第119話
「パテルが二人?」
今度は私が目をぱちくりさせる番だった。
腕こそ黒くないものの、サムライさんを突き飛ばしたのは間違いなくパテルだ。
白黒入り混じったマスケラからつぶやきがもれる。
「それは形代の変化か」
「知ってたんだ」
「無論だよ、対人の基本は情報を知り尽くすことから始まるからね。ペットの形代は便利だが弱点もある。一部スキルはコピーできないし防御面が紙だ。私相手にいつまでもつかな」
パテルとモンシロのペットが腕をぶつけ合わせる。手の平に触れなければ即死はしないようだ。
でもこの状況がいつまでもつか分からない。
パテルに近づくと即死のリスクがある。かといって遠距離攻撃は重力の影響下で地面に落ちる。
さっきは鬼面をつけた状態でも反応された。万全をきすためにもう一手ほしい。
「ニオ、あのドーム展開できる?」
「少し待て。精霊と妖怪の力を混ぜ合わせる必要がある」
しばらく時間稼ぎをしなきゃいけないわけね。
鬼面をつけてる状態だとHPが減る。リキャスト待ちなんて悠長なことはしていられない。
第一そんな弱気姿勢は私らしくない。
私だってあの頃よりも強くなった。さっさと終わらせてシルヴァリーさんを追いかけるんだ。
「みんな援護お願い!」
私は危険を承知で前に出た。ぐるっと回り込んでパテルの背中に迫る。
「見えているよ、くノ一のお嬢さん」
変色していない腕がモンシロのペットを突き飛ばした。パテルが身をひるがえして私に向き直る。
黒い腕が伸びる。
さっきよりも低い位置。重力を考えて、ジャンプによる回避はないとふんだことがうかがえる。
「えええいっ!」
しゃがむことによる回避は不可能。私は強く地面を蹴飛ばす。
地面に落とされれば即死確定の賭け。でも分が悪いとは思わない。
走るのも見方を変えれば小さな跳躍の繰り返しだ。疾走に制限がかからないところを見るにある程度の自由はきく。
想像に違わず黒腕がブーツの下を通り過ぎた。
「何!?」
パテルの驚愕をよそに腕の上を走る。
もう即死はない。遅れて迫る腕とすれ違って腰をひねる。
ショートカットアクションで体が加速した。高速移動に次いで斬りつけた手ごたえを覚る。
鬼化はHPを消耗する。ステータスに自信があってもそろそろ底が見えてくるに違いない。
「まだだ、死ねない。こんな所で倒れるわけにはいかないのだよッ!」
パテルが声を張り上げて腕を伸ばす。
「とてもいい提案がある。取引しようくノ一」
「は、取引?」
思わず目をしばたたかせる。
ついさっきまでやり合っていたのに、突然何を言い出すんだろうこの人。
パテルが気にした様子もなく言い募る。
「全身全霊をもって私を見逃したまえ。そうすれば酒呑童子の行き先を教えてあげよう」
「行き先も何もお城でしょ。それに酒呑童子って鬼の頭領だよね。仲間を裏切ることになるの分かってる?」
「君は勘違いをしている。私はザンキの在り方にだけ興味があるんだ。鬼が勝とうが人が勝とうか正直どうでもいいのだよ」
「さっぱり分からないんだけど」
パテルが首をかしげてうなる。
「ふむ、ではありふれた話をしよう。君は一部のアニメや漫画が外国に非難されている現状を知っているかな?
