第84話
小夜さんと山を下って平らな地面を踏みしめた。
やっぱり足場が整ってるっていいな。
「ヒナタは筋がいいな。私が初めて挑んだ時は夜が明けていたのに」
「本当ですか? この前はすっごく速かったのに」
「私はちょっと違うんだ」
不思議な物言いだ。
この前具合悪そうにしていたことと関係があるんだろうか。
「以前人を襲う妖怪の討伐を目的の一つと言ってましたね。他にはどんな目的があるんですか?」
「鬼の頭領を討つ」
息をのむ。
鬼。街の人が存在をほのめかしていたけど本当にいるんだ。
「鬼って妖怪とは違うんですか?」
「似て非なるものだ。妖怪は人の悪い気から生まれ出る生命体だが、中には同族に引き入れようと人間を誘うモノがいる。その誘いを受け入れて人ならざるモノに堕ちた存在を、我々は鬼と呼んでいる」
「つまり元人間ってことですか」
「ああ。だが手心は無用だ。妖怪の誘いを受け入れたということは人を喰う欲望に身を委ねたと同義。どのみち人の手による排斥は避けられん」
要は犯罪者予備軍みたいなものかな。
人を食べるなんて、考えただけで気分が悪くなる。
「一応聞いておくが、ヒナタは鬼ではないよな。どうも妖しい気配を感じるのだ」
それってたぶんアレだよね。
ポーチから簒奪者の枝角を取り出す。
「これじゃないですか?」
「ああ、それだ。何が封じられているんだ?」
「ゼルニーオっていう精霊です」
「精霊? だがこの波長は妖怪のはず」
小夜さんがハッとする。
「聞いたことがある。妖怪と精霊が争う中で、両者の間に生まれた存在がいると。まさか、その個体が」
小夜さんが興味深そうに枝角を凝視する。
そういえば精霊王も精霊と妖怪は仲がよくないって言ってたっけ。出生が特殊ってそのことなのかな。
角が微かに赤みを帯びる。
「ヒナタ、角をしまって得物を構えろ」
警告するような声色を耳にして、認識を誤ったことに気づいた。
角が赤くなったんじゃない。突如発生した赤い霧が視界内を赤く染め上げたんだ。
角をポーチに収めて鞘からダガーを抜き放つ。
「小夜さん、これは一体」
「鬼だ。やつらが現れる時には、妖怪と違って霧が赤くなる」
赤い霧にシルエットが浮かび上がった。距離が詰まってその詳細が露わになる。
人型だ。
それを人間と称するには忌避感があった。皮膚は赤黒さがにじみ、爪や歯が異常に発達して獣じみた印象をはらんでいる。
狂気に染まった目が私たちをとらえた。
「女ァ! それも上物が二人! 今日はごちそうだぜェ!」
鬼がニタッと喜悦を浮かべる。
その右手には大きな刀。刃には赤い汚れがこびりついている。
あれは血、なのかな。
「行くぞヒナタ」
「はい!」
生理的嫌悪感を抑えて小夜さんと二手に分かれた。はさみ撃ちにして数の利を活かす作戦だ。
鬼が刀を振る。
動きが早い。
刃の長さは背丈に等しい。腕には相当な負担がかかっているはずなのに、まるでつまようじを振っているように重さを感じさせない。
加えて動きが洗練されている。以前サムライさんが見せたスキルまで行使してみせた。
考えてみれば当たり前か。相手は人間、知能があって積み重ねた年月がある。
化け物に堕ちた人間。漠然としかイメージを持ってなかったけど、知能と技術のある猛獣と考えると脅威度は計り知れない。
でも最初のイベントで二位になった人と比べると微かに劣る。
そうでなくてもたくさんのプレイヤーと戦ってきたんだ。スキルを使う人型なんて見慣れてる。
加えてこちらは二人。私たちが負ける気はしない。
「お、いたいた」
新手!
バッと振り向いた先には男性がいた。NPC特有のアイコンがない。
おそらくはプレイヤー。私たちの味方だ。
ほっとした刹那、男性プレイヤーの外見に変化が起きた。肌が灰色を帯びて爪や牙が急成長する。
この変化、まさか!
「さーて、忍者狩りと行きますか」




