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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第124話


「オオオオオオオオッ!

 はあああアアアアッ!」


 ザンキとシルヴァリーさんの雄たけびが混ざり合う。

 

 第一回イベント一位と二位の対決。一位の方が何かしら上回っていたのは確実で、さらにザンキは鬼化している。どうやってもシルヴァリーさんが不利だ。


 でも白銀の美貌は一歩も退かない。ザンキの背から伸びる触手にも的確に対処している。


 私はニオと連携して黒い化け物の一体をほうむった。


「ミザリ、加勢するね」

「お願いします」

 

 矢が突き立った化け物との距離を詰める。


 モンシロは印を結んでスキルを詠唱している。


 そこから少し離れた場所では、サムライさんが宙を跳ねて化け物を翻弄している。宙を跳ねるようなあの動きにはエネミーのヘイトを集める効果があるのかもしれない。


 二匹目を片づけてミザリと加勢に向かう。


 化け物を殲滅した頃合いになって視界内が銀色にまたたいた。


「これで終わりだああああああっ!」


 二本の剣が光をまき散らす。


 舞い散った光の粉が宙を飾りつけるさまは、ダイヤモンドダストもかくやといった光景だ。黒と白のきらめきがザンキの周囲を染め上げる。


 フィニッシュの刺突がザンキの胸板を打った。鬼の背中が広場の壁に叩きつけられる。

 

 双眸そうぼうが見開かれる。


 驚愕を露わにしたのは、技を決めたシルヴァリーさんの方だった。


「バカな、十割コンボだぞ! 何故君はまだ生きているんだ!」

「十割コンボ?」


 私は解説を求めてモンシロに視線を向ける。


「シルヴァリーさんが握ってる黒白の剣あるでしょ? 極夜の剣、白夜の剣って言うんだけど、条件を満たすとそれぞれのアビリティが最大HPの三割と七割のダメージを与えるの」

「それって両方当てると即死するってこと?」

「そ。ボスエネミー相手だとダメージがすごく下がっちゃうんだけど、プレイヤー相手だと十割ダメージを与えるからアビリティが発動したら勝つはずなの」


 でもザンキは健在だ。シルヴァリーさんが驚いているのはそういうことか。


 ザンキがニッと牙をのぞかせる。


「そんなに不思議か? アイセを始めて数日の初心者ではあるまい。可能性についてはすぐ浮かぶはずだが」

「分かっているさ。十割コンボは対人において対策必須だからね。だがあの方法は確実性に欠ける。都合よく生き残る可能性にかけたって言うのかい」

「まだ気づかないか。あるはずだ、より確実性を高める手法が」

「そんなもの……まさか」

「そう、課金アイテムだ」


 ザンキが口端を吊り上げた。


「十割コンボは極夜の三割に次いで白夜の七割を与える。防ぐには七割ダメージが発生する前に、残存HPを七割より上にすればいい。無課金で入手できるアイテムやスキルによるリジェネだけでは不確実だが、オンラインストアに並ぶアイテムも総動員すれば成功率は限りなく十割に近づく」


 シルヴァリーさんが目を見開いた。


「セイレーンの涙も使ったって言うのかい!? あれは効果こそ大きいが持続時間は短いはず。君はこの一戦で一体いくら使うつもりなんだ!」

「何を言う。勝利の前には万の金など塵屑ちりくずに等しい。むしろオレと同じことをしない連中の気が知れないな。さて、お前たちの残りMPはいくつだ? 回復アイテムがあるなら使うがいい」


 シルヴァリーさんが悔し気に奥歯を食いしばる。


 廃課金したことを誇られる図。正直言ってしまえば見栄えはよくない。努力や才能を誇るならまだしも課金したことを誇られても反応に困る。


 でも私の魂は確かに震えていた。


「すごいなぁ」


 絶体絶命な状況とは裏腹に口角が浮き上がる。


 イベント開始時点では間違いなく人間派閥の方が優勢だった。シルヴァリーさんが仲間の士気を大いに上げたし、数の面でも圧倒的優位を誇っていた。


 そんな絶望的な状況だったのに、正面で嘲笑するプレイヤーはあきらめなかった。


 私たちを出し抜いて城に潜入しただけでなく、酒呑童子をコントロールできないと見るや勝つための賭けに出た。さらにはお金をつぎこんで、鬼化の長所を活かしたビルドで私たちより優位に立っている。


