第96話
「あきらめるな少女。まだ助けられる」
「え」
声に意識を引かれて、私と小夜さんだったモノが手を止める。
直後小夜さんの体が蹴飛ばされた。
忍び装束の女性。小夜さんを探していたくノ一だ。
「朧さん!」
「話は後だ。まずは小夜を安全なところまで運ぶ」
「それは困るなぁ――っと」
傍観者を決め込んでいたパテルに三つの人影が飛びかかった。
朧さんが小夜さんに駆け寄って縄を取り出す。
小夜さんは体をピクつかせるだけ。よく見ると雷のアイコンが表示されている。
一対三の戦闘をよそに、朧さんが小夜さんを縄で縛り上げた。
「よし、退くぞ」
「させない――ぶっ!?」
顔面に石を受けてパテルが体勢をくずす。
朧さんの仲間がパテルを蹴飛ばして煙玉を炸裂させた。
「こっちだ」
朧さんに腕を引かれた。私は転ばないように足を出して疾走に移行する。
他のくノ一も後ろについた。
「はああああああああああああっ⁉ 何これ! ここまでさせておいてこんなの、あるゥ!?」
あったみたいだね。心の中でそうつっこみながら足を動かす。
程なくして嘆きの声が聞こえなくなった。
「朧さん、どうしてここに」
「銃声が聞こえたのでな。ドス黒い鬼の気も感じたから行かねばと思って駆けつけた。まずは無事でよかった、えっと」
「ヒナタです」
「すまない、この前は急いでいて名前を聞けなかったんだ」
他の三人とも名乗りを交わして、朧さんが担いでいる人型に視線を振る。
小夜さんの体はぐったりとして動かない。麻痺だけじゃなくて薬で眠らされているんだろうか。
「さっき助けられると言ってましたけど、小夜さんを人間に戻す方法があるんですか?」
「確実ではないがな。陰陽師には厄除けの術が伝わっていると聞く。人を鬼たらしめるのは妖怪の力。友の命運を委ねるには十分だ」
陰陽師というとモンシロが弟子入りしたあれかな。
私の知ってる陰陽師も悪霊を祓ったり結界を張って人を守る。小夜さんをむしばむ鬼の力もどうにかできるかもしれない。
期待を胸に抱いて妖華の街に入った。人目を忍んで暗がりを進み、立派な邸宅に足を踏み入れる。
狩衣姿が現れた。
細長い帽子を頭の上に載せているさまはまさに陰陽師だ。物静かな所作は一種の気品すら感じられる。
「その女性が例の?」
「ああ。早速診てもらいたい」
「分かりました」
長髪の男性が歩み寄って腰を落とす。
小夜さんの様相を眺めて細い首がかぶりを振った。
「これはもう手遅れです。彼女の魂と鬼の力は完全に同じ化しています」
「そんな! どうにかならないのか?」
「残念ながら私の力のおよぶところではありません。せめて宝玉があった頃なら手の施しようはあったのですが」
「宝玉?」
「浄魔の宝玉。あらゆる穢れを祓うと言い伝えられていた神器です」
「それがあれば小夜さんを助けられるんですね? じゃあ私探してきます!」
私は腰を浮かせて身をひるがえす。
「待ちなさい。浄魔の宝玉は賊に盗られて行方知れずです。探したところで簡単には見つかりませんよ」
「おおよその場所は分からないのか?」
「水の都に密輸されたと聞きますが、どちらにせよ神物です。正規のルートで取引されたとは思えません」
「水の都ってラティカのことですか?」
「はい」
ラティカか。一応コンソールから転移を使えばすぐに戻れる。
でも戻ったところで手掛かりがない。密輸された痕跡をたどらないと商品の在りかなんて分かるはずがない。
「……密輸?」
モグラたちと乗り込んだ港の光景が脳裏をよぎる。
あの港って公には秘匿されていた。あれは立派な密輸の現場だったのでは。
それに以前斎さんが言っていた。ゼルニーオは宝玉を使って若返ったって。
もしかして、宝玉の正体って。
「その宝玉って変化の妖玉とも呼ばれているんじゃないですか?」
「ええ、異形を人の姿に戻すことからそう呼ぶ輩もいたと聞きます」
「それなら私持ってます!」
私はポーチに腕を突っ込んでアイテムを取り出す。
水晶体の中に青白い揺らめきを宿す玉。それを見て陰陽師の人が目を見開いた。
「これは、まがうことなき浄魔の宝玉! そなた、どこでそれを!」
「話は後です! これで小夜さんを助けてください!」
「わ、分かりました。すぐ準備に取りかかりましょう」
陰陽師が部下に指示を出してどこかに走り去る。
私たちは部下の一人から指示を受けて庭に案内された。人が道具を持って庭の景観を飾りつける。
またたく間に儀式場ができ上がった。
宝玉がお月見だんごを飾るような台の上に置かれる。
「では始めます」
陰陽師が印を組んで詠唱を始めた。
おごそかな空気がただよう。朧さんとその仲間、邸宅にいる人々が息をのんで儀式の成り行きを見守る。
どんなふうに魔が祓われるんだろう。
そう思った矢先。宝玉の周りで青紫のスパークが散った。
「な、何だ! おわっ⁉」
スパークが陰陽師に降りかかる。地面や雑草を焦がすさまは荒ぶる何かを想起させる。
悲鳴の中、儀式場を荒らした末にスパークが収まった。
「どうした! 儀式は失敗したのか?」
「いえ、違います。この宝玉には何かが潜んでいる。その者の手によって儀式が阻まれました」
「何が潜んでいるというのだ」
「強力な霊です。我々に対する敵意を感じます。世界の全てを呪うような、力強くも寂しい御霊。これは分霊でしょうか」
分霊。
そのワードを耳にしてあの精霊を思い出した。
「その霊は鹿の形をしていませんか?」
「しています。少女よ、この霊を知っているのですか?」
「はい。ゼルニーオという名前の精霊です。二度討伐したんですけど完全には消えてなかったみたいで」
「分霊として生き永らえていたということか。しかし討伐されたということは悪霊の類で間違いないはず。祓うより他にあるまい」
胸の奥がチクッとした。
いても立ってもいられなくなって腕を上げる。
「あの、私にゼルニーオと話をさせてくれませんか?」
「話? たった今儀式の邪魔をされたばかりだ。説得など不可能だろう」
「一度だけでいいんです。お願いします」
陰陽師が困ったようにうなる。
朧さんが口を開いた。
「長久殿、分霊といえど調伏には時間がかかる。試しにやらせてみるのも手ではないか?」
「一理ありますね。分かりました、すぐに結界を張ります。説得が失敗したら戦う羽目になるでしょうから備えは十分におこなってください」
「はい。ありがとうございます」
私は装備やアイテムを確認する。
長久さんとその部下の人が準備を終えた。
私は命じられた座布団の上に正座する。
「そなたが次に目を覚ました時はゼルニーオと二人きりだ。決裂しても我らにできることはサポートに限られる。弱っているとはいえ強力な霊を一人で討たねばならぬが、覚悟はよいか?」
「はい」
では目を閉じて。長久さんにうながされて目を閉じる。
徐々に意識が遠のく。
「――来たか小娘」
聞き覚えのある甘い声を耳にして目を開ける。
馬程度の大きさだけど、前方に立つのは間違いなくゼルニーオの威容だった。




