兆候
日々の日常は慌ただしく過ぎていった。ポールが遊びに来た日からもう一週間は経っていた。
アルフレッドもリーシャも元気に学校に通い、フィーナは毎日の仕事を淡々とこなしていた。
もちろん、聖女としての努めも同様だが最近は人列が出来る事は無く流行りの過ぎた食べ物屋の様に閑散としていた。
それでも勘違いした中年男性達は足繁く通い詰めている。
いつもの如くフィーナに拒絶され女将さんやアンに追い返されても諦めない精神力だけは認められてもいいだろう。
全くの無駄な努力であるという事実は置いておくとして。
ーカランカランー
「ただいま〜!」
「ただいま帰りました〜」
店の扉が勢いよく開けられ、いつも通りアルフレッドとリーシャが学校から帰ってきた。
最近、アルフレッドが活発になってきた様な気がする。口調も普通の少年らしいと言うか……どこか遠慮がちだった一面が無くなっている様な気がする。
「フィーナさん、裏に行ってますね」
アルフレッドは店内で仕事をしていたフィーナに一声掛けると裏口へと向かっていった。
「あの……、フィーナさん?」
いつもはアルフレッドに続いて店内の家族用スペースに向かうリーシャが少し不安気な表情でフィーナに話し掛けてきた。
「最近のアル君……なんか違うんです。学校でも……」
少し話し辛そうにリーシャが言葉を選びながら話し始めた。
彼女の話によると最近のアルフレッドは学校でも自信に満ちており授業中に何回か問題を起こしているらしい。
例えば魔力測定用の水晶玉を壊してしまったり、実技試験用の標的を爆砕してしまったりと……とにかく自分の実力を誇示する事が増えてきたのだそうだ。
また、友人付き合いでも言葉の端々に相手を小馬鹿にしている様な発言をしていたりと、最近のアルフレッドを心配している様だった。
自分が見てきたアルフレッドとほ大きく異なっている彼の一面にフィーナは瞬時に一つの可能性が頭をよぎった。
(まさか……いつの間にか前世の記憶が……?)
そんなハズは無いと思いたかったが確証は無い。アルフレッドの記憶を引き継いだまま人格が変わっていたとしたらアルフレッドになりすます事も十分可能だ。
(一刻も早く確かめないと……!)
フィーナはリーシャへの返事もそこそこに、逸る気持ちを抑えつつ物置の二階へ急ぐのだった。
物置の二階でフィーナが見たのはいつも通り椅子に座って読書をするアルフレッドの姿だった。
少しだけ彼の仕草を観察してみるが、読書中の細かな癖などもいつものアルフレッドそのままである。
(…………)
これだけ見ているとアルフレッドが前世の記憶を取り戻した疑惑は杞憂に思えてくる。
ある程度、記憶を頼りに取り繕ったと仮定しても無意識下に行う何気ない癖などを正確に再現出来るとは思えない。
「アル、すぐにお茶の用意をしますね」
フィーナはいつも通りにアルフレッドにお茶を提供する。
彼がカップを手に取りお茶を飲む仕草……全てがいつも通りの彼である。
「アル? 学校はどうですか? 何か変わった事はありませんか?」
フィーナは会話の中から違和感の有無を探る事にした。
「特に何も……どうしてですか?」
アルフレッドは不思議そうにフィーナを見返している。やっぱりいつものアルフレッドとしか思えない。この場でこれ以上探っても意味は無さそうだ。
(剣の稽古をすれば何か分かるかも……!)
フィーナはいつもの剣術修行に希望を見出すのであった。
リーシャを交えた三人での剣術修行……ここでもアルフレッドはいつも通りだった。足運び、攻撃のパターン、太刀筋、フィーナが攻撃した際の防御や反撃の癖など、どう見てもいつものアルフレッドと変わらなかった。
最後の頼みとして天界のレアに歴史に不具合が生じていないか確認してみるも
(先の歴史は未定、まだ白紙のままね〜)
少なくとも悪い未来が確定と言う訳ではないらしい。
その後の公衆浴場や夕御飯の時でもアルフレッドに不審な点は見つからなかった。
一日の終わり就寝の時間である。フィーナとアルフレッドはそれぞれ寝間着に着替え各々のベッドに横になり
「アル、おやすみなさい」
「おやすみなさい、フィーナさん」
おやすみの挨拶で一日を終えるのが日課であった。しかし今日は
「フィーナさん、聞いてもいい?」
アルフレッドは何か聞きたい事がある様だ。
「はい、どうしました?」
フィーナが返事をするがアルフレッドからの質問はすぐには飛んでこなかった。
暗いので表情は分からないが質問を躊躇っている様にも感じる。
そして、アルフレッドは意を決したかの様に
「フィーナさんは、僕の事……好き?」
唐突すぎる真っ直ぐな質問にフィーナは驚かされてしまった。
室内が暗くて本当に良かったとフィーナは思う。
今の自分は相当に呆けた顔をしてしまっていた事だろう。
(そんな事聞かれても……)
フィーナは完全に言葉に詰まってしまっていた。実際問題天界の者が下界の住人に心惹かれてしまう事は少なく無い。
中には結婚し子孫まで残してしまったシトリーの様な存在まで居る。
天界で把握出来てないだけでそういった事例は少なくないのではないかと思う。
だからと言ってここでフィーナがはいと答えるのは……そもそも自分は天界の女神であって小さい男の子に邪な感情を抱くのは倫理的に……と、頭の中で理性が必死に自分の心に蓋をしようとしていた。
どう考えても、アルフレッドの質問の意図は自分に対し恋愛感情があるかどうかという事であろう。
一方のフィーナはアルフレッドが好きであってもそれが恋愛感情によるものであるかどうかは本人にも分からないでいる。
年齢差や立場の違い、倫理観から考えればそんな事は思いつきもしなかったからだ。
フィーナが最善の答えを必死に探していると
「僕はフィーナさんとずっと一緒にいたい。僕が大人になったら……結婚してくれる?」
フィーナの答えを待たずに次の質問が飛んできた。これは完全にアルフレッドが自分に好意を寄せている証左であった。
もしかしたら、小さい子が憧れのお姉さんに結婚の約束をする無邪気さ故の通過儀礼なのかもしれないが……
(…………)
予想もしていなかった質問にフィーナは完全に頭が真っ白になってしまっていた。
どうすればアルフレッドを傷付けずに自分の気持ちを伝えられるか……答えを導き出すには時間があまりに足り無さ過ぎた。
「フィーナさん、ごめん……何でもない」
フィーナが質問の答えに窮している間にアルフレッドは答えを聞くのを諦めてしまった様だ。
「あ…ごめんなさい」
フィーナは思わず答えられなかった事をアルフレッドに謝った。
今夜の出来事が彼の今後を決定付ける事になるとは、この時のフィーナには想像も出来なかった。




