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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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116/119

第116話


 当たらない。

 

 スリングショットも、ダガーの一振りも、フェイントをかけた一撃ですらかわされる。


 単純に斎さんの動きが速いだけじゃない。例の神通力で私の思考を先読みしているのだろう。


 鬼面をつけた私のスピードは相当なものなのに、どうしてここまでの差が。


「何も不思議じゃないさ。その面は元々小僧の妖力だ。いわば嬢ちゃんがあつかえる妖力はその面サイズ、片やオレ様は全身が妖力。差があって当然だろ」

「ずるい!」


 というか私の心を読まないでよ。


「甘ちょろいこと言うなよ嬢ちゃん。戦いは総じて不平等なもんだ。環境や体格はもちろん妖力にも大小がある。オレ様たちは持ち得たもので戦うしかねえんだよ」


 ぐうの音も出ない。


 陸上も同じだった。強豪校とその他じゃ設備や人材の質が違うし、選手個人でも体格や筋肉のつき方に差がある。

 

 研鑽を積むのは大前提。自分の強みを理解して伸ばさないと一位にはなれない。


 斎さんとの戦いも同じなら、私に有って斎さんに無いものって何だろう。


 決まってるか。


「オオオオオッ!」


 ニオが斎さんの死角から迫る。


 斎さんが身をひるがえす。まるで背中に目がついているようなタイミングだ。


「真面目にやれよ小僧。さっきから好き勝手に動きやがって、嬢ちゃんに合わせる気ねえだろ」

「私の方がパワーもスピードも上だ。何故私がヒナタに合わせなければならない」

「よーしまずはしつけからだ。嬢ちゃんには借りがあるから優しくするが、小僧の角っぱしらへし折るくらいはやってやるぞ」

「ほざけ!」


 ニオがUターンして斎さんに向き直る。


 空間が暗さを帯びた。まるで昼夜が逆転したかのような移り変わりを前に私は目を見開く。


 暗さが筒状となってニオと斎さんをつないだ。ニオの体が閃光を発して夜天のトンネルを突き進む。


 まるで光のようなスピード。


 夜闇のトンネルが宙に溶けて消えた。アッパーでも受けたように青紫の巨体がのけぞって数歩後退する。


「あんましオレ様をナメんなよ。速くたって真正面から来ると分かってりゃ対策の仕様もある」

「ニオ、大丈夫?」

「情けない声を上げるな! 他にやるべきことがあるだろう!」

「嬢ちゃんが心配してくれたのにひどい言い草だな。まあ気持ちは分かるぜ、死角から不意を突くのは数的有利の醍醐味だ。どうせオレ様はかわしたに決まってるが」

「決まってるんだ」


 何にしても不意を突くなんてとんでもない。斎さんはおろかニオの動きについて行くのがやっとだ。


 神器の中で戦った時はこうじゃなかった。ニオとは接戦を繰り広げたくらい拮抗していたのに、今は再戦しても勝てる未来が見えない。


 元々ポーチ内の角には分霊が封じられていた。統合した分だけニオの力が増したのかもしれない。


 私が近づいたらニオの邪魔になる。


 だったら遠くから牽制だ。私はコンソールを開いて装備の欄を展開する。


 私が所持するスリングショットで一番強いのは妖仙樹の投弾弓だけど、あの武器を装備しているとフュージョンバレット以外の攻撃を使えない。攻撃が派手になるしニオを巻き込む危険がある。


 私はマシンガンスリンガーの文字に人差し指を近づける。


 視界内に白いものがヌッと入った。


「ひゃっ!」


 大きな指に両手首をはさまれた。頭上までぐいっと引っ張られてブーツ裏が地面を離れる。


 振り向くと白いオオカミ頭が近くにあった。


「なあ嬢ちゃんよ、お前さんは本当にそれでいいのか?」

「それでいい、って」

「ゼルニーオのおまけでいいのかって言ってんだ。あいつが嬢ちゃんより強いのは分かるが、嬢ちゃんにできるサポートなんてたかが知れる。これじゃ一対一を二回やるのと変わらないぜ」

