・【バトルステージ5】帰らずの監獄 - 政治犯を解き放て -
それから数日が過ぎた晩、イゾルテにバロンの動向を伝えた。その動きこそ【バトルステージ5】の始まりだ。俺にとっても彼女にとっても、このステージは重要なものだった。
「防戦に徹していたバロンだが、明後日ついに動くようだ」
「ああ、強制収容所のことね……?」
「そちらも察知していたか。そうだ、バロンは君の所有する強制収容所に攻撃を仕掛け、政治犯たちを味方に付けるつもりだ」
己の所有する施設を攻撃されるというのに、イゾルテは安らかに微笑んだ。
「やっと……あそこのみんなを解放できるのね……。ぁぁ……長かった……」
「それで、俺もバロンの戦いに加わりたい。かまわないだろうか?」
「人間になって、私を口説くために……?」
「そうだ。こんな格好では君のボーイフレンドにもなれない」
カラスは指で頭を撫でられた。イゾルテはとても嬉しそうに微笑んで、カラスを胸の上に置いた。
「私はもう自由には動けない。カァくん、私の代わりにあの子を守って」
「無論だとも。バロンとは利害が一致しない部分もあるが、彼なくして帝国との戦いに勝利はない」
「ええ、私の義弟は天才だもの」
「まったくだ。先日の海戦では芸術性すら感じさせられた。あの勝利は、君とバロンと先王の執念の結実だ」
今、ファフネシアの民はバロンの連勝に沸いている。勝てるはずがないと諦めるしかなかった帝国軍に、バロンは2度も勝利してのけた。
その前にはあの徴税官デキウスを捕らえ、レジスタンス内部のことではあるが裁判にかけている。徴税官デキウスは終身刑で裁かれ、今では海底要塞で強制労働をさせられている。
「……そうだ、出来れば収容所の所長さんも守ってあげて」
「それは言われるまでもない。君のためにあの人を守ろう」
一巡目の世界では所長に自決をされてしまった。二巡目のこの世界では、そんな後味の悪い結末など許さない。
「さあ、カァくん、今日もお散歩に行きましょうか♪」
「……我が主よ、そんなことを繰り返したら、俺が人化に成功した後が気まずいとは思わないか?」
「いいえ、まったく♪ だってカァくんは、私のカァくんだもの♪」
運命の日は着々と近付いている。イゾルテの心労は相当のものだろう。いやまかり間違っても、俺はリードに繋がれて地べたを四つん這いで歩くことに、喜びを見出していたりなどしない。
「仕方のない主だ。付き合おう」
子犬に変化すると溺愛される。美しく高貴な女性に抱かれて頬を擦り寄せられるのは、悪い感覚ではなかった。
ちなみに魔力を秘めた素材の【同化】だが、近隣の素材を粗方食い尽くしてしまった。拠点を変えない限り、これ以上の成長は難しい。
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翌々日の朝、イゾルテに見送られた。
「本当にありがとう。貴方があの子の隣に居てくれると思うと、すごく安心する……。バロンを守ってあげて……」
「任せておけ。完璧な仕事をこなしてみせる」
イゾルテがくちばしに接吻をしてくれた。
人が動物にするただの愛情表現だとはわかっているが、テンションが上がった!
