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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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115/119

第115話


「何なのこいつら!」


 数分前まで拠点だったこの場は混沌を極めている。


 あちこちで跋扈ばっこする鬼と化け物のせいだ。やつらは何の前触れもなく現れて、私が警戒を呼びかける間もなく攻撃を開始した。


 数は圧倒的に人間派閥の方が多い。数の有利は一目瞭然。


 でも戦う準備ができてなかった。迎撃態勢が整うまでに時間を要して、その分被害が大きくなった。


 今は指揮が機能しているものの、この場には鬼や化け物以上にやっかいな存在がいる。


「おい、指揮官が退けってよ」

「まじか。撤退方角はどっちだ?」

「あっちだ」

「ちょっと待って!」


 私は声を張り上げて駆け寄る。後ろからミザリとサムライが続く。


 青年がうっとうしそうに顔をしかめた。


「何だよお前ら」

「いいから答えて。あなたの班の指揮官は誰?」

「え、うーん誰だったっけな」

「忘れるはずないでしょ。移動中あれだけ言い争ってたじゃない」

「ド忘れしちまったんだから仕方ねえだろ。ほら、行くぞ」

「だから待ちなさいって! オクタさん、こっち来てください!」

「何だ、俺を呼んだか?」


 私の班の指揮官が歩み寄る。


 私は青年を指差す。


「この人が、オクタさんが撤退命令を出したと言ってるんです。本当ですか?」

「いや、そんな命令は出していないぞ」

「やっぱり」


 チッと舌を打ち鳴らす音が聞こえた。


「そうだったっけ? 戦いの音がうるさくて聞き間違えちまったかなぁ」


 青年が早々に会話を打ち切って背を向ける。


 問い詰めたいところだけど今は鬼との戦闘中だ。口惜しい気持ちにふたをして戦いに戻る。


 銀色の美貌が駆け寄ってくるのが見えた。


「モンシロ、よかった無事だったんだね」

「シルヴァリーさんも無事でよかったです。状況はどうなってるんですか?」

「被害状況は三割ってところかな」

「リアルなら全滅ですね」

「だね。でもここはアイセの中だ。傷は簡単に回復するし僕らの数的有利は揺るがない」

「油断は禁物ですよ。仲間の中に明らかな利敵プレイヤーが混じってますから。さっきも嘘の撤退命令を出して戦力を分散させようとしてました」

「それはとんでもないやからだね。ヒナタさんが言っていたことは本当だったわけか。そういえばヒナタさんはどこにいるんだい?」

「どこって、ヒナタとテントで話してたんじゃないんですか?」

「確かに話したが、テントを出てすぐに消えたらしいんだ」

「消えた?」

「ハードの充電が切れたんデスかね」

「いや、それはないと思う。目撃した部下は彼女の足元に陣のようなものを見たと言っていた」

「陣?」


 陣と聞いて真っ先に陰陽術が浮かぶ。


 NPCの長久さんならできる? でも転移の陣なんて見たことないな。


 陣が鬼側の術ならヒナタの身が危ない。ひとまずコールをかけて安否だけでも確認すべきか。


 私はコンソールを開いてヒナタの名前を探す。


「ん」


 笛の音が聞こえて顔を上げる。


 視界内が一気に赤さを増した。斧を持った人型があっちこっちに現れる。


「何これ。誰かの術?」


 術者は敵? それとも味方?


 分からない。どっちに転んでもいいようにしておくか。


「ミザリ、サムライ。しばらく私の安全確保して」

「はい!

 分かりまシタ!」


 私は指で印を結ぶ。


 それがトリガーになって視界内に文字列が並んだ。ひとまとまりの文字列を早口で読み上げる。


 ジョブ『陰陽師』のスキルにはデバフが多い。


 私が読み上げるのは範囲内の敵を対象にした呪言。視界内にいる鬼や人型の頭上に折れた剣や盾のアイコンが表示される。


 範囲内の敵を弱体化する効果は強力な一方で、デバフがかかった相手には術者がばれる欠点もある。


 加えてデバフを延長するには持続の祝詞を唱える必要がある。今の私に戦いながらの音読は無理だ。


「術師があそこにいるぞ!」

「優先して倒せ!」


 鬼派閥のプレイヤーが駆け寄る。


「させません」


 ミザリが弓に矢をつがえた。弓道部に属しているだけあってきれいなフォームだ。

 

