・カラス育成パートその6 - 残SP:4 -
戦いを終えたその晩、カラスは総督府の尖塔の頂上で魔法の合い言葉コンソールコマンドを唱えた。
「skill_tree(chaos)」
コマンドに呼び出されたスキルツリー画面下部には、残りスキルポイント4と表示されていた。当初の想定より獲得量が1ポイント多く、カラスは翼を羽ばたかせてこの思わぬ棚ぼたを喜んだ。
「毎度のことながらワクワクするな。異世界転生というのもあながち悪くない」
いくつもの星座の中から黄金に輝くツリーを選んだ。これは【大地魔法】を司るツリーだ。そこから【大地魔法:初歩】を採用すると、【ストーンバレット】の魔法を修得した。
ルディウスが魔導機械兵に使ったあの術だ。石の弾丸を生み出し、それを敵に撃ち出すという属性魔法の中でも飛び切りに物理寄りの術だ。
これはチャート上必須の術で、かつ自身の強化にもなる有用な術だった。
カラスは尖塔から空へと飛び上がると、帝国が主教とするシリウス教への上空へと移動した。
「【ストーンバレット】」
そしてストーンバレットの試射を行った。いや、それはストーンバレットと呼ぶよりも、カタパルトによる投石攻撃に近かった。
天空に生み出しされた岩塊は、撃ち出されるというより万有引力に引っ張られて、シリウス教の白狼を模した像の真上に落下した。
「おっと、やり過ぎたか。まあ、竜の翼に犯行声明を出させればよいか」
ストーンバレットと翼を持つ術者の相性は最高だ。術の検証を終えると総督府の屋根に戻って【skill_tree(chaos)】を唱えた。
次に採用するのは【共有魔法】だ。白色の星々の輝くツリーから【共有魔法:初歩】を選択すると、【HPシェア】の魔法を手に入れた。続けて【共有魔法:MP】を採用して【MPシェア】も修得した。
これでやつらがどんなにイゾルテを傷つけようとも、竜脈で蓄えた生命力でイゾルテを癒すことが出来る。イゾルテの戦闘力と、俺が供給する莫大な生命力があれば、第一章においてはもはや無敵と言ってもいい。
「しかし最大の問題が解決していない。彼女に生きる気がない限り、どんなに俺が力を付けようとも……難しいだろう……」
最後に変化魔法のスキルツリーから【変化魔法:鉄化】を採用すると、全てのスキルポイントを使い切ることになった。
修得した術は【アイアンスキン】だ。鋼鉄の皮膚をまとう術だが、さほど重要ではない。採用したのはこの先に続くスキル【変化魔法:中型動物】を取るためだ。
「close_window()」
秘密のコンソール画面を閉じると、自宅のイゾルテの元に戻った。
「今度はどんな子に変身出来るようになったのっ!?」
「ぬぉ……!? むぅ……察しがいいな?」
「嫌でも学習するもの。それで、早く変身してみてっ!」
「……すまない、今回手に入れた変化魔法はこれだけだ。【アイアンスキン】」
ベッドの上で右の翼を鉄に変えて見せた。結論から言えば大不評だ。鳥である俺とアイアンスキンの相性もあまりよくなかった。この術は鳥には重くすぎる……。
「ぶーー……ぶぅ、ぶぅぅーー……っ! 私、すごく期待してたのに……っ!」
「すまない」
「すごくっ、すごく期待してたの……っ!」
「そのようだな。……他にこのような術を覚えたのだが。【HPシェア】! 続けて【MPシェア】!」
カラスを包む赤い球体と青い球体がイゾルテの胸に消えた。お疲れの彼女にはよく効くはずなのだが、イゾルテは不満の表情を崩さなかった。
「竜脈より得た俺の生命力と魔力を君に移した。君の疲れが少しでも癒えればいいのだが……」
「私、カァくんが大きなワンコになってくれる方がよかった……」
「わかった、次は変化の魔法を覚える。だから機嫌を戻してくれ……」
イゾルテお気に入りのゴールデンレトリバーの子犬に化けた。
すると唇を尽き出して不満を訴えていた女性が満面の笑顔に変わるのだから、カラスに生まれたこちらとしては不満たらたらだった。
「そうそう、カァくんの首輪を作らせたの!」
「首輪、だと……?」
イゾルテはベッドの下から桃色に染色された首輪を取り出した。子犬は後ずさったが、その女性はこの国で最も強い人だ。一瞬で間合いを詰められ、長毛のふわふわのワンコは胸に抱かれて首輪を巻かれた。
カチリとその首輪にリードが繋がれると、人間をやっていた頃の自分といよいよお別れをするべき時だと、覚悟を決めた。
「さ、お散歩にいきましょ、カァくん!」
「よかろう……少しでも君の慰めになれるなら、私は犬にでもアシカにでもなろう」
「アシカッ!? それはいい考え!」
「オゥオゥオゥオゥ……わんわん……」
イゾルテは犬の散歩に出かけた。広い総督府を囲む、さらに広大な庭園をグルリと回るように歩いた。