「ふふ……いってらっしゃい」
「今ので気力があふれ出てきた!! 行ってくる!!」
カラスは喜びを表現するように天へ舞い上がり、バロンが先日から潜伏する隠し砦へと飛んだ。
予想されていたことだが彼らは既に出立しており、危険な森を進む彼らの姿を空から追い求めることになった。
メンツは遺跡探索時の顔ぶれと変わっていなかった。剣士たちがサリサとルディウスの背後を守り、バロンとプリムが並んで先頭を歩いていた。
挨拶代わりにフォレストゴブリンの群れにシャドウボルトを撃ち込んで行動不能にすると、白いカラスはゴブリンの頭に乗って彼らを迎えた。
「え、ジークッ!?」
「ちょろちょろしてると思ったら、やっと出てきた! 援護ありがとっ!」
プリムはこちらに飛び込み、カラスが足場にするゴブリンを叩き斬った。ルディウスのファイアボルト、サリサのロングボウがそれぞれゴブリンを倒すと、バロンとプリムが残りを片付けた。
サリサが成長を重ねてロングボウを引けるようになっていることに、カラスは少し驚かされた。
バトルステージへの参加はそれだけ重要だということだった。
「ジークさん、来てくれたんだ……」
「もしやまた私たちを導いてくれるのですか?」
遺跡での件でジークは彼らの信頼を勝ち取っていた。俺を疑ってくれるのはバロンだけだった。
「よければ俺が斥候をしよう。同胞同士で戦いたくはあるまい?」
リーダーであるバロンが前に出て、カラスの前で腕を組んだ。疑われるのは気持ちのいいことではないが、無条件で信じられるよりもいい。
「ジーク、君の狙いは何……?」
「人間になることだ。俺は人間になるために戦っている」
嘘は吐いていない。俺は人間になるためにバトルステージに参加している。
「なら、どうして君は人間になりたいの?」
「人間の女に惚れた」
「わぉっ♪」
プリムとサリサがそれを聞いて盛り上がらないはずがなかった。仲のいい恋敵たちは顔を合わせて笑って、勝手に妄想を始めた。
「どうして鳥が人間の女性に惚れたの?」
それとは正反対にバロンは落ち着いていた。
「気高く美しい人だったからだ」
「鳥が人に?」
「鳥が人に恋をして何が悪い」
白いカラスはバロンの肩に勝手に乗った。バロンはそれを拒まなかった。
「バロン様、ジーク様は我らに海底要塞の案内をして下さいました。その方は恐らく、先王様に連なる何かでしょう」
「そうだろうね。……わかった、君を信じるよ、ジーク」
「ありがとう。さあこっちだ、まっすぐ行ったところは沢になっていて道がよくない」
モンスターがいればシャドウボルトで動きを封じ、後方のバロンたちに討たせた。バロン一行の前進は案内人の加入により倍の速さとなった。
それでも時間がかかったが、ようやくおやつ時には目的の収容所を確認することになった。
その収容所は【帰らずの収容所】と呼ばれている。その名の通り一度入った者は出てこれず、また外側からも中の様子のわからない、ファフネシア自治領に生まれたちょっとしたミステリースポットだ。
ここに集められた者たちは連日無休で死ぬまで鉄鉱石を掘らされるという。そこは監獄と鉱山が一体化したような、草木も生えない岩山の土地だった。
「ジークがいて助かっちゃった! で、中はどうなってたっ!?」
「正面はまるで関所だ。30名ほどの兵が守っている」
「30……なら楽勝じゃんっ!?」
「プリム、そうとは限らないよ。ジーク、その奥は?」
「関所の奥は鉱山設備だ。家らしい家はなく、人気もない。兵も収容者も、鉱山の中で暮らしているのかもしれないな」
そう伝えると、劣悪な労働環境を想像してかバロンたちの顔色が暗くなった。独裁者に逆らった者にまともな生活環境を与えられると考える方がおかしかった。
30名くらいならば陽動をかけるまでもない。日没に合わせて奇襲し、収容された政治犯を救出することに決まった。
「行くよ、みんな! かつて王家に使えていた忠臣たちを救い出すんだ……!」
「はっ、このルディウス、命にかけましても!」
西の空に薄明かりが残る時刻にバロンたちは剣を抜いた。そして静かに正門の前へと駆け込み、ルディウスに破壊を命じた。
「ストーンバレット!!」
本編では何度か撃つことになるが、俺も同じ術を重ねて放った。正門は一撃で吹き飛び、バロン一行は【帰らずの収容所】に踏み込んだ。




