第113話
集合場所に足を運ぶと人だまりができていた。設置された係員が看板を掲げてプレイヤーを誘導している。
ペットチェックの際に名簿を作成していたらしい。それを元に班を構成して、あらかじめ用意しておいたんだとか。
私は係の指示に従ってプレイヤーたちの列に並ぶ。
モンシロたちも同じ班だ。近くのプレイヤーにあいさつして談笑で間をつなぐ。
大きな声が張り上げられた。隊長を名乗った男性プレイヤーの号令でぞろぞろと移動を始める。
鬼の本拠地は明らかになっている。
忍の勢力は大名の味方だ。小夜さんがつかんだ情報は大名に上げられて、そこから人類派のプレイヤーへと伝播した。
鬼の潜伏場所に襲撃をかけて一気に終わらせる。それが人類派の総意だ。
「鬼の頭領、酒呑童子だっけ。モンシロはどんな鬼なのか知ってる?」
「すごく強いとは聞いたよ。体が大きくて、鎧を着込んでて、背丈くらいある大きな刀をダイナミックに振るうんだってさ」
「刀か」
忍の里で交戦したプレイヤーが脳裏に浮かぶ。
酒呑童子もあんなふうに遠距離攻撃を仕掛けてくるんだろうか。鬼面を維持できる間に倒し切れればいいんだけど。
「そこ、遅れるんじゃない!」
すみませんと告げようとして、男性が違う方向を見ていることに気づく。
視線の先にいるのはギャハハハハと騒ぐグループ。隊列から少し離れた場所でのんびりと歩を進めている。
男性がもう一度声を張り上げると、男性グループが気だるそうに目を細めた。
「なに、何か用?」
「お前ら歩くのが遅すぎだ。隊列が乱れているのが分からんのか」
「はーいすいませーん」
再び愉快気な笑いが続く。
指揮官が眉をピクリとさせた。
「何だその返事は! 我々が遅れたら他の隊も動けないんだぞ。奇襲が失敗したら俺の責任になるだろうが!」
「知らねーよそんなこと。銀だか何だか知らないがけどよ、勝手にまとめ役の顔されても困るんだよなぁ」
「なに?」
「だってそうだろ? 俺らはイベントに参加してるだけで、配信者の下についた覚えはないんだからよ」
雰囲気悪いなぁ。
心の内で思っていると男性が私たちを見た。
「なあ、お前らはどうなんだ? 勝手にどこぞのストリーマーの信者に仕切られて、不快に思ってる奴はいねえのかよ!」
問い掛けの声が響き渡る。
誰一人として声を上げる人はいない。
ここにいるのはシルヴァリーさんの呼びかけに応じた人たちだ。仕切られることに不満を覚える人はいても、イベントで勝つためには仕方ないと割り切った人であふれている。
私たちと問いを投げたグループの間に明確な距離を感じる。
「そんなに嫌ならお前たちは来なくていい!」
「へいへい、分かりましたよーっと」
男性グループが駆け寄って隊の最後尾に戻った。
結局ついてくるんだ。個人的には別行動をとってほしかったのに。
指揮官が深くため息をついて移動を再開する。
前方に谷が映った。
両側が崖にはさまれている。桶狭間の戦いを想起させる地形だ。
「上で待ち伏せしたくなりマスね」
「逆を言えば待ち伏せされてる可能性もあるってことだよね」
きっと指揮官も同じことを考えるはず。
予想に反して、谷が近づいても警戒を呼び掛ける様子はない。
私は焦燥に耐え兼ねて口を開いた。
「あの、指揮官。このまま進むのは危ないと思うんですけど」
「何故だ」
どうやら分かってなかったみたいだ。
「両側が高所にはさまれているでしょう? もし鬼が隠れていたら挟み撃ちにされると思うんです」
指揮官が顔をしかめる。
その様子は、私に指摘されて悔しいって感じじゃない。
「だが潜んでいないかもしれんだろう。それに、ここを通るなんて鬼側は知らないんだ。待ち伏せているはずがない」
