第123話
オレには同い年の兄がいる。
成績優秀スポーツ万能。何をするにもオレよりできた。
両親も出来のいい兄ばかりを褒め称えた。兄はオレのあこがれと同時に倒すべき目標でもあった。
オレは負けじと努力した。
夜遅くまで問題集とにらめっこした。
休みの日は外を駆け回って体力増強に努めた。
だが一度とすら勝てなかった。駆けっこも、テストの点も、大学主席の座すら兄の手に渡った。
何故勝てない!
どうしてオレの上をいく!
憤怒と嫉妬のはざまにもだえる内に、オレはあこがれではなく憎悪に近いものを抱くようになった。
オレは逃げるように自宅を出て一人暮らしを始めた。全てを一人でやるのは一苦労だったが、これ以上兄と同じ空間にいるとオレの中で何かが噴き出しそうだった。
ある日大学での友人からVRMMOを教えてもらった。
仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム。医療やトレーニングに用いられる仮想現実の技術を応用したゲームらしい。
ゲームにかける時間はない。
これまでのオレならそう言って断っただろうが、この時は気まぐれでアイセなるゲームに手を出した。
面白かった。
仮想現実にはたしなみがあった。それでも現実感が色濃く付加されたオンラインゲームは、エネミーとの戦闘に多大なリアリティをもたらして緊張感にあふれていた。
何よりアイセの世界では努力が数値として出力される。
経験値を得ればレベルが上がる。武器を強化すれば与えるダメージが上がる。やればやるほど結果が出る世界にオレはのめり込んだ。
近々第一回イベントが開催されると聞いた。
ゲームのイベントとて勝負。狙うなら優勝以外ありえない。
アイセはゲームだ。周りより遅く始めても課金すれば有利に戦える。小さい頃から小遣いで投資してきたオレは予算の点で優位に立てる。
オレは課金してたくさんスクラッチを引いた。得たアイテムをショップで売り払ってゲーム内マネーを稼ぎ、その予算を使って最上級の装備とアイテムを整えた。ランキングに乗るために各種スキルやジョブの性質を研究し、分析した。
イベントではその努力が実った。最後はみっともないと思いつつも全力で逃げて優勝を勝ち取った。
ずっと兄に邪魔され続けたオレにとっては悲願のトップ。表彰台で称えられた時は感動と達成感のあまり涙が出そうだった。
一位は特別だ。勉強スポーツ問わず多くから注目を浴びる。オレにもついにもてはやされる時が来たのだと信じてやまなかった。
現実は、違った。
良い注目を浴びたのはくノ一の少女と銀色甲冑だった。特に銀の方はヘルムを脱いだ顔が良いとのことで人気が急上昇した。元宝塚のトップスターでファンも多く、うわさによると公式からアプローチをかけられてストリーマーになったという。
ずるいじゃないか。そんな奴にオレが注目度で勝てるわけない。
さらに追い打ちをかけたのは、周囲のオレに対する評価だ。
連中はオレを賞賛するどころか、逃げた卑怯者として後ろ指を刺した。どうして逃げてしまったのかと慙愧の念にさいなまれたが時すでに遅く、第一回イベントの優勝者という栄光は数日で露と消え去った。
こんなはずじゃなかった。トッププレイヤーとしてオレの名をアイセにとどろかせる予定だった。
実際に名が広まったのは銀の方。奴のクランに加入希望者がなだれ込んだ一方で、オレのクランスペースには嘲笑目的の輩が集まった。
当初は我慢した。作り笑いで流しつつ、時間が解決するだろうと見込んで耐えた。
それも限界が来た。堪忍袋の緒が切れて、オレはバカにしてきた奴らを片っ端からキルした。
当然奴らは抵抗したが、強さを突き止めたオレの敵ではなかった。ずっとオレを嘲笑っていた連中が装備やアイテムを失い、これ以上奪わないでくれと震える声で請うてきた。
とてもすっきりした。
気持ちよかったのだ。嘲笑してきた連中が一転してやめてくれと叫ぶさまは非常に心が踊った。どれだけ粋がったところで、所詮オレ以外の連中など塵屑に等しいと気づいた。
その日からプレイヤーキルに明け暮れた。オレを嗤った奴の名をメモ帳に書き記して、戦闘フィールドでプレイヤーキルを仕掛けた。
逆にキルされて装備を奪われる可能性はあったが、そんなリスクは塵芥の甘美な叫びに比べればどうでもよかった。
次第にオレにも同志ができた。
怪しげなマスケラ燕尾服や侍のごとく律儀な男、そしてその他。オレは再び立ち上げたクランを虚無と名づけてプレイヤーキラーの巣窟を作り上げた。
全てを失った虚しさを怒りに変えて塵芥どもを喰い散らす。そんな決意を込めたヴォイドの名はまたたく間に広がった。目をつけられるのが嫌なのか、街を歩いてもオレの名を聞くことはなくなった。
そしてオレは真理を得た。実力や名声など何の力もない。恐怖こそが塵芥を自重させるのだと。
オレが恐れられる限りは卑怯者と指差されない。ならば畏怖される存在としてアイセの中に君臨しよう。銀やくノ一を打ち倒せばオレの存在はさらに色濃く刻まれるはずだ。
二度とオレを卑怯とは言わせない。苦労してつかみ取った栄光を、たった一度の逃亡ごときで台無しにされてたまるものか。泥にまみれた誉れをみがき上げて、必ずやオレを認めさせてやる。
妖華での勝利はその第一歩だ。




