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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第110話


「そう、僕は君に麻痺にかけられて、危うく脱落しかけたあの甲冑さ」

「その節はすみませんでした。よそ見を狙うような真似をして」


 頭を下げようとした時繊細な手がかざされた。


「謝らなくていいよ、あれは真剣勝負だったんだから。僕をおとりにしたあのトリックプレイは見事だった。本当はもっと早くに話したかったんだけどリアルがいそがしくてね。やっと話せて嬉しいよ」


 視線を感じる。


 主にシルヴァリーさんの後方からだ。視線の大半はシルヴァリーさんに注がれている一方で、一部は私に横目を向けている。


 すっごく居心地が悪い。


 相手は有名なストリーマーと聞く。ファンだってこの場に大勢駆けつけているはずだ。


 熱心なファンをよそに、名の知られていない私一人が注目を浴びている。面白く思わない人もいるに違いない。


 私は視線を感じつつ微笑の維持に努める。


「ところでずっと気になっていたんだけど、そこのきれいな鹿はゼルニーオかい?」

「ゼルニーオを知ってるんですか?」

「ああ。いつだったかゲーム内掲示板に画像データがってたからね。実物も星雲を映しているようで幻想的だ」


 胸の奥がじんわりと熱を帯びる。


 自分を褒められたわけじゃないけど、私もゼルニーオの姿はきれいだと思う。褒められて悪い気はしない。


「強く賢しく美しい、そんな君にぴったりのペットだね。実にエレガントだよヒナタさん。ぜひ僕のクランに入ってほしい」


 シルヴァリーさんがスッと腕を伸ばす。


 どこかからきゃーと黄色い悲鳴が上がる。


……え、これどういう状況?


「あの、私クランというものがよく分からないんですけど」

「クランというのはプレイヤーが集まって結成するチームのことさ。僕のクランに所属するメンバーはみんな美しく強い者ばかりだ。これからアイセで活動する際には必ず役に立つよ」

「私のビルドはかなりとがってますし、戦力になれるかどうか」

「何を言うんだい。君は以前のイベントで結果を残したじゃないか。あの機転と判断力、それらを有する君が欲しい」


 耳たぶが微かに熱を帯びる。


 この人、歯が浮くようなセリフを真正面から淡々と。こういうの慣れてるのかな。


「さあこの手を取って。僕たちと一緒に、あの卑怯者を討とうじゃないか」


 卑怯者。


 聞き覚えのない単語を耳にして頭の中に疑問符がわく。


「卑怯者って誰のことですか?」

「ザンキ。第一回イベントで一位になったプレイヤーだよ。無様にも背を向けて逃げ出した卑怯者さ」


 この場から微かに心が引く。


 おかげで冷静さを取り戻せた。


「あの人が卑怯かどうかはともかく、協力して戦うことには賛成です」

「だったら」

「でもごめんなさい。クラン所属については考えさせてください」

「ふむ。分かった、ここはいったん引こう。君と肩を並べて戦える日を楽しみにしているよ」


 シルヴァリーさんが手綱を波打たせる。


 乾いた音に遅れて馬が背を向けた。そのまま遠ざかって元来た道をたどる。

 

