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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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106/119

第106話  


「ちょっと!?」


 反射的に地面を蹴飛ばす。


 数瞬まで立っていた場所に赤黒い塊が突き立った。散弾のように散らばった破片が戦場を毒々しく飾る。


 第二波を前にして蛮角が飛びのく。プレイヤ―の方も明らかに狙って得物を振るう。


「どういうこと?」


 過激派と鬼は協力関係を結んでいるはず。蛮角とあの人って仲間じゃないの?


「ヒナタ」


 振り向くと朧さんたちが並走していた。


「奴ら仲間割れを始めたようだが、これからどうする」


 横目を振った先では、蛮角が男性との距離を詰めようとしている。


 蛮角には神通力がある。男性の得物を振る動きも先読みできるのだろう。


 そのわりには距離を詰めるペースが遅い。まき散らされる結晶の対処で頻繁に足を止めている。


 破片の軌道はバラバラだから対処に手こずっているのだろう。男性の方もその辺りに正気を見出していそうだ。


 私は方針を決めて口を開いた。


「隙を見て蛮角の方を狙いましょう」

「了解した」

「聞こえてんぞ!」


 破片対処の間をって手の平が向けられる。


 身を投げ出して謎の攻撃をかわした。離れた箇所でぶわっと土ぼこりが舞う。 


「なめるなよ人間、貴様らがまとめてかかっても勝つのは我だ。数をそろえて埋まるような実力差ではないことを教えてやる」


 結晶の雨が降り注ぐ中で巨体が加速した。


 飛来する結晶には手の平をかざして破壊。背中を狙う私たちには手の平をかざして牽制してくる。


 波動を飛ばされる可能性を考えると避けないわけにはいかない。神通力を持つ相手に駆け引きなんて敗北まっしぐらだ。


 おまけに結晶は私たちにも降り掛かる。


 直撃こそ避けられている一方で、弾けた際の破片に微かながらもHPバーを削られる。


 気づけばHPは残り半分。まさにちりも積もれば山となるだ。


 やりにくい。


 攻撃しなきゃ勝てないのが分かっていてもチャンスをつかめない。やりたいことをやらせてもらえないのってこんなにストレスなんだ。


「どうした人間、我を倒す算段がついたのではなかったのか?」


 胸の奥がムカっとする。


 すごい力を持ってるくせにあおるなんて、どれだけ気持ちに余裕がないの? そんなだから過激派なんてやるんだろうね。


 あっと言わせてやる!


 予測されるような動きじゃ駄目だ。ここは仮面を出して強引にでも突破する。


 仮面を発現させるとHPを消費する。まずは飛散した破片で削られたHPを回復しないと。


 蛮角の巨体を結晶除けにしてHPを回復。仮面を出して現状を突破する。これでいこう。


 結晶の軌道を観察する。


 早速チャンスが訪れた。これ幸いと蛮角の背中に駆け寄る。


「覚えとけ小娘。辛い時ほど一発逆転を狙っちゃいけないんだぜ」


 巨体がヌッと迫った。足元の地面が崩落したような感覚に息をのむ。


 はめられた。


 悟っても疾走の慣性は消えない。ルイナさんと朧さんの呼びかけがすごくスローに聞こえる。


 この状況で戦闘不能になったら里はどうなるんだろう。みんなは無事に逃げ切れるのかな。


 どうしよう。


 こんなところで、終わりたくないのに。


「きゃっ!?」


 突如靴裏が地面から離れた。発砲音に遅れて体がすーっと軽くなる。


 顔を上げると見覚えのある軍服姿の少女がいた。


「回復弾を撃ったわ。これで大丈夫」


 淡々と告げる知り合いを前にしてふわっと気持ちが浮き上がった。


「ルイナさん! よかった、無事だったんだね」

「ええ。この妖怪に助けてもらったの」

「妖怪?」

「おいおい、オレ様のこと忘れちまったのか?」


 視線を横にずらすと白い威容。オオカミを思わせる頭部と絢爛な羽織は見間違いようがない。


「斎さん! どうしてここに」

「野暮用でな。すぐに分かる」


 いつの間にか結晶の雨が止んでいる。


 この場にいる全員が乱入者に視線を奪われていた。


「斎。まさか貴様までここに来るとはな」


 私は斎さんの腕から下りる。


 妖怪同士の視線が交差した。


「話が違うじゃねえか蛮角。オレ様たちは互いに手を出さない約束だったはずだぜ?」

「そんな約束したか? 人間に媚び売ったヘタレと交わした約束なんざ忘れちまったなァ」


 斎さんが目を細める。


 この場の温度が十度くらい下がったように感じられた。


「おいおい、約束は簡単に破っちゃいけねえもんだろうよ。取り決めをないがしろにするってのはオレ様の時間を、経験を、生き様を軽んじるってことだ。それが分からねえお前じゃねえだろう」

「ああそうだ、だから我はここにいる。貴様に重んじるべきものがないと判断したからなァ」


 クハハハハハハハハッ!


