第117話
「あ」
勢いあまって斬っちゃった!
「大丈夫ですか⁉」
「大丈夫だ。ちゃんと得物で受け止めたからな」
見ると白い大きな手には鞘に収まった刀が握られている。
受け止めたことを示すように鞘の紋様が少し削れている。
「ごめんなさい、つい勢いで斬っちゃって」
「気にすんな。余裕ぶっこいて勝利条件をあいまいにしたオレ様も悪い。それより嬢ちゃん、生命力尽きそうだが大丈夫か」
「え、あ!」
私はあわてて鬼面をひっぺかした。
HPバーがあわや一ミリといったところで制止する。
集中しすぎると警告の赤いエフェクトを見逃しちゃう。なるべく意識するようにしないと。
私はポーチ内の回復アイテムを実体化させてビン内の液体を飲み干す。
全快したHPバーを見て安堵のため息をついた。
「そうだニオ、さっきのはなに?」
「私の力をドーム状に展開した。ヒナタの鬼面は元々私の妖力で作られた物だ。ドームの中なら引力で加速させるなど応用が利く」
「すごいねニオ、そんなことまでできちゃうんだ」
「誉めても乗せんぞ」
「あー壁を破ったことを祝ってるところ悪いんだが、戻らなくていいのか?」
「戻る?」
「お仲間のところだ」
「え、あ!」
思い出した! 私、鬼との決戦間近で斎さんにさらわれたんだった!
「そうだ早く戻らなきゃ!」
「陣に乗れ。オレ様が送り返してやる」
「分かりました!」
私は駆け足で陣の上に乗った。ニオもとなりに並ぶ。
斎さんが地面に手の平をつける。
「嬢ちゃんはここに来る前よりも強くなった。だがそれはあの面を出してる時だけだ。実力を過信しちゃいけないぜ」
「はい。斎さん、指導してくれてありがとうございました」
「小僧、お前もオレ様に礼を告げていいんだぞ」
「貴様に指導された覚えはない。私が勝手にコツをつかんだだけだ」
「生意気な奴め、嬢ちゃんのこと守ってやれよ」
「貴様に言われるまでもない」
足元に描かれた陣が鈍い光を発する。
かと思ったら明るみがすーっと抜けた。
「あ、それと」
「は・や・く!」
斎さんが高笑いして陣の発動に戻る。
視界が暗転した。静かだった空間が嘘のような騒がしさに包まれる。
「ん?」
樹木に囲まれた広場を背景に大きな人影が映る。
ニオの後ろに鬼が立っていた。振り向いたニオと顔を見合わせる。
「おわっ⁉ このデカブツどこから現れやがった!」
鬼があわてた様子でこん棒を振り上げる。
それがニオのお尻を叩くより早く、青紫の後ろ足が人型を爆散させた。
「私の後ろに立つな。死にたいのか」
「もう死んでるけど」
すごい威力だ。鬼はステータスが高いって話なのに。
「ヒナタ!」
聞き覚えのある声に遅れて、視界の左上に剣と盾のアイコンがつけ足された。
振り返った先にフレンドを見つけて口角が浮き上がる。
「モンシロ! ミザリにサムライさんも!」
よかった、三人とも無事だったんだ。
安堵したのもつかの間。雄叫びや悲鳴混じった騒々しさに警戒心をあおられる。
何よりあちこちで斧を振るう赤い人型には覚えがある。
「おやおや、何の前触れもなく現れたじゃないか。それも忍の里で身に着けた術なのかな」
この芝居がかった声には覚えがある。
仰ぐと真っ赤な燕尾服姿の男性が立っていた。頭部を飾るマスケラとシルクハットも健在だ。
「ずっと思ってたけど何で燕尾服なの? 妖華にいる間は和服を着ればいいのに」
「何故私が周りに合わせなければならない。私は鮮血を浴びたようなこのワインレッドが大好きなんだ。当分この服を脱ぐつもりはないよ」
「ヒナタ、雑談はそこまでにして。今は時間がないの」
私はモンシロに視線を振る。
「どういうこと?」
「さっきサムライが鬼のトップを見つけたの。シルヴァリーさんとその仲間が追ってるけど、ザンキ以外にも化け物が同行してるから正直厳しいと思う。私たちもこいつ倒して追いかけないと」
「分かった。じゃあちゃっちゃと終わらせないとね」
私は鞘からダガーを引き抜く。
マスケラに隠れた顔が私たちを一瞥する。
「配下が雑魚を引き受けているとはいえ四人か。さすがに厳しいかもしれないねぇ」
「じゃログアウトすれば? わざわざデスペナルティを受けることないでしょ」
「そうはいかない、私はリーダーから足止めを任されている。君たちには大名が討たれるまで大人しくしていてもらいたい」
あれ、私ここにいる意味ないんじゃない?
大名を討たれたら私たちの負けだ。鬼のトップが大名を討ちに行ったのなら今すぐ追いかけた方がいいに決まってる。
私は足に自信がある。パテルを振り切れるかもしれない。
「みんな、私は鬼の頭領を追いかけるよ。ここは任せていい?」
「もちろん。大名討たれたら終わりだしね」
「私たちもすぐに追いかけます」
「何なら倒してしまっても構いませんデスよ」
「努力してみる。行こうニオ」
私は三人に背を向けて地面を蹴る。
「待て、止まれヒナタ!」
ニオに制止されて思わず足を止める。
全力疾走していると視界がゆがんだ。
いや違う、ゆがんでいるのは空間を飾る赤い霧だ。
鬼が出る時に赤い霧が発生するのは知ってたけど、これは。
「そういえばくノ一にもこれを見せるのは初めてだったね」
振り返るとパテルの周囲に赤黒いエフェクトが吹き荒れていた。
「鬼化にもレベルがあってね、STRやAGIといったステータスが一定の数値を超えると、その種類に応じて特殊なスキルが発現するんだ。レア装備を限界強化しても一つしか発現しないくらい要求値は高いが、その分効果は強力でね」
ミザリが矢をつがえて射出する。
矢が赤黒い霧にのまれて消えた。あのエフェクトには攻撃を無効化する効果があるようだ。
赤霧が渦巻いてパテルをのみ込んだ。強風にあおがれて私は目を細める。
これから発揮されるのはパテルの全力。
鬼面のデメリットを考えると様子見したいところだけど、相手はトップクランの幹部だ。あふれ出る余裕もさることながら、私の直感が警笛を鳴らしている。
温存してやられるのが一番ださい。私は額に手を当てて鬼面を発現させる。
赤い渦が霧散した。変わり果てた異様が露わになる。
頭部を飾っていたシルクハットがない。一対の角が緩やかに曲がって鬼の様相をかもし出す。
そして胴体が伸びたと見紛うばかりの大きな腕。以前見た時は一本だったそれが三本になっている。手のひらに刻まれた紋様が目みたいで気持ち悪い。
そして隆々とした上半身。ワインレッドが好きとか言っておいて、ジャケットは見るも無残に引き千切られて見る影もない。
白と黒に彩られたマスケラの後ろに禍々しい大円が現れた。
「君たち占いは好きかい? 私が視てあげよう」
三本の腕がルーレットの縁を握った。赤、青、緑、黄色の枠がグッと回される。