 矢の先端で炎が噴き上がる。


「スプレッドアロー!」

 

 スキル名の宣言に遅れて矢が射出された。一本の矢が燃え尽きたかと思いきや、火が新たに数十本の矢を形作る。


 五本受けた鬼がポリゴンとなって砕け散った。


「派手でいいデスね。私も負けてられないデス」


 サムライさんが薙刀を持って鬼との距離を詰める。


 体格のいい鬼が腕を振りかぶる。


「ぬうぇイッ!」


 大きな斧が空を切った。


 サムライの体は宙にある。鬼が見上げてニヤッと笑む。


「バカめ、跳んだらもう逃げられんぞ」


 サムライの着地予想地点に再度斧が振られる。


 ドヤ顔をしていたわりに盛大に空ぶった。目をぱちくりさせる鬼の脳天に薙刀が落ちる。


「引っかかッタ引っかかッタ! これ一度やってみたかったデス。ありがとうございマース」

「てめ、許さ――」


 鬼が言い終える間もなくきらめきとなって空気に溶けた。


「サムライさん、さっき宙でジャンプしませんでした?」

「しまシタよ。私のジョブは宙でジャンプできるんデス。仮面を出さないと一回しか飛べまセンが、戦いの幅が広がってこれがまた便利なんデス。こんなふうに!」


 不意を狙った槍の穂先が虚空を突いた。それをかわしたサムライが重力に引かれながら薙刀を振り下ろす。


 刃の入りが浅い。


 そう思っていると華奢な体が上方に加速した。


 あらゆる攻撃には判定がある。その判定を経て初めてダメージが入る。


 サムライは斬り下ろしの判定が出ると同時に空中ジャンプしたのだろう。そのまま斬り上げて二度斬りを繰り出したといったところか。


「すごいね、もう使いこなしてるじゃん」

「モンシロに初めて褒められまシタ。うれしいデス!」

「ヒナタさんの友達は個性豊かだね。全員欲しくなってきたよ」


 シルヴァリーさんの見境のなさに苦笑する。


 離れた位置で枝のきしむ音が聞こえた。


「お嬢さん方、盛り上がっているところ悪いのだが一つ聞かせてもらっていいかね」


 男性の声。


 ぎゅわっと噴き上がる警戒心に身を任せてあおぐと赤い燕尾服姿があった。太い枝の上に立つそれの顔はマスケラとシルフハットに装飾されている。


 頭上にはPatel(パテル)の文字。名前が見えるってことは鬼派閥のプレイヤーと見て間違いない。


「鬼派閥のプレイヤーが何の用?」

「知り合いの姿を探しているんだ。くノ一の衣装を着ているプレイヤーなのだが覚えはないかな」

「いないよ。さっき勉強するってログアウトしたから」

「それは嘘だろう」


 早々に嘘が見破られて言葉に詰まる。


 マスケラの向こう側でクックッと笑い声が上がった。くやしさで耳たぶが熱を帯びる。


「どうして嘘だと思ったの?」

「あのくノ一はNPCに強く感情移入していたからねぇ。今の時期大半の子供は夏季休暇だ。試験勉強じゃあるまいし、NPCにお熱な彼女が今日のイベントに参加しないわけがない。嘘をつくなら用事でログアウトしたと言うべきだったね」

「ご指摘どうも。じゃあくノ一はここにいないからどこか行ってくれない?」

「つれないねぇ。そこにいる銀の首をくれれば望みどおりにしてあげるが、一考してもらえるかね」


 燕尾服の下方に鬼側のプレイヤーがずらっと並ぶ。


 何が首をくれればなのやら。やる気満々のくせに。


「モンシロ、彼はヴォイドの幹部だ。強力なスキルを持っているに違いない」

「じゃこっちは数でいきましょうよ。せっかく数的有利なわけですし」

「それはいいね。採用だ」


 シルヴァリーさんの前に親衛隊が並ぶ。


 ミザリの矢を皮切りに戦いの火ぶたが切られた。


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