第114話
私たちは集合場所に到着した。
土と樹木の芳香漂う広場では、すでに他の部隊が拠点を設けていた。
指揮官がテントを見つけて走っていく。人だまりがないところを見るに、シルヴァリーさんはテント内にいるようだ。
この広場は見覚えがある。以前燕尾服のプレイヤーと戦った場所だ。
私はまたあの場所に立っている。今度は追い詰めている側だと思うと不思議な気分だ。
私はモンシロたちと談笑して時間をつぶす。
指揮官の男性がテントから出てきた。遠ざかったのを確かめてからテントに歩み寄る。
テントの入り口付近に二つの人影が立っている。
背の高い女性が門番のごとく立ちふさがった。
「何の用だ。シルヴァリー様のファンなら……ってお前は」
女性が瞳をすぼめる。となりにいる女性も私をにらんでいるような。
あれ。
もしかして私、嫌われてる?
「あの、私」
「今は作戦中だ。シルヴァリー様との握手なら控えてもらおう」
「いえ、そうじゃなくて」
「だったら何だ。早くしろ」
素直に言ったらテントの中に入れてくれるかな。
無理か。用件はあくまで推測。そんなことで会わせるわけにはいかないって跳ね除けられるかも。
仕方ない。ここは嘘をついちゃおう。
「私シルヴァリーさんからクラン勧誘を受けたんです。返事をしたいんですけど何か聞いてませんか?」
「少し待て」
女性がテントの中に入る。
数秒して戻ってきた。
「会われるそうだ。粗相のないようにしろ」
「はい。ありがとうございます」
私は居心地の悪さを感じながらテントに入った。
銀色の美貌が口角を跳ね上げて歩み寄る。
「やあヒナタさん。ついに僕のクランに入る決心がついたんだね!」
「いえ、その決心はついてません」
「え、なんだそっかぁ」
シルヴァリーさんが肩を落とす。
すぐに復帰して微笑が浮かんだ。
「それなら話し相手を所望かな。僕を選んでくれてうれしいよ」
「すみません、それもまた今度でお願いします。実はシルヴァリーさんに聞いてほしいことがあるんです」
「聞いてほしいこと?」
私は移動中にあったできごとや推測を口にする。
シルヴァリーさんが「んー」とうなった。
「話は分かった、仲間を助けてくれたことには礼を言うよ。でもどうして彼らが情報をもらすんだい? この前の集会では人が多くて気づかなかったけど、相手が鬼かどうかは頭上を見ればすぐに分かる。人間側の身で鬼に味方する理由はないと思うけど」
「鬼側のプレイヤーから報酬をもらう約束をしているのかもしれません」
「知り合いならともかく、見ず知らずの人とそんな約束するかな」
「手付金をもらっているんじゃないですか? 手付だけで十分な金額なら報酬金をもらえないリスクを無視できますし」
シルヴァリーさんがハッとした。
「なるほどその手があったか。ヒナタさんは頭良いんだね!」
「え、ええっと……」
想像とは違う反応を前にして言葉に詰まる。
私そこまですごいこと言ったかな。イベント報酬が唯一無二とはいえ、私が第一回、第二回イベントでもらったアイテムはそこまで高性能じゃない。たくさんのマニーを提示されれば裏切るプレイヤーはいるはずだ。
シルヴァリーさんならその可能性に至ると思っていたのに。
「そうと聞いたらこうしちゃいられないね。すぐにスパイの存在を知らしめなければ」
「ま、待ってください! 証拠もないのにそんなことしたら疑心暗鬼になっちゃいますよ」
「む、そうか。確かに決戦を前にして内部分裂するのはよろしくないね、うむ」
私の中でシルヴァリーさんに対するイメージがどんどん塗り替わっていく。
やがて一つの疑念が浮かんだ。
「あの、一つ聞いていいですか?」
「何だい」
「お城の前の集会で鬼の襲撃がありましたけど、あれは想定通りだったんですよね? やはり現れたかって言ってましたし」
「ああ、あれはアドリブだよ。小物くさい鬼が出てきたから即興劇に使おうと思ってさ」
「ええ……」
開いた口がふさがらない。
結果的には士気向上につながったからいいものの、シルヴァリーさんが討ち取られていたら一気に流れを持っていかれるところだった。
そういえばモンシロはそこまでバカじゃないって言ってたっけ。あれって文字通り『そこまで』だったの? 聞いてないよそんなの。
シルヴァリーさんだけに任せるのは不安だ。私は各部隊の指揮官に怪しい者探しをさせるように助言してテントを出る。
何だかどっと疲れた。モンシロたちと話して癒されたい。
意図せずため息がこぼれかけて、目の前が急に真っ暗になった。
「あれ?」
思わず目をしばたたかせる。
テントの前で張っていた女性がいない。それどころか周りに立ち並ぶ樹木や土も消えている。
いくたもの観客席にかこまれたこの地形、見覚えがあるような。
「成功したな。さすがオレ様だ」
バッと視線を振ると斎さんが地面に手の平をつけていた。
視界の下方が気になって見下ろすと、私の足元に何かの陣が描かれている。
「斎さん。これは一体」
「口寄せってやつだ。お嬢ちゃんを闘技場に呼ばせてもらった」
「ええっ!?」
ってことはここ異界なの⁉
「すぐに戻してください! これから鬼の本拠地に奇襲をかけるところなんです。みんなに迷惑かけちゃいますから!」
「つれねえこと言うなよ。どうせ作戦は失敗するんだ、ゆっくりしていけ」
「え?」
作戦が失敗する? それって鬼の拠点を襲撃する作戦のこと?