 すごい胆力。


 すごい覚悟。


 私じゃここまではできない。かつて陸上という勝負の世界で生きていた者として感嘆を覚える。


 これが、トッププレイヤーなんだ。


「ヒナタ、何かいい案でも思いついたの?」

「ううん。どうして?」

「いや、何だか楽しそうにしてるから」

「わくわくしてるのは否定しないよ。どうやってあの人を倒そうかなって」

「できるの? シルヴァリーさんの十割コンボでも倒し切れなかったのに」

「できるかどうかは分からないけど、大ダメージを与えるスキルには心当たりがあるの。やれるだけやってみるよ」

「分かった。シルヴァリーさん、ヒナタには切り札があるみたいです。ここは賭けてみましょう」

「分かった、合わせるから指示を出してくれ」

「させるか」


 ザンキが床を蹴る。


 シルヴァリーさんの親衛隊が間に入った。白銀の鎧が盾を構えるものの、守りは秒で突破された。


 さすがに身体能力が違う。真正面からザンキを抑えるのは難しそうだ。


 前に青紫の体が入った。鈍い音に遅れてザンキの動きが停止する。


「オレに抗うか、ペットの分際で!」


 ザンキの筋肉質な腕が隆起する。


 それでもニオの体は動かない。膂力りょりょくは拮抗しているようだ。


「ニオ、あの技いける?」

「今すぐにでも」

「じゃあお願い」

「心得た」


 私は額に手を添える。


 ニオが青紫の煙と化して昇る。


「技と言ったな。ならば」


 ザンキが背中を向けて駆け出した。


「あ、あいつまた!」

「大丈夫」


 星降る天蓋なら問題ない。


 私たちの頭上に銀河模様が広がった。鈍い激突音に遅れてザンキがのけぞる。


「何だこれは、スキルか?」


 見覚えのなさそうな反応だ。ペットとしてのゼルニーオに関する情報は広まっていないらしい。


 ニオがなついてくれるまで大変だったからなぁ。色んな関門があったし、乗り越えられたのが自分だけだと思うと誇らしくもある。私が望んでも背中には乗せてくれないけど。


 私は鬼面を実体化させて床を蹴った。


「おのれくノ一ッ!」


 ザンキが身をひるがえして迫る。


 触手の先端が牙をのぞかせた。赤黒い光が収束して球体を形作る。


 酒呑童子も行っていた砲撃だ。既視感に任せてやり過ごしつつ腰をひねる。


 サイクロンエッジあらためミーティアライン。慣性Lv2の恩恵を受けてアップグレードしたスキルが私の体を加速させる。


「がッ⁉」


 後方でうめき声が上がった。


 手ごたえは感じたものの異形は健在。ダメージが足りなかったみたいだ。


「惜しい! もう少しだったのに!」


 モンシロが悔し気な声を張り上げる。反応からして削り切る寸前だったらしい。


 私もスキルツリーでHPを可視化できたらなぁ。


「オレは不死だ、この程度では死なんぞ!」


 私は床を蹴った。一拍遅れて元いた地点で爆発が起こる。


「ミーティアラインじゃ仕留めきれないか」


 さっきコンソールで確認した中には他にもアップグレードスキルがあった。一つずつ試してみよう。

 

 私は一度距離を取って全力疾走の慣性を味方につける。


 今度はフュージョンバレットあらため『ネビュラグロウス』で仕掛けた。アイテムを消費して構成された大きな手裏剣が、天蓋に映る黄の星雲を巻き込んで空気を唸らせる。


 大型手裏剣を投げ放つ寸前にザンキが大きく跳躍した。投げる方角を変える余裕もなく手裏剣が手を離れる。


 外した。


 そんな後悔にさいなまれたのもつかの間。あらぬ方向に投げた手裏剣が黄色の軌跡を残してザンキの背中を追う。


「何ッ⁉」


 振り向いたザンキの背中で触手がエネルギー球を形作る。


 それらが発射される前に紅蓮が触手を焼き切った。


 ミザリの火矢だ。


「おのれ巫女がッ!」


 ザンキが体の前で腕を交差させた。血を思わせる色合いの障壁が円状に広がる。


 手裏剣の接触を機に爆光が銀河ドーム内の薄暗さを暴く。


 やはりと言うべきか、ザンキは五体満足で立っていた。


「先程のスキルといい情報にない攻撃ばかりだな。貴様のレアペットはずるい攻撃をするようだ」

「そのずるい攻撃を受け切ったあなたも十分ずるいと思うけど」

「オレを卑怯と糾弾するか。この程度は努力でできる範囲だ、悔しいなら真似てみればよいではないか。サル真似すらできん分際で、貴様には卑怯を口にする権利すらない」

「あなたを卑怯と思ったことはないよ」

「何だと」


 正面にある顔がきょとんとした。


 第一回イベントの終盤。私も一位が敵前逃亡した時はさすがに驚いた。仲間を置き去りにして走り去る背中が情けなく映ったのを覚えている。


 でも冷静な今は違うことを考える。


「適当なことを。そんなにむごたらしく砕かれたいか」


 ザンキの眉間にしわが寄る。


 まさに鬼の形相。多くの人にあれこれ言われてきたことがうかがえる。


 覚えのないことで恨まれるのは心外だ。


「適当なことなんて言ってない。だって、一位が逃げるなんて普通はできないよ。大勢に見られてる前じゃみんな外聞を気にする。強力なバフもあったし、あの状況で逃げれば卑怯と言われるのは分かり切ってた。それでも唯一の負け筋を潰す決断をしたのはすごいと思う」

