ペット
フィーナは魔王サタナエルとかなりの情報交換を終える事が出来た。
魔族領の南には魔物が多数生息している荒野が広がっているらしい。ソーマはそこでよく魔物狩りをしていたらしい。
そこに行けばもしかしたらソーマと遭遇出来るかもしれないという事だ。
「それじゃ、荒野に行ってきます」
行動力のあるフィーナはすぐに荒野に向かおうとするが
「荒野は魔物が蔓延る危険地帯だ。私も行こう」
魔王が同行を申し出てきた。単独行動は危険かもしれないが魔族の重鎮を連れ歩くのはどうかと考えたフィーナは
「あの……私の個人的な用事にお付き合いさせては……」
やんわりと同行を断ろうとした。一人の方が神力も遠慮無く使えるからフィーナとしてはその方が気が楽なのだが……
「シトリー様に頼まれている以上、貴女を一人で出歩かせるのは不安だ。何よりあの部下達に捕まってしまう様な実力では……」
途中まで言い掛けてサタナエルは言葉を止めた。
彼の言わんとする事は理解出来るが、ションボリしたフィーナの心情を察したのだろう。
「まぁ、荒野まで歩いていくのは骨が折れる。折角だからお送りしよう」
言い方を変えて同行を申し出るサタナエルに対し、これ以上断るのは逆に失礼になる。
そう判断したフィーナは彼の言葉に従い、案内されるまま城塞内を進むのだった。
魔王サタナエルに先導されるまま歩いてきたフィーナだったが連れてこられたのは城塞の上部にあるバルコニーの様な場所だった。バルコニーというよりはヘリポートと言った方が適切な位には広い。
その広いバルコニーには特に何もなくただ広い露天空間が広がっているだけだった。
空は曇り空でまだ日中であるはずなのにやけに薄暗い。
「あの……、ここからどうやって……?」
何もない殺風景な広場に案内されたフィーナは漠然と疑問を口にした。
「少し待て、もうすぐた」
ーバサッ! バサッ! バサッ!ー
「あ、あれは……?」
何かが羽ばたく大きな音と風圧がフィーナを襲った。
何事かと頭上を見上げると一匹の黒く巨大なドラゴンが今にも着地しようとしている所だった。
ドラゴンはその巨大さに見合わない繊細な動きでバルコニーへの振動を極力抑えて着地しようとしている。
ーズシンー
「グルルルル……」
身体の大きさからは考えられないソフトな着地を決めたドラゴンは、バルコニーに降り立つと喉を鳴らしながら全身を床に付けるように寝そべった。
「この者の名はダインスレイフ。私の大事な友人だ。紹介しよう」
そう言うとサタナエルは寝そべるドラゴンの頭に向かって歩き始めた。
こんな間近でドラゴンを見るのが初めてなフィーナも恐る恐る近付いていく。
ドラゴンの頭のすぐ横まで来てみたがやはり近くで見るドラゴンは大きかった。
グルル……と喉を鳴らす音だけでも辺りに響くくらい重低音が効いている。
「出会った頃は小さかったのだが、いつの間にかこんなに大きくなってしまった」
昔話を語るサタナエルはまるでペットを紹介するかの様にドラゴンについて語り始めた。
特にドラゴンが小さい頃の話などは微笑ましい思い出話だった。
卵から孵ったドラゴンに懐かれて嬉しかった話やら初めて飛んだ時の話やら……完全にペット自慢であった。
「では、遠慮せずに乗るといい」
一頻り喋った後でサタナエルはフィーナにドラゴンへの搭乗を促した。しかし
(え……?)
