・【バトルステージ6】幸せな家畜 - 奴隷荘園の真実 -
レジスタンス:竜の翼は大規模な反撃作戦の準備を進めている。その作戦が始まればイゾルテはもうおしまいだ。もうじき、悪の総督が英雄バロンに討たれる日がやってくる。
そんなレジスタンスに、ある農奴の少年が助けを求めてやってくる。
「お願いします、バロン様っ、妹を助けて!!」
農場を逃げ出したその少年によると、神官レプトウスが所有する奴隷荘園で、おかしな実験が行われているという。
「人が、変になっていくんです……。人が怒ったり、悲しんだり、しなくなっていくんです……。俺、怖くなって、逃げ出して……っ」
元宰相ルディウスも老将ロンバルトも良い顔をしなかった。決戦を目前とした今、そのような小さなことにかまけている場合でなかった。
「カオスを斬った上に、この子まで見捨てるのっ!? 昔のバロンはそんなんじゃなかったのにっ!」
その少年を海底要塞に連れてきたのはプリムだった。プリムはバロンがカオスを斬ったことをまだ根に持っていた。
「バロン様、今は大切な時! イゾルテさえ倒せばその荘園も救われるのですぞ!」
「でも手遅れになるかもしんないじゃん!!」
帝国にはシリウス教と呼ばれる勢力がある。イゾルテは服従の際に、シリウス教に荘園と農奴を献上している。
荘園の主は神官レプトウス。レプトウスはファフネシア人を使って得体の知れない人体実験を行っていた。
「わかりました、君の妹を助けましょう。帝国の真意を知る良い機会です」
「バロンッッ!!」
「あ、ありがとうございますっ、バロン様!」
バロンは反対を押し切って自ら潜入することに決めた。それも今すぐにだ。
闇に乗じて半島北東部の岸に上がり、そこから少年が逃げてきた荘園に潜入する作戦に決まった。
カラスは監視を止めてイゾルテの政務室に戻り、突然浮上したこの緊急作戦を彼女に報告した。
「ふんっ、その話……興味深い」
「そうだろうな。神官レプトウス、君からすれば因縁の相手だ」
「だがレプトウスは危険だ。アレの魔導師としての実力は、怪物と言っても差し支えないだろう……」
イゾルテが隙を見せれば竜の翼が動く。今はバロンのために、彼女はにらみ合いの小康状態を演じている。イゾルテは参戦を迷った。
「行こう、イゾルテ。神官レプトウスは危険だ、バロンがあれにやられたら元も子もない」
「言われるまでもない。ああ、他にない、救援に行くとしよう!」
イゾルテは言葉を弾ませてクイーンのショートソードを取った。
「あの子と共に戦えるのはこれで最後だろう……」
「イゾルテ、そんなことはない。君が望めば君の物語はまだまだ続く」
「黙れ、我の運命に続きなどいらぬ」
ウルザはもう総督府にいない。共犯者である彼女が去って少し動きづらくなった。
「アリバイ作りは俺に任せておけ。君は少し仮眠を取るといい」
イゾルテはバロンを支えるため、カラスはさらなるスキルポイントを得るために、下準備や偵察をして夜を待った。
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月の高さからして恐らく夜8時頃、バロンたちが小舟で岸に到着した。
それから少し月が高く上がった9時頃、白いカラスのデュークと、バスネットヘルムの白い女騎士クイーンはバロン一行を待ち伏せし、接触した。
「あ、貴方たちはっ!?」
「デュークッ!! よかったぁ……っっ」
当然、彼らは我々の接触に驚いた。
加えて[カオス=デューク]という推測をしていた彼らは、生きて翼を羽ばたかせる白いカラスにも驚いていた。
「久しいな、バロン、プリム、老将殿」
潜入部隊は精鋭の中の精鋭のこの3名だけで編成された。彼らの目的は少年の妹の救出と、荘園の実態調査だ。多くの戦闘員はいらなかった。
「バロン様、実は私たちもよからぬ噂を聞きまして。レプトウスの真意を探りに参りました」
「我々と共闘しないか?」
バロンは迷うが、結局プリムが押し切ってくれた。
「ジークがいれば偵察とか楽だしっ! わざわざ大変な思いしなくてもいいじゃん!?」
身も蓋もない話だ。カラスは斥候担当として彼らを帝国法により絶対不可侵の荘園へと導いた。