「聞き飽きた皮肉だな、芸がないぞ小娘。有象無象うぞうむぞうと同じ言葉をさえずるなら個として存在する意味がなかろう」

「何でも皮肉に受け取らないでよ。あなただって、本当は真正面から勝利をもぎ取りたかったんでしょ? でも勝負の世界はそんなに甘くない。時にはずるい勝ち方をしなきゃいけないこともある」

「知ったようなことを」

「知ってるよ。私も似た決断をしたことがあるから」


 ライバルは同じ人間だ。個々の差なんてたかが知れる。


 勝ち方を選べるのは絶対強者の特権だ。競い合いは頂上に近づくほど余裕がない。時にはみっともない勝ち方を選ばないと勝機がすっぽ抜ける。確実な勝利か、周囲への見栄か。選ばされる焦燥とプレッシャーは相当なものだ。


 ザンキは迷いなく前者を取った。


 状況的には余裕があったのに、シルヴァリーさんたちを置いて一目散に離脱した。私だったら見栄を優先したあげく、だまし討ちを受けて悔し涙を飲んでいたかもしれない。


 あの場面で逃げたこの人は、一番になるべくしてなった人だ。


「だから私はあなたを尊敬するよ。チートツールに頼ったならともかく、ルール内で全力を尽くしているだけなんだもの。少なくとも私は、あなたを卑怯なんて言葉で決めつけたりしない」


 赤と金の瞳が見開かれる。


 初めて見る表情だ。戸惑っているような、今にも涙しそうな、曇天を割った光のカーテンを仰いだような顔。


 今は戦いの最中だ。そんな顔は似つかわしくない。

 

「でもそれはそれだよ。私は伸び伸びとアイセをプレイしたいの。鬼が人を食べる世界なんて嫌だし、仲良くなったNPCだっている。だから、私はあなたを倒すよ」


 私は銀河ドームの壁を駆け上がる。ポーションを飲んでHPを回復しながら再度仕掛けるタイミングを図る。


「お人好しだな」


 ニオの声が頭の中に響いた。


「私そんなにいいこと言ったかな?」

「少なくとも敵に語りかける言葉ではなかった」


 飛来する光球が衝撃波をまき散らす。


 狙いをつけていた射撃が不規則なものに変わっている。直撃をあきらめて爆発による範囲攻撃に切り替えたらしい。


 下でシルヴァリーさんやサムライさんが牽制しているけど、触手による砲撃は全て私に向けられる。十割コンボとやらも対策されているし、私を先に討てば勝てるとふんだに違いない。


 視界内が赤く点滅する。あちこちで連続する爆風が微かに、されど確実に緑の棒を削る。


 こういうランダムな攻撃が一番避けにくくて困るんだよね。


「何故ヒナタは敵に語りかけるんだ」

「純粋に相手を知りたいからだよ」

「知りたい?」

「そ。あの人の場合は、どうして卑怯ってワードに固執こしつするのかなって思ったの。あの一生懸命な姿を見てると卑怯って評価にいまいち結びつかなくてさ」

「私の時も似たことを考えたのか」

「ニオの場合は斎さんから話を聞いてたからね。悪辣あくらつなだけがニオの本質とは思えなかったし」

「やはりお人好しだな」


 フッと小さな笑い声が聞こえる。


 不意に視界内でウィンドウが開いた。



【ニオの信頼度が2になりました】



 信頼度って何だろう。


 そう思った刹那、視界の下隅が明るみを帯びた。


 光の源は手にしているダガーだ。高級感のある金の装飾はそのままに、銀色だった箇所がニオの体表を思わせる青紫に彩られる。刃箇所も枝のように伸びて鋭利さを増す。


「これって」


 宝刃シルヴェールの説明文が脳裏に浮かぶ。


 特定の精霊と契約することで真価を発揮する。武器の説明欄にはそう記されていた。このタイミングでの変化を見るに、信頼度の上昇に応じて性能が解放される仕組みのようだ。


 これだけ思わせぶりな変化をしたんだ。何かしらの性能強化が行われたはず。


 これならいけるかも。


 

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