友人
今日も人の列は相変わらずであった。幾分並んでいる人の比率は変わってきた気はするが……身体のここがおかしい、ここが痛むといった年配の方は減ってきた様に思える。その代わりと言ってはなんなのだが……
「フィーナちゃん、いい匂いするよね。僕も行ってる浴場の石鹸の香りだよ。奇遇だね。やっぱり僕達は運命で繋がっているんだよ」
こんなのが昨日以上に増えてきている気がする。彼らは総じて自己完結しているのが特徴である。そして、人の話を全く聞かない。
そして何かにつけてフィーナが彼らに好意を寄せていると思われてしまっている……彼らはもはや人間では無い何か……異星人か何か得体の知れない化け物と対話しているのではないか?としか思えなくなってくる。
全く持ってありがたくないファーストコンタクトである。ふと列を見ると同じ雰囲気の宇宙人だけが列を成して最後尾まで並んでいるのが確認出来た。彼らに対応するにしても
「体に異常は? 無いのなら帰れ」
と言うだけしかやる事は無さそうなので自分が応対する必然性は無い。フィーナは女将さんとアンに一言断りを入れ裏の物置に避難する事にした。精神的な疲れを感じながらフィーナは物置の二階へと上がる。
「エルフィーネさん、ちょっと代わってもらって良いですか?」
何故かフィーナ達の物置で寛いでいたエルフィーネに声を掛ける。フィーナと見た目がほとんど変わらないエルフィーネに勘違い中年男性達の対応を任せる気満々のフィーナ。
「なぁに? 私を頼る気になった? 仕方ないわねぇ〜」
やれやれといった態度でなにやら着替えだすエルフィーネ。出来れば寝室スペースで着替えてほしいものだが、フィーナ自身嫌な事を押し付けようとしてるのは分かっているのであまり細かい事を言う訳にもいかない。
「それじゃ、ちゃっちゃと片付けてくるわね」
メイド服に着替えフィーナと瓜二つになったエルフィーネは店へと物置の階段を降りていく。
一応、どんな対応をするのか見当はついているものの、実際に自分の目で確認したいと思い彼女の後を付いていくフィーナ。
途中で神力で姿を消し、エルフィーネやテーブルと少し離れた位置で様子を見る事にした。エルフィーネがテーブルに座ったと同時に人列の中年男性からはざわつきの声が聞こえてきた。
「なんだ、こいつ! フィーナちゃんじゃな〜い!」
「引っ込め偽物!」
「フィーナちゃんを返せ! 出せ!」
やっぱり萩原と荻原の区別が付くガチ勢しか並んでいない様だ。それにしても、よく見分けがつくものだと、そこだけはフィーナも素直に感心する。
わーわーと好き放題に文句を言う中年男性達に対し、怒りの沸点の低いエルフィーネは
「だまらっしゃい! 天下の聖女様に随分な事言ってくれるじゃないのよ! だいたいねぇ、あんたら勘違いおっさん共なんか好みじゃないのよ! 少しは鏡くらい見たらどう?」
と、言うと先頭の中年男性から一人づつ丁寧にダメ出しを始める。
「悪いけどアンタ、口臭いわよ。そこの道具屋で香草でも買ってかじってなさい。次!」
ダメ出しされた男性はぐぬぬと言った感じで何も言えず、周りを見ると周囲のおっさん共もエルフィーネの言う事に頷いている為、ダメ出しをされた男性はすごすごと帰るしかなかった。
一方、自分は大丈夫と思っていたものの、おっさん共は先頭から順番にエルフィーネにダメ出しをされて同じ様にいたたまれなくなって帰っていった。
口臭い、清潔感がない、加齢臭をなんとかしろ……等々、よくもまぁ人の欠点をそこまで見つけて無遠慮に指摘できるものだと感心するフィーナ。
そしてエルフィーネに罵倒されるのが嫌な者は自発的に列から離脱し帰っていった。
彼女の活躍?により人列は大分整理が進んだ。列に並んでいたのは全部が全部勘違い中年男性ばかりでもなく、持病がある事を申し出た者に対してはフィーナが姿を消したまま対象に近付き治癒魔法を施す事で対応していった。
そんな事を繰り返しながらようやく列の終わりが見えてきた昼下がりのある時
「いい加減、分かりなさいよ! 聖女様はあんたら中年男に興味無いの! 興味あるのは純真で可愛い男の子なの! だから、あんたらは全員三十年から四十年は遅いのよ! わかる? 手遅れなのよ! わかったらもう二度…」
ーゴツン!ー
「あいたっ!」
エルフィーネが言い終わるより先にフィーナによる鉄拳が振り下ろされた。
