第69話
レイドボスのクエストは好きな時に受注できる。
その一方で報酬は一日に一回しか得られない。大半のプレイヤーは一回やってまた明日だ。
それでもカウンター前のプレイヤーは中々減らない。
プレイヤーが入れ替わっているだけなのか、レイドボスが強くて返り討ちにされているのか。
後者なら心が踊る。更新した装備を試すにはいい機会だ。
胸を高鳴らせながらクエストを受注した。フレンドから準備完了を告げられて決戦の場に転移する。
緑豊かな光景が広がった。樹木に囲まれた空間にまんべんなく陽光が降り注いでいる。
この場所には覚えがある。
何より奥に鎮座するあの木造彫刻。見間違うはずもない。
「何あれ、あれがボス?」
「さあ?」
声を上げるのは周囲を飾るプレイヤー。ざっと見ても二十人以上いる。
これがレイドバトルなんだ。お祭りみたいでテンションが上がる。
「バフかけまーす」
モンシロが声を張り上げて詠唱を始めた。
戦う前から魔法を使えるらしい。アバターがモンシロの周りに集まってライトエフェクトに包まれる。
飛び交うありがとうをBGMにして木彫りに亀裂が走った。樹皮が弾け飛ぶにつれて別の色が露わになる。まるで虫が脱皮したみたいだ。
大きな人型がおたけびを響かせた。ぐーっと伸びるHPバーの上で『Null Arboros』の名が記される。
プレイヤーたちがいっせいに前に出た。
巨体がのそのそと動き出した。振り上げた腕を地面に叩きつけて土ぼこりを噴き上げる。
大ダメージを受けそうな一撃だったのに、攻撃を受けたプレイヤーは得意げに笑っている。
いつぞやのオヤビンを思い出す。
プレイヤーがタンクロールを務めるとあんな感じになるんだなぁ。
「ヘイト取ったぞ!」
盾を持つ男性が大きな人型の向こう側に消える。
無防備に背中を向けるエネミーにプレイヤーが殺到した。
私もダガーで斬りつけようかと思ったけどやめた。混じると他プレイヤーの邪魔になりそうだ。
私はマシンガンスリンガーを構えてトリガーを引きしぼる。
手始めに麻痺クナイを浴びせかけたものの、状態異常の浸透を示すエフェクトすら出ない。
他のゲームにおけるレイドボスは一部状態異常が効くって聞いたけど、このエネミーは違うのかな。
まだ効く段階じゃないって線もある。仕様なんて知りようがないし、状態異常にかけるのはあきらめた方がいいのかも。
プレイヤーたちの猛攻撃を受けて人型がひざをついた。
「エネミーダウン! たたみかけろ!」
号令を皮切りに数十のスキルを発動した。力強い攻撃が人型を捉えて荒々しいエフェクトをまき散らす。
すごい迫力と一体感。普段のプレイとは大違いだ。
目的を同じくしたプレイヤーと強大な敵に立ち向かう。それがこんなにも精神を高揚させるとは思わなかった。
「動かないなこいつ」
十秒ほどして誰かがそうつぶやいた。
Null Arborosはひざを折ったまま動かない。このまま攻撃するだけで勝ててしまいそうな予感がある。
バグ?
始めてのレイドボスが、こんなにあっさり終わっちゃうの?
「アハハハハハハハハハハ――ッ!」
拍子抜け。
そう思った時だった。甘い声色の高笑いががらんとした空間に響き渡る。
私は人差し指を止めてバッと仰ぐ。
「この声、まさか」
想像を裏切ることなく青紫の光が飛来した。大きな人型に激突して辺り一帯を真っ白に染め上げる。
反射的に両腕を上げて目元をかばう。
圧力が消えて腕を下ろすとエネミーの体色が変わっていた。
既視感のある、銀河を映し出すような体表。
その一方で色合いが違う。神秘的な青紫から一転して禍々しい赤紫を映し出している。
大きな人型が口を開いた。
「ついに得たぞ新たな体! 待っていろ精霊王。どちらが覇を唱えるべき存在か、今度こそ思い知らせてやる!」
質素な頭部から枝分かれした角が伸びた。お尻の辺りから胴体が伸びて新たな足が地面を均す。
足の数は八本。シカというよりもはやムカデだ。
気づけば、宙に表示されていた文字が『簒奪の再謀者ゼルニーオ・アルボロス』に改名されている。
「あれ、ゼルニーオですよね」
「たぶん。どこ行ったのかと思ったらこんなところで出てくるなんてね」
「ちょうどいいデス。これを機に引導渡しちゃいまショウ!」
周りもにぎやかだ。エネミーの様子が変わったことで騒いでいる。
空模様も紅に染まって不吉な気配を漂わせる。精霊界で戦った時のように結界を張ったんだ。
星々を映す腕が伸びる。
腕が大きい分だけ動きは遅い。他のプレイヤーが難なく退避した。
突きは空振り。
されど紅の植物が急激に伸びた。油断していたプレイヤーが拘束されて宙に掲げられる。
あがくプレイヤーをよそに、巨大な人型がのしのしと足を前に出す。
嫌な予感がする。
「草を切って!」
私は声を張り上げて雑草に駆け寄る。
他のプレイヤーも得物を振るうけど派手さに欠ける。先程の総攻撃でMPが尽きているようだ。
エネミーの禍々しい手がプレイヤーをわしづかみにする。
一本の光線が天に昇った。腕が引かれた後にネームタグが残される。
「オオオオオオオオオオオオオ――ッ!」
おたけびが禍々しい空間に響き渡る。
ボスネームの右端に剣と盾のアイコンが付加された。渦巻き状の風が人型を飾ってスパークをまき散らす。