「でも、他にできることなんて」


 こうしている今も鬼面の副作用でHPバーは削れていく。私は斎さんたちと比べてあまりに非力だ。


「嬢ちゃんにできなくてもあいつならできる。スピードなら負けてねえんだ。主が自信なくしてっとペットに叱られるぜ」


 斎さんが私から視線を外して表情を険しくする。


「小僧! お前いつまでそこで突っ立ってやがる! あるじがあられもない姿さらしてんだ、式神としてのプライドはねえのか!」


 あられもない。


 言葉の意味を理解して耳たぶが熱を帯びた。


「私そこまで変な格好してないから!」

「そうか? オレ様が知ってる人間の女は全員素肌を隠してるが」

  

 ばんざーいのポーズを取らされている気恥ずかしさはあるけど、そんなの陸上ユニフォームを着て背伸びをすればよくあることだ。大正時代前後の価値観で語られても困る。


「そもそもいつまで私の手を握ってるの! あられもないと思ってるなら離してよ!」

「おっとすまん。説教しか頭になかったもんでな」


 両手が解放された。重力に引かれてブーツの裏が地面を踏み鳴らす。


 振り返りざまにダガーを振るったものの、白い巨体はすでに遠くにあった。


 後方から足音が迫る。


「大丈夫か」

「大丈夫!」


 ちょっと声色が荒くなった。私はクールダウンすべく深呼吸する。


 斎さんには恥をかかされたけど、告げられた内容は一理ある。


 私のビルドはスピード特化。こなせるサポートなんて状態異常つきクナイを射出するくらいだ。神通力のある斎さん相手に通じるわけない。


 動きを予測できてもかわせない。そんな攻撃を繰り出すには――。


「ニオ、さっきのやつ私でもできる?」

「私が力を貸せば可能だがあれはさっき……そうか、ヒナタなら」

「作戦会議なら聞こえないようにやりな」

「聞かれても問題ないからこうして話してるんです」


 コンセプトは避けられない攻撃だ。聞かれたところで困らない。


「ニオ、私は何をすればいい?」

「奴に向かって走れ。後は私がやる」

「了解」


 私は地面を蹴った。


 後方から青紫がすれ違う。


 斎さんに突撃するかと思いきや青紫が広がった。私と斎さんの周りが暗さを帯びる。


 銀河のドーム。


 そんな言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、私の体が急激に加速した。


「わわっ!」


 とっさに右へ逸れる。

 

 斎さんの発した衝撃波が後方にすれ違った。


「ちゃんと前を見て走れ」

「後はそっちがやるって言うから誘導してくれると思ったの!」


 よそう、ニオと言い争ってる場合じゃない。


 大事なのは斎さんが反応したことだ。これじゃニオの二の舞になる。


 正面じゃなくて背後や左右から。斎さんを中心にすえて円を描くように走る。


 不思議と知覚できる。スピードは数段跳ね上がっているはずなのに。


「なるほどそう来たか。だがこっちから出ちまえば何の問題もねえな」


 斎さんが地面を蹴って銀河のドームに左腕を突き出す。


 夜天に光の亀裂が入った。銀河のドームは実体を持っているらしい。


「止めろ! 外に逃げられるぞ!」

「分かってる!」


 ドームから脱出されたら作戦が台無しだ。羽織に彩られた背中目がけて直進する。


 斎さんが振り返って左腕を引いた。


「危なっ!」


 反射的に跳躍した。衝撃波がブーツの下を通過する。


 地面から離れても私の体は落下しない。壁を介してアーチを描く天井にブーツ裏をつける。

 

 里長からもらった忍シリーズには、数秒間壁や天井に貼りつける【貼りつき】のスキルがある。実体があるならと思ったけどやってみるものだなぁ。

 

「これならいけるかも」


 私は宝刃シルヴェールの柄を握りしめて疾走する。


 壁から床へ、また壁へ。縦横無尽に駆け回って衝撃波を回避する。


 このスピードにも慣れてきた。


 勝負をかけるなら今だ。そう確信して一気に距離を詰めた。腰をひねってショートカットアクションを起動する。


 視界内が真っ白に染め上げられる。


 後方でガラスを粉砕したような音が響き渡った。視界内が白以外の色を取り戻して開放感に包まれる。


 眼前にウィンドウが開いた。



【ペットのゼルニーオが『星降る天蓋』を修得しました】

【修得条件を満たしたため慣性Lv1が慣性Lv2に進化しました】

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