている。
フィーナが微笑んでどうぞと言うとアルフレッドは嬉しそうにりんごを食べ始めた。
やっぱり、パンとスクランブルエッグだけでは足りないのだろう。
しかし、おかずとして一品増やすにしても食材が無い。
屋敷で使う分はジェシカ奥の指示の元、アニタが厳しく管理している。アルフレッドの分を確保出来る見込みは無い。
(次の買い物の時には、食材色々買わなくちゃ……)
フィーナが考え事をしている間に、アルフレッドは食事を終えてしまっていた。紅茶も飲み終え、フィーナに後片付けしてもらうのを待っている様だ。
「あの……ご飯終わりました。ごちそうさまでした」
アルフレッドが申し訳無さそうにご馳走様を口にする。
こうして見ると以前に出会った記憶を取り戻した彼と同一人物とはとても思えない。
彼がこのまま成長したらどんな人物になるのだろうか……?
フィーナがそんな事を考えながら後片付けしていると
「すみません。僕の本……良いですか?」
アルフレッドが遠慮がちに尋ねてきた。
「かしこまりました。少しお待ち下さい」
フィーナは収納空間から本を取り出すと、彼に本を手渡す。本を手にしたアルフレッドは嬉しそうに本を読み始めた。
本の内容はこの世界で語り継がれている英雄達の冒険譚であるらしい。
本を読み始めたアルフレッドだが、フィーナが食餌の後片付けを終え、ふと彼を見るとアルフレッドが何かを言いたそうにこちらを見ているのに気が付いた。
「どうされました?」
フィーナが尋ねると彼は恥ずかしそうに
「よめない文字があって……おしえてくれませんか?」
と、聞いてきた。四歳そこそこなら文字に不慣れで無理もない。
世界が世界なら絵本で学んでいてもおかしくない年齢である。
フィーナが彼の手にしている本を覗き込んでみたところ、アルフレッドが指し示している文字は豪華絢爛と記された部分だった。
もちろん漢字では無く、この世界の文字である事は言うまでもない。
言葉を聞いてもアルフレッドには意味が分かってなさそうだったので
「豪華絢爛は、とてもきれいという意味です」
フィーナは言葉の意味も付け加えて教えてみた。
すると、アルフレッドはページを戻しまた、違う文字を指差してきた。
「それは……荒涼とした大地ですね。荒れ果てて誰もいないような寂しい所という意味です」
フィーナの説明を聞いたアルフレッドは嬉しそうに、また自分が分からない文字を探している。今度は魑魅魍魎の様だ。
「この言葉は……」
三度フィーナの文字の読み方と言葉の意味の説明が入る。
彼女の話を聞き終えたアルフレッドは
「すみません。アルヴィン兄様がいた時は兄様がおしえてくれたのですが……」
申し訳無さそうに言う彼が少し不憫に思えた。本来は親が付いて適切な教育なり育児が行われるはずなのだ。
食事に関しても教育に関しても、このままでは彼の将来が不安である。
しかし、フィーナ自身にも雑務がある為付きっきりという訳にはいかない。
「アルフレッド坊ちゃま。私は業務がありましてこれ以上は……以前お渡ししたベルはお持ちですよね? お呼び頂ければ、すぐに参ります」
以前に彼に渡したハンドベルを使う様にアルフレッドに告げ、フィーナはワゴンを押しながら彼の部屋を後にするのだった。
日勤帯は屋敷内の仕事と言っても、貴族主人達の御世話が主なので、その業務から外されているフィーナはやや暇である。
それでも遊んでいて良い理由もなく、彼女には屋敷の洗濯一切が任されていた。
使用人達のメイド服や作業着、ベッドのシーツなど洗い物は大量にある。
井戸の横の洗い場で一人ひたすら洋服を手洗いするのは体力がいる。
(神力で終わらせたい……)
彼女の思う通り神力を使えばすぐに綺麗にはなるが、補充の効かない神力と引き換えである。
もし神力が無くなったら、女神レアに連絡し融通してもらうか、横領を自覚しながらこの世界の信仰から拝借するか、そのどちらかしか補充する方法は無い。
この先、どれくらいこの世界での出張が続くのか分からないが、やはり無駄遣いは控えるべきだろう。
しかし……すぐ横には未洗の洗濯物の山が出来ている。
(ドラム式洗濯機とか欲しいなぁ……)
女神の神力で創造出来なくはない。しかし、洗濯機だけではなく発電機や燃料も必要になってくるし、消耗品やメンテナンスも考えればやはり現実的ではない。
女神において先立つ物は神力なのだ。とにかく今は手を動かすしかない。
洗濯で午前中は潰れてしまった。次の仕事はアルフレッドの昼食の準備である。
しかし、キッチンには用意されていたのは焼いたトーストのみであった。
一瞬、訳が分からずキッチン担当に聞いてみるも、彼の昼食はトーストのみの様だ。
少なくともこの国は仕事さえしていれば、食べるには困らない。それだけの食べ物の供給はある。
ましてや貴族の家庭でトーストのみというのは酷薄ではないか。減量中ならともかく、育ち盛りの少年では足りないだろう。
他の家族の料理を見ると、丁度オーブンから鳥の丸焼きが出されたところだった。せめて一切れだけでも……フィーナがそんな事を考えていると、キッチンに不釣り合いな人物が入ってきた。
「あらあら、いい匂いですこと。本日はマックスウェル家の方々をお招きしているのよ。しっかりなさいね」
ジェシカ奥だった。仕事中の意味の無い上司の見回りなど、現場の人間にとっては迷惑以外の何物でもない。
「そこのエルフ! さっさと仕事なさい! まったく……森臭くてかないませんわ。オホホホ……」
彼女の言う森臭いの意味が分からない。間違いなく侮蔑の意味合いなのだろうが……。
臭いで言うならジェシカ奥の方が災害レベルではある。加齢臭に加えキツイ香水の合わせ技により、一度気になったら終わりだ。
側仕えのアニタの苦労は察するに余りある。
「失礼します」
フィーナはジェシカ奥の言葉を 聞こえていない素振りでキッチンから抜け出した。
食事を載せたワゴンを見るたび思いが募る。
(やっぱり何とかしたいですね)
ワゴンに載せられているのはトーストと紅茶のみ。これでは喫茶店の軽食だ。
(……えい!)
フィーナは収納空間にトーストを入れ、神力でひと手間加える。
再びトーストを取り出した時にはただのトーストはローストチキンサンドに変化していた。
(これなら大丈夫でしょう)
問題解決したフィーナは足取り軽く、アルフレッドの部屋へと向かうのだった。




