第41話
現実で陸上トラックを作るには色んな資材が要る。
トラックを設置する競技場はもちろんのこと、合成ゴムやウレタンなど種類も様々だ。汗水流して作ってくれたリアルの建設業者には頭が上がらない。
素人に真似できる作業じゃないけどこのゲーム世界なら問題ない。バーバラさんが言っていたように、私たちでも作りやすいようにシステムが補助してくれる。素材を集めてコンソールをいじる、たったそれだけで欲しい物が手に入る。
私は以前大きなモグラと遭遇した洞窟に足を運んだ。
振り上げたピッケルを壁面の亀裂目がけて振り下ろす。
「うるせえ! ここはおいらの縄張りだぞ! 誰の許可を得て――」
大きなモグラと目が合った。大きな図体が凍りついたように硬直する。
私は呆れ混じりに目を細めた。
「君、まだそんなことしてたんだね」
「な、なんだ姐さんかぁ。来るなら来るって連絡くださいよぉ」
「どうやって連絡するの? あとその呼び方やめて」
小さくため息をつく。
来て早々気分を害されたけど、わざわざ自分の足で探す手間が省けたか。
「ところで君名前なんだっけ」
「覚えてらっしゃらない⁉」
洞窟内に大声が響き渡って顔をしかめる。
「だってみんな親分親分って言うんだもん。それともオヤブンが名前だった?」
「違います。おいらはオヤビンです」
「オヤビンね。覚えた」
すっごく覚えやすくて助かる。
「オヤビンってこの辺り詳しいよね?」
「もちろんっす。この湿地帯のことなら大体知ってます」
「それはよかった。ウータレンの樹皮ってどこで手に入るか知らない?」
「それなら奥へ進んだ先にあると思います」
「ありがとう」
ピッケルを非実体化させて、奥へつながる通路にブーツの先端を向ける。
「よかったら案内しやしょうか?」
足を止めて巨体を見上げる。
「いいの?」
「はい。この先結構入り組んでますし、ちょうどおいらもこの奥に用がありましたから」
宙に長方形のウィンドウが浮かび上がる。
クエストだ。特別報酬への期待で胸が高鳴る。
迷わずクエストを受けた。オヤビンと肩を並べて足を進める。
「オヤビンって武器は何を使うの?」
「武器はないっす。しいて言うならこの体っすね」
「体格いいもんね」
「へい。自慢の体でさぁ」
進むにつれて外からの光源がしぼられる。
その一方で視界の確保には困らない。にぶく発光する結晶が空間の輪郭を暴いている。ホタルの光みたいで幻想的な光景だ。
前方に採取ポイントがあった。地面の上には鉱石が転がっている。
「拾うタイプの鉱石採取もあるんだ。地殻変動かな」
「食べかすじゃないっすかね」
「食べかす?」
「この辺りには石を主食とする生物がいるんすよ」
「ああ、そういうこと」
食べかすって聞くと汚く思えてくるから不思議だ。
でも貴重な採取ポイント。採集だけはして先を急ぐ。
「石を食べる生物がいるにしては静かだね」
「毎回洞窟内にいるわけじゃないっすからね。基本的には外で活動してる生き物なんすよ。でなけりゃとっくにおいらがとっちめてます。ガリガリボリボリうるさいし」
外って言うと、草木や水のある場所に生息してるってことか。岩を食べるくらいだしワニみたいな爬虫類かな。
戦い方を脳裏にえがいていると、どこからかゴリゴリゴリと硬質な音が鳴り響く。
破砕音。鉱石を食べる生物の存在を思い浮かべる。
「うわさをすればだね」
十秒とせずエネミーの姿が映った。
クマのような巨体、丸みを帯びたしっぽ。趣味の悪い鋼色の付けヅメが食料となる岩塊を握りしめている。
私たちに気づいたのか、振り向いた頭部が血走った目をのぞかせた。大きな前歯がやたらと存在を主張する。
「あー」
納得が言葉になって口を突く。
そういえばいたなぁこんなエネミー。あつらえたように名前もロックイーターだ。
あの時遭遇したものとは別個体だろうけど、子供が泣き出しそうな見た目は変わらない。
ちょうどいい。
今は装備が整ってる。近くにはオヤビンもいる。
ここであの日の雪辱を果たさせてもらおう。
「行くよオヤビン」
「うっす」
ドシドシと足音を聞きながらスリングショットの突起で狙いを定める。
オヤビンが視界の隅で深く空気を吸い込んだ。
「こっち来いリスゥ! 今回こそどっちが上か決着つけてやるぞぉッ!」
リスが私から視線を外してオヤビンをにらんだ。巨体と巨体がおたけびを上げて接触する。
見ているだけで衝撃が伝わる。空間がおびえているみたいだ。荒々しくてすごい迫力。映画でも見ている気分になる。
私も負けていられない。回り込むように走ってロックイーターの背中を斬りつける。
以前戦った時は大半の攻撃を弾かれた。
今回は攻撃が通る。
相変わらず真正面からの攻撃は弾かれるものの、オヤビンに体勢をくずされている間は防御能力が落ちるようだ。
動きやすい。
ミザリさんやサムライさんと立ち回った時とは違った感覚。むしろあの時よりも楽に立ち回れる。
プレイヤーの役割には、エネミーからの攻撃を引きつけるものがある。
オヤビンの動きがまさにそれだ。エネミーに攻撃されないから回避に意識を割かなくてすむ。マルチタスクから解放されるのがこんなに心地いいなんて思わなかった。
ロックイーターが背を向けた。すかさず地面を蹴って遠ざかる尻尾を追う。
巨大なリスが走った先で鉱石にかじりついた。ガッキボッキと破砕音をまき散らしてほお袋をふくらませる。
嫌な予感に駆られた。
「おいらの後ろへ!」
すぐにUターンしてオヤビンの背中に隠れる。
丸太のような腕が地面を叩いた。岩が隆起して壁を形作る。
岩壁の向こう側で激突音が連続する。壁から逸れて飛ぶ瓦礫が壁の向こうで起こっている事態を教えてくれる。
すごい轟音。まともに連射を受けていたらひき肉になっていただろう。
洞窟内が静まり返るなり攻勢に転じる。
残りHPが低いゆえの特殊行動だったのか、一分とせず巨大なリスがポリゴンと化して砕け散った。
胸の奥からわき上がる歓喜に身を委ねて振り向く。
「ありがとうオヤビン! すごく楽だった!」
「そ、そっすか?」
「うん! 何かもう、すごかった!」
「やめてくださいよ姐さん、そんなに褒められたら照れちまいやすぜ」
あ、呼び方が戻ってる。
まあ今回は活躍してくれたし、聞かなかったことにしてあげよう。
目の前にリザルト画面が表示される。
『頑強なほお袋』
ロックイーターのがんじょうなほお袋。加工するのは困難を極める。
相変わらず何に使えるか分からない。
でもあれだけ面倒なエネミーからドロップしたんだ。それなりにいいアイテムのはず。
気を取り直して奧を目指す。
前方に光が差し込んだ。まばゆさに目を細めながら洞窟の外に出る。
樹木が立ち並んでいる。前がよく見えないくらいの繁殖具合だ。
オヤビンの案内を受けて林の中を進む。
無事ウータレンの樹木を見つけて樹皮を確保した。