サタナエルが手で指し示しているのはドラゴンの頭、角の後ろ辺りである。そこには特に鞍の様な物がある訳ではなく、単純に首が伸びているドラゴンの頭があるだけだった。
そんな光景を見ただけではドラゴンにどうやって乗ったら良いのかなんてフィーナに分かるはずも無かった。
「あの……乗るってどうすれば良いんですか?」
フィーナがドラゴンの頭とサタナエルを交互に見ながら疑問を口にする。
そんなフィーナに対しサタナエルは
「好きに乗ればよい。角に捕まってそのまま腰を下ろすのが一番乗り易いはずだ」
と、さも当然の様に答える。
(その乗り方だと……)
フィーナはサタナエルの勧めた乗り方を取った場合を脳内シミュレートしてみた。
角を掴むのは問題ない、しかし腰を下ろすとなるとドラゴンの頭に座る事になる。
見た目丸太以上の太さのドラゴンの頭に座ったら大股開きで座る事になってしまい、そんな状況ではどう頑張ってもショーツが丸見えになってしまう。
(そんなの、ただの痴女じゃないですか……!)
どう座り方を変えても安定しなさそうだったり品がない座り方になったりで妙案は出てこなかった。
「あの……他に何か方法はありませんか?」
フィーナの質問にサタナエルは少し考えた後
「私に掴まるか?」
それならなんとかなりそうだ、とフィーナは実際に試してみる事にした。
サタナエルはドラゴンの頭に座り角を掴む。
ここでフィーナが彼にしがみつけば良いのだ。フィーナは自転車の荷台に乗るように両足を揃えて腰を下ろすとサタナエルの腰に手を回した。
「それでは行くぞ」
サタナエルの言葉に緊張した面持ちでフィーナが頷くと……
ーバサッ! バサッ!
バサッ!ー
ドラゴンが羽ばたくと同時にその巨体がゆっくりと宙に浮かび始める。
「あああぁぁぁっ!」
ドラゴンが浮かび始めたと同時にフィーナ素っ頓狂な声を上げはじめた。
思った以上にドラゴンが飛んだ際の風の影響は大きくフィーナはサタナエルの背中に全力でしがみついていた。
フィーナがふりおとされまいと必死にサタナエルにしがみついている以上、必然的に二人は密着せざるを得なくなる。
「……やはり、別の乗り方にしよう」
女性への耐性も免疫も無いサタナエルには刺激が強すぎたらしい。
彼は青ざめた顔のままドラゴンを着地させるのだった。
バルコニーに降りた二人は頭を抱えていた。ドラゴンに乗るだけでここまで手こずるとは思ってもいなかった。
「フィーナ嬢、最初の乗り方でいこう。」
サタナエルには何か考えがある様だ。特に妙案も無いフィーナは彼の言葉に従う他無かった。
「これで良いですか?」
ドラゴンの頭に腰を下ろし二本の角に捉まるやり方は以前と変わらない。
今回は両足をそろえて横に座っており、これなら下着丸見えという事も無い。
問題があるとすれば踏ん張りが全く効かないという事だ。こんな乗り方では飛行中のちょっとした事で投げ出されてしまいそうな気もするが……
「これならどうだ?」
サタナエルはフィーナの後ろに座り片方の手でドラゴンの角に手を置きもう片方の腕をフィーナの腰に回す。
「あっ……」
一応、フィーナの腰ががっちりホールドされている為、今のところこの方法が彼女にとっては一番安全だろう。
「それでは出発するぞ」
サタナエルの声に反応したのかドラゴンが上体を起こし長い首を持ち上げた。
ドラゴンなりにフィーナに配慮したであろう丁寧でゆっくりとした動きだったのだか
「あわわわ……」
自分の座っているドラゴンの頭のあまりの高さに、フィーナは腰が抜けそうになる。思わずドラゴンの角を掴んでいる両手に力がこもってしまう。
「まだ、立ち上がっただけだぞ。これから飛び上がるのだから心しておけ」
フィーナの後ろからサタナエルの声が聞こえてくるが、当のフィーナには後ろを振り返る心理的な余裕は無い。
ーバサッ! バサッ! バサッ! バサッ!ー
ドラゴンが背中の羽根を羽ばたかせると、その巨体がふわりと浮き上がった。
「あわあわあわわ……」
震えた声を上げるフィーナを他所に、そのままドラゴンは二人を乗せて魔族領の南方へ向けて飛び去っていくのだった。




