第60話
揚羽たちと食堂に入った。
席を確保してからカウンター前に足を運んだ。スマートフォンをかざしてカウンター越しにコードを見せる。
先日予約した料理を持ってチェアに腰を下ろした。
宮嵜さんと桐島さんとは普段交流がない。昼食の料理から話題をふくらませて二人の様子を聞き取った。
桐島さんは片言に違わず帰国子女だった。日本語を勉強する内に変なくせがついて直らないらしい。
本人は気にしている様子だけど、片言じゃなかったらサムライさんと結びつかなかった。結果的にあいきょうも出て親しみやすいし怪我の功名かもしれない。
話の流れで四人で勉強することになった。学び舎の門をくぐって通学路をたどる。
「桐島さんは侍好きなの?」
「ハイ、大好きデス。悪党をバッサバッサやっていくのかっこいいデス!」
サムライさんが両腕を上下させる。
刀を振る動作なのだろう。腰が入っててわりと本格的だ。
「風早さんはニンジャですよね! ニンジャ!」
桐島さんが目を輝かせて迫る。
私は思わず背筋を反らした。
「う、うん、忍者だね」
「え、風早さん忍者なんですか? さすがです!」
「ゲームの中の話だから!」
もしかして宮嵜さん、結構天然なんだろうか。
「瑠璃は魔女デスよね! 大きな窯で怪しげな薬をぐつぐつ煮込むタイプ!」
「そうですね。いつもグツグツ煮込んでます」
「煮込んでるんだ
煮込んでるんだ」
揚羽と言葉がかぶった。
宮嵜さんはそういうロールプレイをしているのかな。童話の魔女なんて悪役以外の何物でもないと思うんだけど。
「ちなみに何を煮込んでるの?」
「毒です!」
そんないい笑顔で!
あと声が大きい。通行人の視線が突き刺さって痛い。
ゲーム内での話だと分かってもらうべく声を張り上げる。
「それってアイセで売ってるアイテムに仕込む毒だよね? あれって自分で調合してるんだ」
「はい。調合って面白いんですよ。使うアイテムによって効能が上がりも下がりもするんです。場合によっては全く新しい毒ができたりして、すごくやりがいがあるんです」
「へえ、例えばどんなふうに毒ができるの?」
「効果時間の拡張短縮による副産物の付加ですね。一秒あたりのスリップダメージを弱くする代わりに効果時間が長くなったり、逆に短くすることで防御ダウンの効果が加わったり。あとは」
語る宮嵜さんはすごく楽しそうだ。
クナイ型の弾にはお世話になってるけど、童話の魔女を知っていると複雑な気分になる。
宮嵜さんがハッとした。
「あ、そうでした。最近新しい弾を開発してるんですよ」
「へえ。どんなの?」
「ずばり手裏剣型の弾です。弾にしてはめずらしく斬属性が付加されるんですよ」
「いいねそれ。すごくうれしい」
手裏剣は私のキャラに合ってる。
高所における斬属性の部位破壊も狙えるようになるし、より一層ゲームがはかどりそうだ。
「よろこんでもらえてよかったです。風早さんのキャラに合う弾は何かってずっと考えていた甲斐がありました」
「愛されてるねぇ日向」
「その表現は誤解を招きそうだからやめてね」
にやっとした揚羽の笑みをさらっと流して歩みを進める。
おもむいた先は桐島さんの自宅。
それは天を衝かんとばかりにそびえ立っていた。窓ガラスが規則正しく並ぶ様相はまさにタワーマンションだ。少しあこがれちゃう。
「大きいなー。これ何階あるんだろ」
「数えたことないデスね」
桐島さんが慣れた様子でデバイスをのぞき込む。
自動ドアが左右に分かたれた。
「虹彩認証とはまた本格的な」
揚羽が苦笑いして足を前に出す。
私も続いてエントランスに踏み入った。コンシェルジュの一礼に会釈を返して、がらんとした空間に靴音を響かせる。
やわらかそうなソファーとすれ違ってエレベーターに乗り込んだ。靴裏が静かに押し上げられる。
すけすけだ。ガラス越しに外の様子がはっきりと見て取れる。
街並みがキノコの群生みたいだ。その奥にはどこまでも世界が広がっている。
「いい眺めですね」
宮嵜さんが感嘆の吐息をもらす。
私と揚羽も同意した。桐島さんも交えて景観の美しさについて語り合う。
チンと間抜けな音が鳴り響いた。壁に縦線が入って左右に退く。
桐島さんを先頭にしてきれいな通路を突き進む。
「ここが私の部屋デス」
桐島さんがドアの取っ手を握る。
ピッと電子音に遅れてカチャと軽快な音が鳴った。開いたドアが玄関の光景をのぞかせる。
マンションの部屋とは思えないほど奥行きがある。
勧められたスリッパに足を通してリビングに入る。
歩みを進めた先には大きな窓が並んでいた。
そのどれもが午後一の空模様を映し出している。さながら青空を閉じ込めた絵画だ。
「適当なソファーに腰かけてくだサイ。私ジュース持ってきマス」
促されてソファーに腰かける。
予想以上に体が沈んだ。そのびっくりをネタにしてまた盛り上がる。
桐島さんがおぼんを持って戻ってきた。
「お待たせー」
おぼんの底がセンターテーブルの天板を鳴らす。
お盆の上に載っているのはグラスのみ。凝った花の装飾が何とも華やかだ。
「あれ、飲み物は?」
「それはデスね」
タラーッ!
日本語における「じゃーん」とともに紫のボトルがかざされた。
「これ! 大人のブドウジュースデス!」
私が知っているぶどうジュースにしては容器がおしゃれだ。どこからどう見てもワインボトルに見える。
「一応聞くけど、これぶどうジュースだよね」
「ハイ!」
「本当に私たちが飲んで大丈夫なの?」
「何故にそんな不安そうに。ただのぶどうジュースデスよ?」
桐島さんが微笑のまま小首をかしげる。
いまいち冗談かどうか分からない。
「あ、それ飲んだことあります。おいしいですよね」
反応したのは宮嵜さんだ。
どうやら同じ物を飲んだことがあるらしい。
「よかった。それなら安心だね」
「それどういう意味デス?」
グラスに濃い紫色の液体が注がれる。
芳醇な香りに包まれながら問題集を開いた。




