第112話
「始まっちゃいましたねぇ。第二回イベント」
地下天守閣内部。燕尾服の男性が壁を背にしてつぶやく。
室内にあるのは二つの和服姿。無表情な男性が口を開く。
「何か言いたそうだなパテル」
「いやね、あなたがリバークをリリースするとは思わなかったので」
「それがルールだ。奴は負けた、ならば全てを失わねばならない」
「あなたのそういうストイックなところ大好きですよ。しかし解せませんねぇ。里には蛮角もいたはずなのに、一体誰がリバークをヤッたのやら」
「例のくノ一だ。リバーク自身の口から聞いた」
パテルが壁から背中を離す。
「ほう、あのお嬢さんが。この前戦った時はなされるがままの弱者に見えましたが」
「奴も力をつけたということだろう。オレたちと同じように」
「それは戦う時が楽しみですねぇ。では私は先に行っていますよ」
「ああ」
燕尾服姿が室内から消失する。
廊下から足音が近づいてきた。障子の戸前に人影が浮かび上がる。
「やぁザンキ。少し語らないかい?」
「アーケンか。急用じゃないなら後にしろ」
「そう言わずにさ」
障子の戸が開かれた。
目を細めるザンキの前で、整った顔立ちに少年のような笑みが浮かぶ。
「入室の許可は出していないが」
「聞いたよ。ずいぶん大胆な策を考えたものだね」
ザンキが小さくため息をついた。
「そうでもしないと鬼サイドに勝ち目はないからな。我々は忍の里を潰せなかった。現状は人間側が圧倒的優位にある。有利はそれ自体が強力な広告塔だ。乗っかろうとする者が集まって人数差は広がる一方だろう」
「君が以前言っていた株のようなものかな」
「そういうことだ。近いうちに、勝ち馬に乗ろうとする輩がオレたちを討とうと押し寄せる。配置した戦力では止められん」
「銀の暗殺に失敗したのは痛手だったか」
「いや、それは作戦の内だ。部下が派手に散ったことで、連中の大半は全ての工作員をあぶり出せたと確信しているだろう。奴らの情報は今もこちらに流れている」
シルヴァリーに討たれたプレイヤーはあくまで囮だ。本命は今も仲間の振りをして人間サイドにまぎれている。
そこから流れる情報を使って不利な状況をひっくり返す。それがザンキの作戦だ。
「ずいぶん手の込んだ立ち回りをするじゃないか。鬼の力におぼれない知性は好ましい限りだね」
「当然だ。現時点の俺は、熟練者に囲まれれば消え失せる程度の存在にすぎん。そもそも今回のイベントは鬼側が圧倒的に不利なのだ。いくら身体能力が高いとはいえ、人の多くは人型の生き物を喰らうことに抵抗を覚えるからな」
所詮仮想世界。
されど仮想世界。髪をなでる風や世界を感じる五感は、ゲームの世界でも強烈な現実味を付加する。逃げ惑う人々の背中を裂くだけでも一つの才能だ。
「そこまで読めていたなら、どうして君は鬼の側についたのかな」
「勝算がある。何よりおのが存在証明のためだ」
ザンキが体の前で右の拳を固く握りしめる。
アーケンがまぶたを下ろして肩をすくめる。
「それは結局聞かせてもらえなかったね。君は心の壁が分厚すぎるんだ。気を許した相手なんてパテルとリバークくらいじゃないか?」
「パテルに気を許した覚えはない。あれにとってはオレも玩具だからな」
「玩具あつかいしてくる相手をそばに置くなんて変わってるね。あるいは、君を卑怯呼ばわりしなかったから信を置いているのかな」
「黙れ」
ザンキが視線を鋭くする。
アーケンが小さく笑って背を向ける。
「長く話しすぎたね。ボクは一足先に失礼させてもらうよ」
「その前に聞かせろ。お前は一体何がしたかったのだ。改造生物やアルボロスを生み出し、妖華に来たかと思えば我々から話を聞くだけ。まるで目的が分からない」
アーケンが足を止めて「んー」とうなる。
振り向いて子供っぽい笑みを浮かべた。
「おのが存在証明のため」
「おい」
「別にバカにしたわけじゃない、ボクの偽らざる本心さ。生き物は自分の存在を世界に刻むべく生きている。人も鬼も、鳥や獣だって例外じゃない。君がそうであるようにね」
「大事なことははぐらかしてばかりだな」
「これでも君に敬意を表して話したつもりだよ。お気に召さなかったかな」
「構わん。どうせいずれ明らかになるのだろう」
「そうだね。それじゃボクは行くよ。機会があればまた話を聞かせてくれ」
アーケンが廊下に出て障子の戸に指をかける。
「ああそうだ、約束通り鬼の改造生物を作っておいたよ。黒い個体は君の言うことを優先して聞くように調整してある。最終手段を実行する際には役に立つはずだ」
ザンキが微かに目を見開いて横目を振る。
アーケンがひらひらと手を振って障子の戸を閉めた。
「……くえない奴だ」
ザンキがコンソールを開いてアイテムを確認する。
座布団から腰を浮かせて部屋を後にした。




