第107話
小さい頃から侍が好きだった。
名称を始めて知ったのは時代劇だ。刀を手にバッタバッタと悪を斬り倒していくさまは英雄のように映った。同化願望が抑え切れなくて、子供の頃は大き目な枝を握って侍になり切ったものだ。
年月を経るにつれて恥が勝って、私は侍になり切ることはできなくなった。
その一方で友人からVRMMOを教えてもらった。
姿形、顔すらも自由自在にいじれる電子世界。
ここでなら侍になり切れる。俺は二つ返事で友人の誘いに乗った。
小難しいことは分からない。私は友人にアイセをダウンロードしてもらった。
意気揚々としてログインすると、すでに私のアバターができ上がっていた。
友人を問い詰めると、私に任せると一日が終わるから代わりにやってあげたと告げられた。数時間かけて名前を考えたのに無駄になった。
怒りの感情はあった。
でもアイセの存在を教えてくれた恩もあって、その日は憤怒の刃を鞘に納めた。
リバークなんて名前に侍らしさはみじんもない。当初はアバターが異物に感じられて気味の悪さが拭えなかった。
そんなアバターでも刀を握れた。はかまを着用できた。プレイするにつれてリバークという名のアバターに愛着がわいた。
私は侍になり切るべく一人称を拙者にした。
友人やそのクランメンバーからは小ばかにされた。仲間外れにされることが増えたものの、私は侍のロールプレイをするためにアイセを始めたのだ。口調を改めようなんて考えもしなかった。
周りとの距離を感じるようになって、私は意図して距離を取ることにした。
ある日友人にパーティを組まないかと誘われた。
嫌われていると思っていたから嬉しかった。即了承して、新調した装備をお披露目する時を楽しみに待った。
それが大きな間違いだった。
約束の日。街を離れるなり背中から攻撃された。何が起こったのか分からないままHPバーを削り取られて、私は装備やアイテムの数々を失った。
仲間にキルされた。
そのことを受け入れられないでいると蘇生された。
どうしてこんなことをするのか問い詰める前に攻撃されて、問いかけを紡ぐことすらできずにまたキルされた。
さすがに悟った。友人たちは仲直りを企画したのではなく、初めから私をキルするためだけに呼び出したのだと。
いい年して侍ごっこしてんじゃねえよ!
拙者とかござるとかきめえんだよ!
仲間と思っていた人たちが吐き出すのは嘲りの言葉ばかり。装備やアイテムを奪い尽くされても止まらなかった。
気を使って距離を置いていたのに、自分たちから呼び出したあげく暴力を振るわなければ気がすまないその矮小さに吐き気を覚えた。
私はやり返そうと試みた。
もちろんうまくいかなかった。囲まれている上に装備もない。そんな私になすすべなどあるはずもない。
子供の頃に斬り倒したいと思っていた悪人どもを前に、ただなぶられるばかりの自分。理想とのギャップや情けなさで悔し涙をこらえていたその時、私たちの前に一人のプレイヤーが現れた。
その男性は悪人どもを一掃した。アイテムを奪い尽くし、友人だったモノを戦意喪失させてから私を見た。
やり返したいか?
その問いに私はうなずいた。奪われた刀を受け取って、命乞いを口にする友人もどきに自らとどめを刺した。奪われたアイテムどころか、友人もどきのアイテムを我が物とした時には高揚感すら覚えた。
その日から男性との交流が始まった。
彼はプレイヤーをキルすることに執着していた。
最初はどうかと思ったが、彼には彼の理念があることを知って私も協力した。
何より助けられた恩もある。やがてクランに誘われてプレイヤーキルにいそしみ、戦功をあげる内に上級幹部まで上り詰めた。
キル効率を優先したこともあって、もはや私の戦闘スタイルは侍からかけ離れている。スキルの相乗作用にあまんじて、巨大な刀を振るうだけの人型機械に成り果てた。
一対複数相手でも無双できる。そんな強さを誇らしいと思ったことはない。プレイングが介在しない戦闘スタイルはひどくつまらないと今でも思う。
それでもあの方のお役に立てる。誰から何を言われようと、私はあの方への忠義を尽くす。
だから負けるわけにはいかない。
ザンキ様は里長を潰すようにおっしゃられた。こんなくノ一コスの少女などに遅れを取ってたまるものか!
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
雄たけびを上げながら結晶刀を振るった。迫りくる巨大クナイに結晶をぶつけて威力の相殺を試みる。
「グッ!?」
結晶ごとクナイに体を貫かれた。至近距離でぶつけた甲斐もなくHPバーがごっそりと削られる。
鬼の耐久力をもってしてもこのダメージ。青紫の渦はただのエフェクトではないようだ。
残りのHP残量はわずか。回復しようにもこれだけ近づかれてはアイテムを取り出すことも叶わない。
もはやこれまで。
私は悟って深く空気を吸い込んだ。
「鷹丸ゥゥッ!」
叫んで妖仙樹の玉枝を空高く放り投げた。視界の隅から飛来した鷹が得物をわしづかみにして飛び去る。
これでいい。あの武器はザンキ様の物だ。こんな不甲斐ない侍もどきと運命をともにするなど許されない。
くノ一の少女が腰をひねる。
姿が消えたと思った時には、残りのHPバーが削り取られていた。
リバークの結晶をばらまく攻撃はMPを消費します
玉枝なしだと数回振っただけでMPが枯渇し、その後は刀を振ることしかできなくなります。相手に遠距離攻撃されるだけで詰む非常に弱い戦法です
それでも玉枝なしのリバークが回想で無双できたのは、結晶のばらまきを牽制や陣形崩しとして巧みに活用していたためです。ヒナタのサイクロンエッジを初見パリィするほどの高いプレイングも、彼の組織内出世を後押しすることとなりました