「クイーンさんは博識ですね。僕、たくさん勉強しましたが、それは知りませんでした」
「別におかしなことではありませんよ、バロンさん。人は人から知恵を学ぶものです。本の中に答えの全てあるわけではありません」
「そうですね、僕もそう思います。貴女のような方とお話出来てよかったです」
「ええ、私も……」
イゾルテは月を見上げて唇だけで『私もよ、バロン……』と、義弟と穏やかな言葉を交わせた感慨に胸を抱えてつぶやいた。
「む、むむむ……なんか、ジェラシー……」
「それは奇遇だな、プリム。俺も彼女を取られたような気分だ」
「えっ、うちとバロンッ、彼氏彼女に見えるってこと!?」
「ああ、見えるとも」
俺は君たちが結ばれる結末を見た。苦難の果ての最高のハッピーエンドだった。だがだからこそ、カオスを止めた未来のジークは思った。
『君たちばかり不公平だ……』と。
しかし物語とはそういうものなのだろう。主人公とその周囲の者だけが、運命を変える力を持っている。
「彼がここから抜け出せたのはこれのおかげのようだ」
荘園の周囲には魔法式の監視装置が設置されている。これのせいで空飛ぶ偵察兵である俺も、自由にここをのぞくことが出来なかった。
その装置が破壊されていた。誰が壊したのかはわからないが、誰かが壊さなければ【バトルステージ6】が発生しなかった。
暗闇に乗じて我々は少年が暮らしていた荘園の内部に忍び込んだ。時刻はもう10時近い。そんな時刻だというのにトウモロコシ畑に働く人の姿が無数にあった。
「薄気味が悪い。嫌な予感がしまするぞ」
「バロン、我らに指示をくれ」
求めると素早く思慮を巡らせた。
「集団への接触は賢明ではないと思う。1人拉致して、詳しい話を聞きたい」
「ならばクイーンの出番だな」
「ええ、私にお任せを、バロンさん」
クイーンはトウモロコシ畑の中に影となって消え、若い女性を一人拉致してこちらに戻ってきた。
しかしクイーンの口元に笑みはない。苦しげに歪んでいた。
「こんばんは、手荒なことをしてしまい申し訳ありません。よろしければここのお話――ぇ?」
バロンもその女性の異常に気づいた。その女性は暗がりに引っ張り込まれたというのに、ヘラヘラと幸せそうに笑っている。
「ここ……? ここは幸せの国です……!」
荘園の女はそれはもう多幸感にあふれた顔でそう言った。
「ええっ!? ど、どういうこと、これ……っ!?」
「ようこそ、外からの皆さん……! 私たちは教主様に祝福をいただいた、祝福の民です……! ああ、幸せ……どうして幸せかわからないけど、すごく、すごく、私たちは幸せなのです……!」
その女は幸せに満ち満ちていた。ボロボロの髪、穴だらけの麻の服、深夜になっても仕事の終わらないこの環境で、焦点の合わない目で幸福の絶頂を体験していた。
「な、なんと、おぞましい……。この者は壊れておりまする、殿下……」
見る限り、この荘園にいる農奴たち皆が精神を破壊されていた。そこにはオレンジ色のリボンを髪の後ろに巻いた、9歳ほどの少女の姿もあった。
あの少年の妹だ。その子も幸せいっぱいの笑顔で、畑の草を刈っていた。
「わ、私は……っ、なんてことを……っ」
クイーン――いやイゾルテは絶望した。自治権を得るために彼女は帝国に国を売り渡した。それが王からの命令だったとはいえ、壊れる前の彼らをシリウス教の神殿に差し出したのはイゾルテだった。
「しっかりしろ、クイーン。君の役目はまだ終わってなどいない」
「カァ、くん……」
弱ったイゾルテを慰めた。幸いバロンたちは目前の幸せな悪夢に気を取られていた。
「あの子になんて言えばいいのか、うちわかんないよ……」
「胸が痛みまするな……」
「許せない……。こんなことをするなんて、許せない……っ、必ず、倒さなきゃ……っっ!」
バロンが決意すると、鎧と剣の音が響いた。帝国の重装歩兵たちが背後に現れ、正面にはローブをまとった魔導兵たちが溶けるように現れた。
それともう1人。黒いローブをまとった大柄な神官、この悪夢をもたらしたレプトウスがそこに立っていた。
「お気に召したかな、バロン元王子」
バトルステージ6は神官レプトウスが仕組んだ罠だ。あの少年を餌にし、レジスタンスに打撃を与えるのが狙いだった。