「何を訳の分からない事を言ってるんですか! 適当な事を言わないで下さい!」
顔を真っ赤にしながらフィーナはエルフィーネを怒鳴りつける。今、姿を消している最中だったという事はすっかり忘れてしまっている様だ。
今も殴られ朝も痛い目に合わされていたエルフィーネもさすがに腹が立ったらしく
「なによ! あいつらに現実を突き付けて今後の負担を減らしてあげようって思っただけじゃない! このショタコン! ショタコン!」
エルフィーネにショタコンを連呼されフィーナは慌ててエルフィーネの口を抑えようとする。対するエルフィーネもスカウトの経験を生かし姿が見えていないはずのフィーナの手を阻みながら文句を言い続ける。
「あんたのためにこうしてやってやってんでしょ! こんなフリフリな格好までして!」
「エルフィーネさん! 少しは静かにして下さい!」
「るさいっ! ショタコンの分際で!」
二人の言い争いはいつしか取っ組み合いの大喧嘩へと発展していた。
姿を消していたはずのフィーナもいつの間にか透明化が解除されており、傍目には同じ人間が言い争い喧嘩をしているようにしか見えない。
しかし、こんな状況でも
「聖女様だ、本物の聖女様が戻られた!」
「偽物を成敗するために現れたんだ!」
「偽物をやっつけろー!」
残っていた勘違い中年男性はそれぞれ勝手な事を言っている。
二人が取っ組み合いを始めて少し経ったあたりで
「いい加減におし!」
アンに呼ばれたらしい女将さんがキッチンから出てきてフィーナ達を一喝した。
「あんた達! そこに座りな! 正座だよ正座!」
女将さんは二人を床の上に正座させると仁王立ちをして二人を見下ろす。
「いいかい、フィーナちゃん。女の子があんなはしたない真似をしちゃいけないよ? もっと慎ましさと穏やかさを持ってだね……」
女将さんは滾々と昭和的価値観の女の子のあるべき姿を説いていく。しかし
(……私の方、見てないですね)
話している事はフィーナに対しての内容なのに女将さんの顔はエルフィーネの方を向いている。
「あの……フィーナは私なんですけど……」
小さく手を上げながらフィーナが女将さんに話し掛けると
「おや、そっちかい」
やはり女将さんにはフィーナとエルフィーネの見分けがついていなかった様だ。ごめんごめんとフィーナの方に向き直ったところで
「お母さーん! 料理作って〜!」
アンからキッチンのヘルプの要請が飛んできた。すると女将さんは二人を放置して仕事のためにキッチンへと戻っていった。
店内に取り残されフィーナとエルフィーネは正座のまま同じ場所でジッとしたまましばしの時間が流れる。
(…………)
「……ねぇ?」
衆人環視の元、そんな状況に耐えられなくなってきたのか、エルフィーネが隣に座るフィーナを覗き込みながら声を掛けてきた。
「なんか……もう終わったみたいだし裏行かない? いつまでもこんなじゃ恥ずかしいし……」
ひそひそとフィーナに話し掛けてきたエルフィーネだが、正座で相当足が痺れてきているらしい。
「まだ話し終わってないと思いますし……じっとしていた方が良いと思います」
床の上の正座は確かにキツいが、勝手に動くのは少し違うかなと思ったフィーナは否定的な意見を述べる。
「私はパス〜、後はうまくやっといてね〜♪」
エルフィーネはそう言うと立ち上がって裏へと行ってしまった。
「あー! 待ちな! まだ話は終わってないよ!」
何かを察知したらしい女将さんがキッチンから顔を出し、去っていくエルフィーネに慌てて声を掛ける。
だが、彼女は意に介さず裏庭へと出て行ってしまった。
「まったく……しょうのない子だねぇ」
ブツブツ言いながら女将さんはフィーナの元にやってくると
「まぁ、あの子の事は後にするとして……次はアンタ! うちの物置をフィーナちゃんに断り無く使ってるね?」
女将さんはフィーナの前に立つとやっぱり仁王立ちで見下ろしながら、半ば詰問の様に話してくる。
(え……?)
女将さんの言っている意味がよく分からないフィーナは少し呆けてしまった。
「使用料はちゃんと身体で返してもらうからね! ほら、さっさと立ちな!」
女将さんに言われるままフィーナはキッチンへと連れられていく。
女将さんは相変わらずフィーナとエルフィーネの区別は付いていない様であった。
フィーナがエルフィーネの代わりに皿洗いや掃除などの雑務を負わされる結果となったのは言うまでもない。