「ヒッ、イ、イゾルテ様……!? こ、このような夜中に……はっ?!」
総督府の庭師に遭遇した。庭師は化粧をといた楽な格好のイゾルテに驚き、さらにそれが子犬の散歩をしていることにひっくり返りそうになった。
「ほぅ、我が子犬とたわむれる姿に、不満があるようだな、庭師エーリッヒ」
「ヒィッ、わ、私の名前をなぜぇ!?」
「スタッフの名前と顔くらいは把握している。夜中までご苦労。だが残業などするな。さっさと寝て明日にそなえよ」
「はっ、ご命令とあらば喜んで! し、失礼します……っっ!!」
庭師は残業から抜け出す口実をもらえて喜び半分、イゾルテへの恐怖半分といった姿で一目散に逃げていった。
「上司の鑑だな」
「違うな、邪魔者を追い払ったのみよ。さあ、我が使い魔よ……これが何かわかるな?」
「骨だな。恐らくは豚か」
「さすがだ。では、取ってこいっ!!」
イゾルテは庭園の彼方に白い骨を投げた。子犬に化けたカラスはそれを見守った。
「……我が主よ、俺はカラスだ」
「取ってこい。カラスであろうとなんであろうと、貴様は我の下僕であろう」
暴君を演じるその女性が次第に悲しそうな表情に変わってゆくと、ワンワンに化けたカラスはやむなく要求に従った。
小さな体で大地を掛け、芝生の彼方から白い骨をかぎ分けてくわえると、己の主の元に駆け戻った。素直にそうとは言えないが、ちょっとだけ楽しい遊びだった。
「ク、ククク……クククク……でかした、カオスよ」
「思いの外、大地を四つ足で駆けるというのも悪くない」
「そうか、ならば存分に楽しませてやろう。取ってこい!」
「いいだろう!」
要求通りに大地を掛け、骨をくわえてイゾルテの前に戻った。そんな犬っころの姿に、イゾルテは他のやつらには見せてはいけないデレデレの表情を浮かべていた。
「よし、さあ取ってこい!」
「またか、致し方ないな」
こんなに嬉しそうな顔をされたら、おかしな趣味に目覚めてしまいそうだった。
「こんなことなら貴様を犬にするべきだった」
「俺はカラスの姿が気に入っている。自由であるし、目立たない。学校も仕事もない」
「今はそのままの姿でいろ」
イゾルテは骨をしまうと、犬の散歩を再開した。行く先々で総督府の人々がイゾルテの奇行に驚き、イゾルテは飽きもせずに散歩を続けた。
「夜もふけてきた。そろそろ帰らないか……?」
「いや、もう一周だ」
「ははは、冗談だろう……?」
「貴様を首輪に繋いで引っ張り回すのが存外に楽しい」
「そうらしいな……」
結局、広い総督府を1周半回ることになっていた。
「ごめんなさい、カァくん……私、楽しくて、つい……」
自宅のベッドに戻ると謝罪された。確かにまあ、やり過ぎではあっただろう。
「それだけ心労がたまっていたのだろう、気にすることはない」
「許してくれるの……?」
「言っただろう、四つ足で地を駆けるのも悪くない、と」
「じゃ、じゃあっ、明日もお散歩――」
「それは勘弁してくれ、俺はカラスだ」
断るとその美人のお姉さんは深く落ち込んだ。それほどまでに今夜の散歩が楽しかったようだ。
「わかった、明日も付き合う」
「本当!? 嬉しいっ! すごく楽しかったっ、ありがとう、カァくん!」
「何から何まで困った人だ……」
なぜ俺が組んだチャートは、人化を急いで人間扱いしてもらうことを優先しなかったのだ。
著しい不満があるが、彼女に『やっぱり死にたくない』と思わせるには有効な交流であったので、カラスは再び犬となってベッドにひっくり返った。
「覚えていろ。いつか人間になったら、人間の俺に夢中にさせてやる」
「ええ、とても楽しみ!」
彼女の運命を変えられるなら、腹に顔を埋められ、ハァハァと荒い鼻息をまき散らされても堪えられた。
――――――――――――――――――――
status_window(chaos)
【LV】 20
【HP】 500
【現HP】 99999/500
【MP】 460
【現MP】 4704/460
【ATK】 70
【MAG】198
【DEF】 99
【HIT】463
【SPD】805
【LUK】1111
【獲得スキル】
錬金系
【錬金術:初歩】【合成術:初歩】
【錬金術:発展】
変化系
【変化魔法:初歩】【変化魔法:発展】
【補助魔法:初歩】
【強化魔法:守】【強化魔法:時】
【変化魔法:小動物】【変化魔法:小動物Ⅱ】
【変化魔法:鉄化】new!
吸収系
【吸収魔法:初歩】【吸収魔法:発展】
【吸収魔法:生命】
共有系
【共有魔法:初歩】new!
【共有魔法:MP】new!
大地系
【大地魔法:初歩】new!
感知系
【感知魔法:初歩】【感知魔法:応用】
???系
【深淵化:影人】
close_window()
――――――――――――――――――――




