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走るのが好きなのでAGIに全振りしました  作者: 藍色黄色


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第104話

 街に出ると人々が逃げ惑っていた。


 避難誘導に当たっている人がいるものの、パニックを起こした人に呼びかけは届かない。ぶつかって転ぶ人もちらほら見られる。


「通るのは難しそうね」

「うん。抜け道があればいいんだけど」


 噴き上がるような焦燥感をこらえて周りを見渡す。


 真っ先に目に着いたのは路地裏。


 でも民衆は路地裏にも入っている。前からも人が入ってきたら逃げ場がない。上から敵が降ってきてアウトだ。


 となると……。


「屋根の上から行こう」

「は、屋根って正気?」

「正気だよ。あっちから行こう」

「あ、ちょっと!」


 呼びかけを耳にしながら助走をつける。


 タル目がけて跳躍した。ふたに足をかけて足裏に力をこめる。


 そのまま駆け上がって屋根の上に立った。振り向いてルイナさんを見下ろす。


「ルイナさんも」

「できるわけないでしょう」


 駄目か。


 でも私一人で行ってもなぁ。


「あ、そうだ」


 私はポーチに手を突っ込んで鉤縄かぎなわを取り出す。


 霊力をこめる修行をした山で拾った鉤縄。今まで返すのを忘れていたものだけど、これならルイナさんも屋根に上がれるはずだ。


 私は鉤爪箇所を屋根に引っ掛ける。


「ルイナさん、これ!」


 縄を投げる。


 ルイナさんが意図をくんで縄を握った。キビキビとした動きで縄を上る。


「上るのすごく早いね」

「こういうの慣れてるから」


 あらためて下に広がる景色を見渡す。


 遠くの方で何やら争っている人影がある。そこが主戦場のようだ。


「行こう」

「ええ」


 私は先頭を走る。


 意外と走りやすい。鬼の本拠地で走った屋根とは比較にならない。忍の里って言うくらいだし初めから走ること前提で作られているのかも。


 一分とかからず現場に駆けつけることができた。


「やっぱり鬼か」


 私たちが里まで連れてきちゃったってこと? 


 でもそれにしては襲撃が速すぎる。忍の里を突き止めてから本拠地に戻るだけでも相当な時間が掛かるはずだ。鬼の身体能力があっても無理がある。


「ヒナタ、上から狙いましょう。援護射撃があれば味方も戦いやすくなる」

「分かった」


 思考を中断してマシンガンスリンガーを構える。


「援護します!」


 味方に呼びかけて引き金を引いた。クナイ型の弾が鬼の頭部をとらえる。

 

 よく見ると鬼に妖怪が混じっている。穏便派が人を襲うとは思えないし過激派だろうか。


 手を組んでいるわりにあまり連携はしないらしい。私たちの攻撃で意識も分散して動きがバラバラになる。


 この場はすぐにケリがついた。残った戦力が背を向けて走り去る。


 追い打ちをかけたいところだけど、戦火は別の場所でも繰り広げられている。他の場所に駆けつけるのが優先だ。


「私たちは別の場所に行きます」

「分かった。民を頼む」

「はい!」

 