 いいなぁ。馬なんて乗ったことないし、私も一度乗ってみたい。


 横に視線を振って青紫の背中を見つめる。


 鹿だけど、きっと乗れるよね。


「乗せぬぞ」

「私何も言ってないよ」

「乗せぬ」


 思わず苦笑いする。


 ゼルニーオがしゃべったことに驚くモンシロたちと談笑していると、遠くから号令がかけられた。


 細身のプレイヤーが壇の上に立つ。


 シルヴァリーさんだ。


「みんな! 今日は集まってくれてありがとう! あらためて自己紹介させてもらうよ。僕はシルヴァリー、アイセのストリーマーを務めさせてもらっている」


 自己紹介から始まって、中性的な声がイベントの内容について触れる。


 カンペもないのに言いよどみがない。プレイヤーたちはまるで劇でも観るように眺めている。


「鬼は人を食べる。僕たちが負けると惨劇が起こるんだ。街に住む人々を守るためにどうか力を貸してほしい」


 ワッ! と歓声が上がる。


 すごい熱気だ。シルヴァリーさんの人気のほどがうかがえる。


 このまま何事もなく終わる。


 そう思った刹那せつな、壇の上に二つの人影が躍り出た。それらが見る見るうちに異形へと変わる。


 鬼だ。


「シルヴァリー、ここで死ね!」

「オレたちの出世のために!」

 

 鬼側プレイヤーの奇襲。やっぱり私たちの中にまぎれてたんだ。

 

 助力しようにも前には人だまり。まさかスキルを使って散らすわけにもいかない。


 どうしよう。


「大丈夫だよヒナタ。あの人はそこまでバカじゃないから」


 告げたモンシロは壇の上を見守っている。


 親友の視線を目で追った先には、数分前と変わらない微笑がある。


「シルヴァリー様!」


 銀色の甲冑をまとうプレイヤーたちが壇に駆け寄る。シルヴァリーさんのクランメンバーだろうか。


「手出しは無用!」


 凛とした声が張り上げられて、全ての甲冑姿が足を止める。


 シルヴァリーさんが剣の柄に手をかけた。


「やはり来たか卑怯者の手先。ちょうどいい、君たちの首をかかげて人類反撃の狼煙のろしとさせてもらおう」


 鞘から抜き放たれたのはレイピア。気品をまとう装いによく合っている。


「ほざけ!」


 鬼の一体が飛びかかった。観客の中で悲鳴が上がる。


 迎え撃つシルヴァリーさんはずいぶんと落ち着いている。下がりながら腕を振るい、剛腕の連撃をいなし続ける。


 命中する軌道にある一撃がレイピアの剣身を捉える。


 拳が凍りついたようにピタッと止まった。横からの蹴りも似たように制止する。


「あれ、もしかしてパリィ?」

 

 忍の里で目の当たりにした、スキルによる攻撃を無力化するスキル。


 一対二、それも連続で成功させるなんて。


「どうしたのかな、どんな攻撃も当たらなければ無意味だよ?」

「黙れッ!」

「ああくそッ、何故当たらない!?」


 一人による翻弄は続く。息をのんで見守っていた観客も、やがて歓声を上げて笑顔を見せる。

 

 即席の剣戟を成り立たせているのは、この人なら絶対大丈夫という信頼。誰もが加勢せず成り行きを見守っている。

 

「フッ!」


 細い足が鬼の足を払った。たくましい体がぐらついた隙に、シルヴァリーさんが身を起こして鬼の腹部を蹴る。


 蹴飛ばされた鬼がよろめく先にはもう一体の鬼。巨体が受け止められる瞬間、シルヴァリーさんが腰を落として右腕を引く。

 

 まばゆいエフェクトが弾けた。銀色が巨体との距離を詰めて連続で突く。


 銀色のエフェクトがぶわっと広がると、二体の鬼がポリゴンと化して砕け散った。


「ご覧いただけただろうか? 鬼に勝てるのかという不安がはびこっていたようだが、人の身でも技術を駆使すれば勝つことができる。ましてや現状は人間勢力が優勢。風はこちらに吹いているんだ。僕らとともに歩む限り何も恐れることはない!」


 歓声がより一層大きくなった。シルヴァリーさんがレイピアを鞘に納めて腕を振る。


 さながら英雄を目の当たりにしたような盛り上がりに、胸の奥から何かがギュワッと噴き上がる。


「すごいねシルヴァリーさん。ピンチを熱に変えちゃった」

「カリスマがあるからね。あの人には」


 悔し気な声色を耳にしてモンシロの横顔を盗み見る。


 声とは裏腹に親友の口角は上がっていた。


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