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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第120話


 走っても走っても地面が続く。


 もどかしい。普段なら転移でひとっ飛びなのに。


「何でイベント中は転移させてくれないんだろう」

「駆け引きを楽しいんで欲しいからじゃない? どこにいてもお城に飛べたら相手を出し抜けなくなるし」

「まさに今の私たちみたいデスね」


 パテルが足止めしている隙に別動隊がお城へ向かう。その分天守閣が手薄になるけど、私たちの勝利条件は鬼の首魁たる酒呑童子を倒すこと。嫌でも別動隊を追いかけなきゃいけない。私たちは見事術中にはまってしまった形だ。


 鬼の別動隊は化け物に乗って移動していると聞く。一体いつ追いつけるのやら。


「ヒナタ先に行って。私たちに合わせなくていいから」

「後で合流しましょうデス」

「分かった。先行くね」

「待ってください、みんなでヒナタさんに回復アイテム渡しましょう。あの面を出せばお城までの時間を短縮できるはずです」

「いいねそれ。採用」


 私は三人から回復アイテムを受け取ってニオと前に出た。全力疾走しながら鬼の面を発現させる。


 樹木や岩が視界の隅に流れ行く。 風を切る音と足音だけが聴覚を刺激する。


 沈黙が痛くなって会話のネタを探す。


「ニオは酒呑童子って知ってる?」

「知っている。私が妖華にいた頃から存在していたからな」

「そんなに昔からいるの?」

「ああ。人間の身で上級妖怪をほうむった者がいると聞いて試しに見に行った時がある」

「どんな人だった?」

「粗雑で乱暴、騒々しく絢爛。元は武人だったようだが礼節など欠片もなかったまさに鬼になるために生まれてきたような人間だ」


 敵派閥のトップはオーラを放っていて、一目見ただけで分かるようになっている。ニオの言い方だとオーラがなくても識別は簡単そうだ。

 

 酒呑童子についての情報を聞き出しつつ足を進ませる。


 岩陰から何かが飛び出した。


「きゃっ!」


 急にぶつかられて変な声が出た。


 足を止めて振り向くと五十センチほどのかたまりがあった。


 リスに見えるけど明らかに様子が違う。目が爛々とした赤を帯びて少し怖い。


 禍々しく伸びた爪にはポーションのビンが握られている。


「それ、もしかして」

 

 コンソールを開いて回復アイテムの数を確認する。


 保有数が五個減っていた。


「それ私の!」


 リスもどきが背を向けて跳ねた。


「ニオ、追うよ」

「捨ておけばいいだろう。急ぐのではないのか」

「奪われたアイテムでどれだけの距離を走れると思ってるの」


 こんなところで鬼面の持続時間を減らすわけにはいかない。私は面を外してリスもどきを追いかける。


「この!」

 

 小さい背中に迫って腕を伸ばす。


 かわされた。思ったよりすばしっこい。


「ポーション返して!」


 呼びかけても振り向くどころか足すら止めない。むっとしてダガーの柄に腕を伸ばしかける。


 あるいはダガーで斬りつけてみるのもありか。リスにしては体が大きいし頑丈なはず。刃で軽くなぞればびっくりしてビンを落とすに違いない。


 私は鞘からダガーを引き抜く。


 左右の岩陰からヌッと影が映った。反射的に腕が動く。


 カンッと金属音が鳴った。衝撃を受けて数歩後退する。


「チッ、防がれたか」


 何かと思って目を見張ると、私の行く手をはばむようにプレイヤーが立ちふさがった。頭上に名前が表示されている辺り鬼派閥のプレイヤーだ。


 それも一人じゃない。ざっと見て五人はいる。


 私は腰を落としてダガーを構える。


「私たちを待ち伏せてたんだね」

「当たり前だろ。人間派閥の連中をこの先には行かせねえ」

「そのわりにシルヴァリーさんたちはいないけど?」


 鬼派閥のプレイヤーが顔をしかめる。


 これはしてやられたのかな。軽くあしらわれたみたいだ。


「うるせえ! 何を言ったってお前は一人、こっちは五人だ! 逃がさねえぞ」


 向こうはやる気満々だ。


 でもかまってあげる時間はない。私は岩に向かって走る。


「バカめ! 岩に激突――」


 しない。忍シリーズの【貼りつき】は天井にだって貼りつけるんだ。岩面を駆け上がるくらいわけはない。


「まずい! 追え、逃がすな!」


 後方から靴音が聞こえる。


 数の多さには少しばかり圧を感じるけども。

 

「スピードで私に勝てるなんて思わないでよね」


 刻一刻と靴音が遠ざかる。


 これなら鬼面を出さなくても千切れそうだ。


 そう思った瞬間体の表面が変な光に覆われた。視界の左上にブーツと下矢印のアイコンが表示される。


 目じりへ流れる景色のスピードが微かに遅くなった。


 ああもうじれったい!