 了承をもらって別の場所に向かう。


 走る先で青紫の火柱が立ち昇った。


「何今の」

「分からないけれどすごいのがいそうね。私たちだけで倒せるかしら」

「倒す必要はないよ、逃げる時間を稼げればそれでいい。私が前に出るから援護お願い」

「了解」


 火柱が収まって薄暗さが戻る。


 現場におもむくと小さな炎が宙を飾っている。


 鬼火を思わせるそれが浮き上がらせるのは黒い巨体。隆々とした筋肉が圧倒的なフィジカルを感じさせる。


「何だ、新手か」


 ジロリとした目に警戒心を駆り立てられる。


 月光を反射するのは一対の角。様相は牛の頭なのに、獣というより恐竜を前にしているような心持ちになる。


 斎さんを彷彿ほうふつとさせるプレッシャーと荒々しさ。これは間違いなく上級妖怪だ。


「あなたは過激派の妖怪ですね。どうしてここを襲うんですか」

「逆に何故襲ってはならんのだ? 過激派の存在を知りながら、それを我に問う意義が分からぬ」


 となりで乾いた破裂音が鳴り響く。


 過激派の妖怪が腕を振った。軽快な音に遅れて弾が明後日の方向に飛ぶ。


「人間ふぜいが我に傷をつけられると思ったか。過激派の頭領たるこの蛮角ばんかくに」

「知らない名ね」


 二発目が続く。


 やはり簡単に弾かれた。


「そうか。ならば覚えて地獄に行くがいい」


 蛮角が手の平を向ける。


 本能的に危機感を覚えて屋根上から跳んだ。


 一拍遅れて背後で破砕音がとどろいた。地面に着地する私たちの周りで瓦礫がパラパラと振り落ちる。


「ヒナタ、今何か見えた?」

「ううん、何も見えなかった」


 相手はただ手の平を向けただけだ。岩や霊力を飛ばしてもいない。


 でも相手が斎さんと同格の存在なら心当たりがある。


「もしかして斎さんと同じで神通力を使えるの?」


 蛮角が目を丸くする。


「ほう、斎を知っているのか。なるほど、内情に詳しいのは奴から聞いたからか」

「斎さんと知り合いなの?」

「ああ、奴はかつて我の友だった。昔から日和ったところはあったが、今は臆病者に堕ちて見る影もない」

「友達ならどうして価値観を尊重してあげないの? 価値感が合わないから絶交だなんて、考え方が過激すぎるよ」

「何を言う、力ある者が力を振るわなくてどうする。強き者にとっては暴力こそが存在証明、支配こそが存在意義だ。我と同等の力を持ちながら人間との共存を志すなど言語道断!」

「でも」

「くどい!」


 蛮角が地面を蹴る。


 それだけで地面が爆発した。巨体が法則から切り離されたかのごとく急激に迫る。


 直撃はかろうじてかわせた。


 その一方で飛び散った砂利までは避けられない。散弾じみた飛来物にHPが削られる。


「ヒナタ!」


 ルイナさんが銃口を向ける。


 その頃には巨体も動いていた。大樹じみた足が地面を蹴り上げて砂煙をまき散らす。


 近くにいる私には、視界の上辺に消えるシルエットが見えた。


「上!」

 

 告げながら走って砂ぼこりを出る。


 ちょうどルイナさんの眼前を巨体が陥没させたところだった。


「気をつけてルイナさん。たぶんその妖怪は私たちの動きを予知してる!」

「何よそれ、反則じゃない」

「殺し合いに反則も何もあるかってんだよッ!」


 あわてて距離を取ろうとするルイナさんに向けて手の平がかざされる。


 フレンドの体が遠くに吹っ飛ばされて見えなくなった。


「ルイナさん!」

「安心しろ、我の同胞がいる場所に飛ばしてやっただけだ」

「それ全然大丈夫じゃないよ!」


 要するに過激派の妖怪がたくさんいるってことでしょ? そんなところに飛ばされたらルイナさんが囲まれちゃう。


「心配するな、すぐに再会させてやるさ、地獄で」


 蛮角が向き直って口端をつり上げる。


「そうだ、大事なことを聞き忘れていた。里長はどこにいる」

「私が素直に教えると思う?」

「遅いか早いかの違いだ。手足を焼けば嫌でも口は軽くなる」

「そうか、ならば試してみよう」


 頭上から声。


 顔を上げる前に蛮角の巨体が爆発に隠れた。


 下りてきた人影が私と肩を並べる。


「大丈夫かヒナタ」

おぼろさん!」


 遅れて降り立った二つの人影も地面を鳴らす。


 朧さんが蛮角に向き直って顔をしかめる。


「すごい妖力を感じる。こやつただの妖怪ではないな」

「人間を敵視する派閥のトップらしいです」

「それは大物だな。逆を言えばここで討つと一気に勢いを削げるわけか」


 朧さんたちが武器を構える。


 蛮角の平然とした態度は変わらない。


「また新手か。数をそろえればどうにかなると思っている。これだから人間は好かんのだ」

「私も人間は嫌いだが、それを語るなら協調性くらいは見せたらどうだ」

 

 私はバッと顔を上げる。


 蛮角の後方に一人の男性が立っていた。月を背景にして屋根の上から私たちを見下ろしている。


 侍風の身なりはどこか禍々しい。幽鬼じみた不確かな存在感が言いようのない不安を湧き起こす。

 

 蛮角が舌打ちして男性をあおぐ。


「何だ鬼もどき、もう来たのか」

「どういうつもりだ蛮角。独断専行に加えて単独行動。過激派を束ねる長がやることではないぞ」

「それは人間の理屈だ。独りで勝てる我がどうして群れなければならんのだ」

「ザンキ様との取り決めを反故ほごにするつもりか」

「早合点してんじゃねえぞ鬼もどき。我が手を組んだのは酒呑童子しゅてんどうじだ。断じてあの鬼もどきではない」

「ザンキ様を軽んじるか」

「元人間である以上は奴も我の敵だ。いずれは滅ぼす連中をどうして対等に見れる? 身の程をわきまえろ」


 男性が目を見開く。


 空気が凝固したように重くなった。辺りにうっすらと赤い霧がただよう。


 これって、まさか。


「我々を敵に回すか」

「好きにしろ」


 男性のシルエットが変わった。後方で光る月が異形を暴く。

 

 隆々とした手に握られるのは見覚えのある杖。枝にも見えるそれが鮮血のごとき色合いに穢されて鋭利なフォルムを描く。


「参る」


 ジャラッとした音を散らして、三メートルを超えるそれが振るわれた。

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