「でも」
「時間がないのだ。回り込んでいたら集合に送れてしまう」
ああ、そういうことね。待ち伏せの可能性をあえて伏せてたってことか。
指揮官はシルヴァリーさんのクランメンバーだ。集合に遅れたら評価に響くのだろう。私に気づかれて時短できなくなることを憂いたに違いない。
「指揮官速く行こうぜー! 真っ直ぐいかないと遅れちまうよー」
さっきも聞いた声色にむっとする。
白々しい。前進が遅れてるのはあなたたちのせいなのに。
「ほら、奴らもああ言っていることだし行くぞ」
「待ってください」
「待てん。急ぐと言っただろう」
「だったら三十秒だけください。私が確かめてきます」
「は? 三十秒でそんなことできるわけが」
会話の時間が惜しい。私は右手を額に当てて、後方にいる男性グループの顔を思い浮かべる。
視界内が青紫を帯びた。
「な、何だ!?」
周りを動揺を振り切って大地を駆ける。
「ニオ、反対側見てきて」
「了解した」
ポーチから飛び出した青紫の光が鹿を形作った。
ニオは左、私は右の高台。何本もの樹木をしり目に流して高所へ駆け上る。
十個ほどの背中が見えた。
「ん?」
いくつかの人影が振り向く。彼らの手元には弓や杖が握られている。
イベント中は敵の頭上にプレイヤーネームが表示される。この人たちは鬼派閥のプレイヤーだ。
声をかけることなく最寄りの鬼を斬りつけた。一撃でプレイヤーがきらめきとなって霧散する。鬼面をつけている状態ならただの斬撃も一撃必殺にばけるようだ。
鬼が武器を剣や槍に持ち帰る。
「何だこいつ! ぐあッ⁉」
最後の一人を切り伏せた。キルして流れ込むアイテムを一瞥して反対側を見すえる。
ニオも他のプレイヤーと遭遇したらしい。いくつかの人影が悲鳴を上げて高所から落ちる。
大きな鳥が羽ばたいた。飼い主らしき人の肩をわしづかみにして飛翔する。逃げられて報告されても面倒だ。
私は妖仙樹の投弾弓を使おうとして逡巡する。
私たちがこのポイントを通過することはばれていた。誰かが鬼側に情報をもらしたのは確実だ。
ちょうど同行者に怪しい人たちがいる。彼らに手の内は見せたくない。
考えた末に、先程キルして奪い取った槍を実体化させた。
走って慣性を味方につける。
「とどけええええええっ!」
疾走の慣性を乗せて槍を投げた。長物が逃亡者の背中をつらぬいて人型をポリゴンの光に変える。
「やった!」
喜んじゃいけない気もするけど、ひとまず槍投げは成功した。待ち伏せも看破できたし満足の戦果だ。
私は鬼面を解除してポーションを飲み干した。HPゲージを満タンにしてから『風爪雷牙*』と『マシンガンスリンガー*』を装備する。
坂を下ってからすーっと深く空気を吸い込んだ。
「もう大丈夫ですよーっ!」
指揮官が戸惑いながらも足を前に出す。
「待ち伏せを見破ったことは礼を言う。だが何ださっきの仮面は」
「そんなことより急ぐんでしょ? クラン内の立場が悪くなっても知りませんよ」
怪しいのは男性グループだけど、個人的にはこの指揮官も信用できない。
ニオが歩み寄ってきた。
「せっかくだし乗」
「せぬ」
ゼルニーオが輪郭を失ってポーチに入る。
苦笑しているとモンシロたちが駆け寄ってきた。
「ヒナタ何さっきの! ビューンって走ってたよ」
「青紫のお面見えまシタ! ゼルニーオと関係あるんデスか?」
「うん。ここだけの話、ニオに力を貸してもらってるんだ」
「あのゼルニーオとそこまで仲良くなるなんて、さすがヒナタさんです!」
「私も似た物出せマスから今度比べ合いっこしましょうデス」
言葉を交わすだけで嫌な気分が吹き飛ぶ。
やっぱり私のお友達は最高だ。