 斎さんの高笑いが空間を伝播する。


 愉快気なそれが、私にはひどく恐ろしいものに思えた。

 

「なるほど、なるほどなるほどな。オレ様がいない時に仕合を設けたり、少々度がすぎると思ってはいたがそうかそうか。お前、オレ様をナメてんなァ」


 言いようのない何かが白い巨体からあふれ出す。


 その刹那せつな突風が吹き荒れた。手の平をかざす両者の間で空間がきしみを上げる。


 蛮角が口端をつり上げた。


「来た、来た来た来たァッ! 我はずっと待っていたぞ! 日和った貴様をしがらみなく叩き潰せるこの時をなァッ!」


 重力から解放されたようなスピードで白と黒の妖怪がぶつかり合う。腕が接触するたびに発生する衝撃波がズシッと内臓に響く。


 妖怪を分ける両派閥トップのぶつかり合い。巨体もあいまって迫力満点だ。


「嬢ちゃんたち、そこの鬼の相手は任せるぜ」


 呼びかけに次いで黒い巨体が地を離れた。斎さんが跳躍して蛮角を追いかける。

 

 そうだ。私は私にできることをしないと。


「みんな、あの鬼を倒そう」


 告げて地面を蹴った。刀を振られる前にスリングショットを構える。


 鬼は回復アイテムを飲み下している。クナイ型の弾が刺さってもおかまいなしだ。


「どうして回復アイテムを」


 あの人は私たちや蛮角から攻撃を受けていない。ダメージなんて受けてないはずだ。


 もしかして鬼化するとHPが減るの? 


 鬼面のことを考えればあり得ない話じゃない。だったら回復される前に距離を詰めるだけだ。


「朧さん、屋根の上から下ろせる?」

「任せろ」


 球体が後方から私を追い越した。屋根上の男性がビンを投げ捨てて飛び降りる。


 着地する前に結晶刀の長さが半分ほどに縮まった。向こうも近接戦闘をやる気のようだ。


「来い」

「言われなくても!」


 腰をひねってショートカットアクション。サイクロンエッジの発動で体が加速する。


 そう思った時にはダガーと結晶刀が接触していた。

 

「え」


 あり得ない。いつもなら相手の体を貫通するのに。


「その驚きよう、パリィを知らないと見える」


 パリィ?


 頭の中に疑問符が浮かぶ前に男性が飛びのいた。遅れてピュンと風切り音が鳴り響く。

 

 追撃をかける前に紅い結晶が飛んできた。距離を詰める機会が失われて足を止める。


 ルイナさんがとなりに並ぶ。


「あの攻撃、魔法技師マギクラフトのスキルね。侍の格好しておいてせこい真似するじゃない」

「魔法技師って銃だけじゃないの?」

「違う。構成できる武器にはいくつか種類があるの。武器のレア度に応じて強化されるスキルもある」

「枝みたいな杖があんなふうになったんだけど、ルイナさんは知ってる?」

「枝? それもしかして妖仙樹の玉枝じゃ」

「敵を前に長話とは余裕だな」


 結晶刀がまた伸びた。葉のごとく垂れ下がった結晶が振られた遠心力で散らばる。


 振りかぶる予備動作があったから避けられた。


 でもこれじゃさっきの焼き直しだ。死角からの不意打ちを狙っていた朧さんもあまりの攻撃範囲に後退を余儀なくされる。


「スキルってことは、MPが尽きれば結晶を飛ばせないんだよね?」

「いえ、おそらく尽きないわね。妖仙樹の玉枝には強力なMP回復効果があるの。向こうは結晶が地面に刺さるたびに回復してるはずよ」

「何それ、実質無限ってこと?」

「その解釈で間違いはないと思う」


 結晶の数はざっと見ても数十におよぶ。一つ一つの回復量が微々たるものでも、拡散したつぶてを合計すると全快するのは容易に想像がつく。


 MPが枯渇しないなら直接プレイヤーを叩くしかないけど、距離を詰めるほどつぶての隙間は小さくなる。先にこっちがハチの巣にされて終わりだろう。


 遠距離攻撃をしようにも結晶が邪魔で射線が通らない。スリングショットはもちろん、ルイナさんの魔弾も届く前に砕け散る。


 まさに攻防一体。攻撃は最大の防御を形にしたような攻撃だ。手をこまねいていたら結晶の破片だけで全滅する。


 残された手は一つだ。


「ルイナさん、朧さん、一旦下がろう」

「下がるの? そんなことしたら一方的に攻撃されるわよ?」

「ヒナタ、何か策があるんだな?」

「はい」

「分かった。全員下がるぞ」


 後退して回避に専念する。


 距離は広がった一方で回避に余裕ができた。結晶の破片を受けることなく回復アイテムの使用までこぎつける。


 結晶刀が短くなった。男性がポーチから回復アイテムを取り出す。私たちが距離を詰め直す前に回復を済ませる腹積もりだろう。


「待ってたよこの時を!」


 額に手を当てる。


 鬼化はHP減少のデメリットを抱えている。


 先程回復する際に刀の巨大化を解いていた。このタイミングなら仮面の発現を妨害されない。


 視界内が青紫を帯びた。


「ヒナタ、その仮面は」


 ルイナさんや朧さんが目を見開く。


 説明している暇はない。


『宝刃シルヴェール』と『妖仙樹の投弾弓』。ショートカットアクションによる装備変更を確認して地面を蹴る。


 鬼の異形が間近に迫る。


「なっ⁉」


 男性が目を見開いて刀を振る。


 腰の入ってない片手振り。ダガーでも受けるのは簡単だった。


 刃をすり合わせながら腰元を斬りつけてすれ違う。


「難しいな」


 やっぱり速い。走りながらスキルを合わせるには練習しないと無理かも。


 結晶刀を振るわれる前にまたすれ違う。


「この、ちょこまかとッ!」


 急成長した結晶刀が振りかぶられる。


 私は壁に向かって直進した。


 慣性を壁に押しつけて駆け上がる。


「何ッ⁉」


 破砕音に遅れて下方の壁に一の字が刻まれる。


 私は宙で手の平をかざした。


 フュージョンバレット。クナイが青紫を巻き込みながら巨大化する。


 暴風のごとく騒音をまき散らしながら発射までこぎつけた。


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