世界線の変化
女将さんにお願いしたお昼ごはんのワンプレートはポールに好評だった。
フライドチキンにバゲット、サラダののった簡単な料理だったが彼には初めての経験だったのだろう。
「……ご、ごちそうさまでした」
ポールは気弱な感じでオドオドしながらフィーナにお礼の言葉を述べる。
八年前に出会った彼は貴族の笠を着た典型的なキノコ頭お坊ちゃまだったのだが、出会った時期が違うだけでこうも変わるものかと思う。
「お口に合いましたか? こちらは食後のコーヒーとなっております」
フィーナは食事の終わった三人のお皿を下げコーヒーをテーブルに置いていく。
(そういえば……)
三人と八年後に出会った時の事をなんとなく思い返していたフィーナだったが、もう一人少女が居た事に今更ながら気付く。
長く濃い藍色の髪の少しキツめの顔をした少女……。
名前を知らないから確定ではないが、あの少女はクロエの成長した未来の姿だったのかもしれない。
自分の知っているクロエとはまるで違う印象だったから今まで気付く事も無かった。今の性格とまるで違う印象なのは、八年の月日がもたらす成長の結果として変わるだけなのかもしれない……。
クロエにはフィーナが直接関わったため何か変化が起きていてもおかしくはないが、ポールとはこの世界線では今日が初対面である。
(…………)
まぁ、アルフレッドとポールが仲良くしているのなら特に問題は無いと思う。
八年後の世界線では二人の仲は良くなかった様に見えた。
その時のアルフレッドは前世の記憶を取り戻しほぼ別人といって良いから、今のアルフレッドと比べて考える意味も無い。
そもそも、八年後の世界線では魔法学校そのものが無かったはずなのだ。
だから、フィーナが知っている未来とは違う歴史を歩んでいると判断して良いのだとは思う。
それがフィーナの願う未来に通じている事を願うばかりである。
「フィーナさん? 午後からポール君に剣の稽古を付けてあげてほしいんだ」
アルフレッドから思わぬ提案が飛んできた。聞けば、ポールは貴族の嗜みとして剣術も教育されてはいるものの、五男で体格も小さいため兄達に手も足も出ないのだという。
それで剣術自体が嫌になってしまっているらしいのだ。ポールの仕草を見るに彼もそれほど乗り気ではないように見える。
「……剣術が嫌になってしまっているのでは、無理にお勧めしなくても良いのではないでしょうか?」
嫌がっている相手に無理強いしても意味は無い。そんなフィーナの言葉に対し
「フィーナさんから教われば大丈夫だと思うんだ。絶対、好きになるから」
アルフレッドは自信を持って答える。彼がそこまで自信を持って自己主張するのはあまり見た事が無かったのでフィーナは少し驚いていた。
「……ポールさんは大丈夫なのですか?」
フィーナの問いにポールは静かに頷いた。気乗りはしないまでもやってみようという気持ちはある様だ。
「ポール君なら私より強いから大丈夫だよ。フィーナさん優しいから緊張しないで」
リーシャがポールを励ます様に声を掛けると、彼女の言葉にポールは顔を赤くしていた。
(……あれ? これは……)
フィーナはポールの反応がただの照れでは無い事に気付いた。彼はどう見てもリーシャに好意を抱いている。
三人の年齢から考えると初恋というものかもしれない。アルフレッドや当のリーシャはポールの感情には気付いていない様だ。
(……この事は口にしない方が良さそうですね)
余計な事をフィーナがわざわざ口にする必要も無いだろう。フィーナは食器の片付けの為、一度店内のキッチンに向かう事にした。
「失礼します……」
裏口から店内に入ったフィーナはいつも以上のお店の賑わいに驚いていた。
中々店内で見掛ける事の無いミレットやプロージット以外にも新人二人のメイプルとマリベルの存在がお客の目を引いている様だ。
犬耳少女のメイプルの場合は特にモフモフの尻尾が大人気の様である。
ある男性客の一人が彼女の尻尾に手を伸ばそうとすると
「勝手に触るな! 尻尾は玩具じゃないぞ!」
頬を染めながら客の手を叩き落としたりしていた。
ハーフエルフのマリベルはと言うと人間ともエルフとも違う独特の雰囲気がお客の興味を引いている。
本来はエルフも王都では珍しい存在のはずなのだが、なんちゃってなファッションエルフとは言えフィーナが常駐している。
それに加えてエルフィーネが入り浸っている事もあり、ニワトリと踊る女神亭の近所ではエルフは珍しい存在ではなくなっていた。
「お料理ありがとうございました〜」
キッチン内で忙しそうに仕事をこなす旦那さんに声を掛けつつ、お皿を手に洗い場へと移動するフィーナ。
持ってきたお皿を手早く洗うと、皿洗い係を任命されているエルフィーネを横目に、フィーナがキッチンを後にしようとしたその時
「フィーナちゃ〜ん、お皿洗い手伝ってぇ〜」
皿洗いをしていたエルフィーネがキッチンを出ようとしていたフィーナの後ろから抱きついて来た。顔をフィーナの身体に擦り付ける様にして縋ってくるエルフィーネに対し
「あの時逃げたエルフィーネさんの自業自得じゃないですか。雑用、頑張って下さいね」
ーグググッ!ー
フィーナは冷めた表情でエルフィーネを引き剥がしにかかっている。
ービリビリビリビリビリビリ!ー
あまりにも離れないエルフィーネに業を煮やしたフィーナはいつも通り神力を利用した電撃を、彼女を引き剥がそうと全力で押していた頭からそのまま直接注ぎ込んだ。
「あばばばばばばば!」
たまらず手を離したエルフィーネから逃げる様にフィーナは裏口へダッシュする。
「この薄情ものー!」
後ろからエルフィーネの怨嗟の声が聞こえてきたが、これもいつもの事とフィーナは気にしない事にした。
フィーナが裏庭に戻るとアルフレッド達三人が既に降りてきており、剣の稽古の始まりを待っていた。
「「「よろしくお願いします!」」」
フィーナが裏庭に着くなり三人の元気な声が飛んできた。
(部活かな?)
少し懐かしい感覚に浸りつつフィーナはどこからともなく木剣を取り出し三人に渡していく。その様にポールのみが目を丸くして驚いている。
「い、今のは……空間制御魔法ですか? 初めて見ました……」
フィーナにとってはいつもの収納空間であり、アルフレッドとリーシャの二人もいつもの事とまるで気にも留めていなかった。
しかし、魔法について昔から教えられてきたのであろうポールでは見方が違う様だ。まるで珍しい物を見たかの様な目でフィーナを見ている。
「あ、こ……これは大した事じゃなくて、錯覚ですよ錯覚。本当は背中から出したんですよ。こんなふうに……」
しどろもどろになりながらフィーナは三人に説明する。木剣を背中に回し、どこからともなく取り出す様を再現しようとするが出來もしない事が即興で出来るはずもなく……
「あれ? ……え〜……」
一人慌てるフィーナの時間がただ過ぎていった。
「それでは早速練習を始めましょう。最初は素振りから」
さっきまでの痴態は忘却の彼方へと追いやったかの様にフィーナは三人に練習内容を指示し始めた。
こうしてフィーナと子供達による剣の稽古が始まるのだった。