「またデバフ! 鬼ってデバフかけないとどうにかなっちゃうの⁉」

「ならねえよ。逃がさねえっつったろうが」


 言葉ではそう言うものの、私たちの間にある距離は埋まらない。デバフにも強弱があるようだ。


 バフがそうであるようにデバフにも効果時間がある。スピードが戻ったらすぐに千切ってあげるんだから。


 左上のアイコンが点滅して消える。


 いざ千切ろうとして、また同じアイコンが復活した。


「やめてよ!」

「やめるわけねーだろばーか!」


 へらへら笑いが私の神経を逆なでする。


 いっそUターンして全員やっつけちゃおうか。


 視界の隅に青紫が映る。


「もっと速く走れないのか」

「後ろの人たちが邪魔するんだもん」

「鬼面を出せばいいだろう」

「ポーション五個も奪われたんだよ? デバフが消えるわけじゃないし、これから決戦って時に回復アイテムが足りなくなったらどうするの」


 敵は酒呑童子だけじゃない。小夜さんと天守閣へ忍び込んだ時に遭遇したプレイヤーもいるはずだ。


 きっとあの人もパテルと同じように変身する。回復アイテムを失った状態で対峙するのは避けたい。

 

「ニオだけでも先に行って。後で合流するから」

「できるのか?」

「うん。あの人たち足遅いから追いつかれないよ。いずれ魔法も使えなくなるし平気だって」


 さっきは苛立ちのあまりUターンしそうになったけど、今は一刻も早くお城に駆けつけなきゃいけない状況だ。ニオくらい強ければシルヴァリーさんの力になれる。

 

 ニオが後方に視線を向けた。


「……乗れ」


 私は目をぱちくりさせる。


「乗れって、ニオの背中にだよね。乗っていいの?」

「二度は言わん」


 ニオの体が少しずつ前に進む。私が乗らなければそのままお城へ向かいそうだ。


「ありがとう」


 私は告げて跳躍した。青紫の背中に腰かけて太い首に手を添える。


 手の平と太ももから温かみが伝わってくる。ニオも生きてるんだなぁ。


 顔を上げて目を見張る。


 前方に広がるのは変わり映えしない草原なのにずいぶんと目新しく映る。


 ニオに乗って視点が高くなったからだろう。遠くまで見渡せてすごい爽快感だ。馬に乗る人はいつもこんな景色を見てるのかな。


「わわっ!」

 

 後ろに倒れそうになって前傾姿勢を取る。


 ニオの体が躍動した。デバフの光を受けても今まで以上のスピードで力強く前進する。


「くそ! 魔法を当てて止めろ!」


 時間稼ぎは無理と悟ったらしい。後方を振り向いた先で炎や氷のかたまりが生成される。


「ニオ、来るよ」

「分かっている。落ちるなよ」

「うん」


 ぐっと手に力を込める。


 視点がさらに高くなった。浮遊感に遅れて下方で破裂音が鳴り響く。


 着地したニオが左右に跳躍する。氷のかたまりや風の刃がすれ違っては効力を失って霧散する。


 逃走劇は三十秒とせず終わった。静けさに包まれた空間にニオの足音だけが響く。


「振り切ったな」

「そうみたいだね」


 やっと静かにいい眺めを楽しめる。


 風が気持ちいいなぁ。


「では降りろ」


 浮き上がった気持ちが沈みかけた。


「えーいいじゃない乗せてよ。ニオの背中に乗ってるとすごく眺めいいのに」

「知らぬ。降りろ」

「お願い、もうちょっとだけ。あの丘まででいいから」


 私は遠方に見える丘を指差す。


 数分は乗っていられる距離だ。


「何キロ走らせる気だ図々しい。そっちがその気ならいいだろう、振り落とされるまでは乗せてやる」

「振り落とさないでよ」

「行くぞ」

「ちょっと!」


 ニオが道から外れて大岩を飛び越した。一拍おいてがくんと揺れる。


 ひゅっとした。お尻が浮いて落っこちるかと思った。


「何で道から外れるの!」

「時短のためだ」

「うそ! 意地悪!」


 こうなったら意地でもお城まで乗ってあげるんだから。


 私は意気込んでニオとロデオじみた勝負に臨む。



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