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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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105/119

第105話


「きゃあああああああああっ!」


 口から悲鳴がほとばしる。


 体は宙に放り出されて身動きが取れない。私の意思に関係なく弾丸のように突き進んで止まらない。


 何かつかめる物さえあれば――。


「あった!」


 腕を伸ばす。


 綱をあらん限りの力で握った。遠心力に引っ張られて腕の関節が嫌なきしみを上げる。


 力が抜ける感覚を得た。腕にかかっていた圧力が抜けて再び落下する。


 私が握ったのは遊具の綱。かかった圧力に耐えきれず壊れたようだ。


 おかげで体にかかっていた慣性と負荷が逃げた。どこも負傷することなく着地に成功する。


「ヒナタのところに戻らないと」


 顔を上げて、いくつもの人型が散らばっていることに気づいた。


「何だァこいつは」

「人間だ、人間がいるぞ」

「喰っちまうかァ」


 鬼だ。ざっと見渡しても十はいる。


 私は『魔巧師』のスキルで二丁拳銃を構成した。視界の左上で減るMPバーをよそに地面を蹴る。


 囲まれた現状はまずい。私が攻撃したら四方八方から反撃がくる。波状攻撃で削り取られて終わりだ。


 まずは一点突破して包囲を抜け出さないと。


「どいて!」


 前方の鬼に発砲する。


 体の頑丈さに自信があるのか鬼は避けなかった。


「俺に食われたいのか? いいぜ喰って、やッ⁉」


 鬼が動かなくなった。パラライズバレットで麻痺の状態異常になったようだ。


 私は痙攣けいれんする鬼とすれ違う。


「なーにやってんだお前ぇ」

「喰っちまうかこんな役立たず」

「や、やめろ! うわああああっ!」


 悲鳴を耳にして振り向くと鬼が群れていた。嫌な湿った音に遅れて騒々しさが収まる。


 鬼の数が一体減っていた。


「ずいぶん野蛮なのね。仲間を食べるなんて」

「仲間? 何やら勘違いしているようだなァ」

「俺たちはメリットがあるからつるんでんだよォ。そうじゃなきゃ何でこんな奴らと」

「あァ!?」

「おォ!?」


 早速仲間割れが始まった。


 これは好都合だ。音を出さないように後退する。


「あ、逃げんじゃねえ俺のメシ!」


 ばれた。


 すぐに身をひるがえして全力疾走に移行する。


 後方から足音と荒い制止の声が迫る。


「逃げ切るのは無理か!」


 方向転換して壁に向かう。


 慣性を味方につけて跳んだ。遠心力を靴裏に乗せて壁を走る。


 急な方向転換は体勢をくずす原因になる。でもこの手法なら距離を保ちつつ方向を変えられる。


 遠心力が消える前に壁を蹴ってトリガーを引き絞る。


 離れた一匹を麻痺にして眼前の一体と対峙した。


「死ねいッ!」


 鬼が腕を振りかぶる。


 私はスライディングして鬼の足をすくった。うめく鬼をよそに立ち上がって出口を目指す。

 

 鬼は私の方向転換についてこれてない。


 これなら逃げ切れる!


「おーっと、人間はっけーん」


 進む先でも鬼が現れた。


 逆三角のアイコンがない。おそらくは鬼の側についているプレイヤーだ。


 私はグリップを握る手に力を込める。


「邪魔しないで! 私はヒナタのところに行かなきゃいけないの!」

 

 MPを消費してアクティブスキルを放った。システムのアシストを受けた体が決められた動きに沿って魔弾をまき散らす。


 今回のクエストは失敗できない。結果次第で里長の生死が決まる。人間と鬼の決戦に大きく影響をおよぼすはずだ。

 

 それに、ヒナタは私との時間を楽しいと言ってくれた。


 わざと冷たい物言いしてる? 同級生にそんなことを問われたくらい口下手な私でも、ヒナタは嫌な顔一つせず笑みを見せてくれた。 


 しゃべっていてあんなに安心できた相手はヒナタが初めてだった。eスポーツチームの仲間と顔を合わせたこともない私が、リアルでも会ってみたいとすら思った。


 ヒナタの力になりたい。


 私に提供できるのはゲームの腕だけだ。鬼の群れくらい突破できなくてどうする。


「ぐっ!?」


 衝撃に遅れてHPバーが削られた。


 視界外からの攻撃だ。


 人間の視野には限りがある。前後ではさみ撃ちにされた今、一対複数の状況から逃れるのは簡単じゃない。


 私がひるむ間も敵は動く。刻一刻と状況が悪化して視界内が赤く点滅する。


「こんな、ところで」


 やられるわけには。


 そう告げようとした時爆発が起きた。噴き上がった砂が押し寄せて、視界内から茶以外の色が失われる。


「すごい勢いで飛んでく人間がいると思ったら、何とも勇猛ゆうもうなお嬢ちゃんがいたもんだな」


 砂ぼこりにシルエットが映る。


 大きい。人型だけれどその威容はまさしく妖怪だ。


 声を聞く限りさっきの個体じゃない。


 でも味方と断じるにはまだ早い。私は銃を構えて警戒を続ける。


「お嬢ちゃん、さっきヒナタと言ってたな。知り合いかい?」

「ええ、私のフレンドよ。だったら何?」

「そう警戒しなくていいぜ。その名の人間には恩がある」


 強風が巻き起こった。空間を穢す砂が払いのけられて、視界内が茶以外の色を取り戻す。


 着物に飾られた白い威容が立派な牙をのぞかせた。


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