「聞いたことはあります」
「なら話は早い。彼らはアニメや漫画が犯罪を助長すると信じて止まないが、現実は違う。彼らの国の犯罪率は見るに堪えないし、戦争の悲惨さを知ってなおミサイルを飛ばしている。分かるかい? 必要なのは抑制ではなく発散なのだ。電脳世界での横行はリアルの誰かを傷つけない。ここでは欲を発散すればするほど偉いのだよ」
「よ、欲?」
「そう欲だ。食欲、知識欲、無論勝利を願う欲望も例外じゃない。私は、第一回イベントで全力ダッシュしたザンキを尊敬する。いや愛している! 恥も外見もかなぐり捨てて逃げたあの醜さ! 美しかったぁ……」
感動にぬれた声が周囲の喧騒に溶ける。
反応に困って横目を振るとモンシロと目が合った。
「どうしようヒナタ。こいつやばいやつだよ」
「変態だね」
よくこんなのを幹部にしたなぁザンキって人。
そう思いながら向き直ると、パテルの体が淡い光に包まれた。
「ちょっ、それ回復エフェクトじゃない! 何でさりげなく回復してるの!」
「HPが尽きそうだからに決まっているじゃないか」
「最初からそれが狙いで説法したわけね。ずいぶん味な真似するじゃない」
「勘違いしないでくれたまえ、私が言ったことは全て本心だ。ちなみに先程の取引はまだ生きている。返答やいかに」
「却下。あなたのことは信用できない」
「実に結構。私はリーダーの醜さを尊敬している。だからこそ君たちのようないい子ちゃんプレイヤーが気にくわない! いい子になるな、そのきれいな外面に秘めている淀んだ泥をさらけ出せ! 私はそれが見たいッ!」
むんっ! っと気合の声に遅れて黒腕が別の腕を引きちぎった。
例のルーレットが現れた。回転を経て針が青を指し示す。
視界内から全てのバフアイコンが消え去った。
「さあ大詰めだ! 私のスキル『死の大車輪』は君たちの破滅を予言する。全ての枠が黒く染まった時、一度でも大車輪の影響下に置かれたプレイヤーは即死する」
「一度でもって、この場にいる全員ってことじゃない!」
「その通り。車輪のリキャストは一分だ。バフを失った身で私を倒し切れるかな?」
急いで倒さないと! 衝動的に踏み出したブーツ裏を地面に押しつける。
今のは明らかな挑発だ。これまでパテルは腕を失うと同時に大車輪を発現させた。おそらく大腕の喪失がリキャストを踏み倒すトリガーになっているんだ。
鬼面のスピードじゃ反応される。
でも私には切り札が残っている。
「ニオ!」
「今練り終わった。行くぞ」
鹿型が煙状に変わった。青紫がドームを形作って周囲の景色を銀河に変える。
「何だこれは」
パテルがよそ見した隙に地面を蹴った。
大きな腕が動いたけど数テンポ遅い。すれ違うようにパテルの腰を斬りつけてUターンする。
「速い! バフもなしに何だそのスピードはッ!」
大きな腕が伸びる。
私は黒い手とすれ違って腰をひねる。
予想通りパテルも動いた。加速した刃が黒い腕を肩口から斬り飛ばす。
「さあフィナーレだ!」
死の大車輪が発現した。
勝ち誇った声をよそに私は声を張り上げる。
「残りの腕を狙って!」
「了解!
了解!
了解!」
モンシロたちが攻勢に転じた。車輪を回そうとする腕が薙刀、矢、形代の攻撃で原型を失う。
ルーレットが回されることなく宙に溶けた。
「ば、バカなッ! 私の大車輪が!」
マスケラの向こう側から嘆きの声が上がる。
もう大きな腕はない。私は終わらせるべく再度距離を詰める。
「あの欲の果てを、見たかった」
それが最期の言葉になった。慣性Lv2でグレードアップしたスキルが鬼の体に風穴を開ける。
二メートル近い体がポリゴンと化して砕け散った。
「やった!」
安堵の息を吐く。モンシロたちも歓喜の声を上げた。
あれだけの実力を誇るプレイヤーならレアアイテムを持っていそうだけど、イベント中はプレイヤーをキルしてもアイテムドロップがない。 キルを恐れるプレイヤーもイベントに参加させるためなのは分かるけど少し寂しい。
でも落胆にひたる暇はない。私はフレンドと元来た道を逆走する。