困惑する私の前で斎さんが腕を回す。
「隠れてねえで出て来いよゼルニーオ。そこにいるのは知ってんだぜ?」
沈黙。ポーチに視線を落としても例の青紫は発せられない。
斎さんが小さくため息をついて左腕を振りかぶる。
「ひねくれちまったなぁ、小さい頃は素直でかわいかったのに。オレ様の言うことは聞いとくもんだ、ぜッ!」
斎さんが綱引きを思わせるフォームで左腕を引く。
「ぐふっ⁉」
青紫の鹿がポーチから引っ張り出されて地面に伏した。
「何の真似だ、斎」
「オレ様を呼び捨てにするたぁ偉くなったじゃねえか。精霊界の反逆者さんよ」
抗議の視線を受けても斎さんはひょうひょうとしている。
すらっとした四本足が胴体を浮かせる。
「しかしまあずいぶんと小さくなったな。力もだいぶ弱まってやがる。
「わざわざ挑発するために私を引きずり出したのか」
「まさか。久しぶりに小僧に会ったから顔つき合わせて話そうと思っただけよ」
「小僧って、ゼルニーオはおじいちゃんですよ? 今は神器の力で若返ってますけど」
私と会った時のゼルニーオは間違いなく年を取っていた。少なくとも小僧って見た目じゃなかった。
「精霊の年齢は見た目で測れるものじゃねえのよ。環境やその他要員で小さくもヨボヨボにもなる。反逆したくらいだ、どうせあっちでもろくな扱い受けてなかったんだろ。年月と見た目がつり合わないのは当然だ」
「そういうものなんだね」
ってことはゼルニーオはおじいちゃんじゃないんだ。
年齢は百歳超えてそうだけど。
「まあ年齢のことはいいんだ。ゆっくりしていけとは言ったがそう時間もあるわけじゃない。早速始めるぞ」
「始めるって何を」
「稽古をつけてやる。ゼルニーオもお嬢ちゃんも本来の力を発揮し切れてねえ。こっちも人間に勝ってもらわないと困るんでな、鬼との決戦に備えてもう一回り成長してもらうぜ」
「でも斎さん怪我してるじゃないですか」
右腕はギプスで固定されている。蛮角との戦いで負傷したのは明らかだ。
そんな状態で戦えるのかな。
「大丈夫だ。今のお前さんたちには負ける気がしねえからな」
むっとして口元を引き結ぶ。
明らかな挑発。でもこれを逃したら斎さんと戦える機会は来ないかもしれない。
こんな挑発に乗るのはしゃくだけど。
「分かりました、そこまで言うならやってあげます。後で怪我を理由にごねないでくださいね」
「オレ様にそこまでさせたら大したもんだ。口だけじゃないことを祈ってるぜ」
私はペットに視線を振る。
「ニオ、やるよ」
「正気か? あんな挑発鼻で笑って流せばよかろう」
「ニオは悔しくないの? 小僧ってバカにされたのに」
「斎はそういう輩だ。気にしていてはキリがあるまい」
「おいおい、小僧は式神としてそれでいいのか?」
「どういう意味だ」
「お嬢ちゃんの手助けをする条件で自由を得たんだろう? 小僧にはたゆまず研鑽する義務があるはずだぜ」
「私では力不足だと言いたいのか」
「ああ」
ニオの眉がピクッと震える。
知ってか知らずか、斎さんが肩を上下させる。
「昔のお前さんは霊力だけなら神霊クラスだった。だが今は駄目駄目、ダメダメだ。力任せな戦闘スタイルをつらぬくのは無理がある。力が戻るまでのつなぎとして技術を身に着けた方がいい。でないとお前さん、捨てられるぜ?」
斎さんがニッと牙をのぞかせる。
さすがに挑発としてはひねりがない。これは駄目でしょ。
「誰が駄目駄目だ。いいだろう、思い知らせてやる」
思わずバッと振り向く。
「やるの⁉」
「何故問う。先にやろうと言ったのはお前だろう」
それはそうだけど、本当にそれでいいの?
あんな浅い挑発に乗るなんて、長老を務めていた頃の計算高さは欠片もない。見た目だけじゃなくて精神も逆行したのかな。
いや、こんなことを考えるのはよそう。
せっかくやる気になってくれたんだ。ここは流れに乗らなきゃ損損。
「分かった」
私は額に手を当てる。
斎さんには未来予知じみた神通力がある。普段通りにぶつかっても蛮角と戦った時みたいにあしらわれて終わる。
だったら最初から全力で行く。
「行くよニオ!」
「是非もなし」
青紫の光が仮面を形作る。
私は全力で闘技場の地面を蹴った。
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