それから・・・
結婚式と即位式から一年が過ぎた。妻としても王妃としても全くしっくりこなかった私だけど、さすがに一年も過ぎると慣れてくるもので、ようやくそれらしくなったと思う。自分では。
ただ、皇子―今は陛下―との新婚生活は……仕事に追われる日々でとてもじゃないけれど甘い雰囲気に酔っている暇なんかなかった。式の翌日だけは休みを貰えたけれど、翌々日からはスケジュールがびっしり詰まっていて、この一年で丸一日休めたのは数えるほどしかなかった。
「とうとう帰ってしまわれたのね……」
「はい」
昨日、皇弟殿下が帝国へと戻られた。エヴェリーナ様も一緒に。皇弟殿下は何というか、特殊な才能をお持ちの方だった。属国になった国を帝国風の統治に切り替えるのが得意で、でもある程度落ち着くと途端に興味を失ってしまうという癖がおありなのだ。アシェルもその例に漏れず、やっと落ち着いてきたと思ったら『後はお前たちで出来るだろう』と言い出して、あっという間に残っていた問題を片付けて帰ってしまわれた。
そのせいか、今日の王宮は静かでどこかガランとした雰囲気を漂わせていた。帰国までの慌ただしさが嘘のようだ。ティアが淹れてくれたお茶を飲みながら、この数日を思い返した。
「それで、陛下は?」
「先ほど財務局の方が訪ねて来ていたので、多分そのお相手をなさっているのかと」
「陛下も仕事中毒よね。体力があるとはいえ、よく倒れないなと思うわ」
さすがに私には同じように付き合える体力も気力もない。その分陛下に負担がかかっているんじゃないかと思うのだけど、涼しい顔をしてこなしている。手伝うと言っても「絶対にダメだ」と即却下されるからどうしようもない。
ドアがノックされて騎士が顔を出した。待ち人が来たと告げるので頷くと中年の女性が入ってきた。
待ち人との予定を終えた私は、ティアや護衛騎士を伴って庭に出ていた。雨上がりの庭は木々や花々が一層鮮やかに己の存在を主張していた。庭に出るのは久しぶりだ。頬を撫でる風も心地いい。
「ソフィ! どうして外に出ているんだ? 休んでいないとダメだろう」
ティアと話しながら咲き始めた花々を眺めていると、陛下がこちらに向かっているのが見えた。かなり慌てているようで進みが早い。足の長さも関係しているのだろう。鮮やかな花や緑を背にした姿はそれだけで絵になるなと思った。ただ、鬼気迫る感じが風景に合っていないけれど。
「ティア、どうしてソフィを外に出した?」
「陛下、ティアを……」
「アルだろ」
「……」
愛称で呼べと無言の圧力がかかった。人目が気になるのに本人は全く意に介さないのだから困ったものだ。。
「……アル、ティアを責めないで。私が出たいと言ったの。それに先生のお墨付きも頂いたわ」
「先生? ハルネス女史か?」
「ええ。先ほど診察して頂きました。どこも悪くないそうですわ」
「そ、そうか……」
あからさまにホッとした表情を浮かべ、その場の空気が和らいだ。目尻が下がると少し幼く見える。側に来ると勢いを弱め、そっと抱きしめられて私の頭に顔を埋めているのを感じた。また私の匂いを吸い込んでいるのだろう。変態じゃないかと思ったけれど、皇帝陛下や皇子方も同じだとティアに聞いてからは好きにさせている。
「よかった。どこも悪くなかったか」
「ええ」
「疲れが出たのか。ここ数日は叔父上の帰国の件で慌ただしかったからな」
「そうかもしれませんね。でも……」
そこで区切ると陛下を見上げると心配そうに紅眼が揺れていた。「アル、耳を」と言うと少し屈んだので、その耳にそっと囁いた。途端に身体が強張るのを感じた。
「……ほ、本当か?」
「ええ、ハイネス先生からそう伺いました」
「ハイネス女史が……じゃ……」
「ええ」
戸惑いの表情が一転して歓喜へと変わった。
「……子が……俺たちの子が……」
「はい」
「それじゃ、この前までの体調不良は……」
「妊娠のせいだったみたいですね」
「そうか……そうだったのか!」
途端にきつく腕の中に閉じ込められてしまった。痛いけれど感極まってのことだからしょうがない。私だってまだ驚きが冷めていないのだから。心を落ち着かせようと庭に出たのだ。
「先生から庭の散歩の許可を頂いたの」
「散歩だって? ダメだ! 危険すぎる」
「でも、出産は体力が必要なんですって。でないと難産になってしまうかもって」
「難産? それもダメだ! じゃ歩きやすい小道を整備しよう。休憩用に四阿も必要だろうか。直ぐに庭師を手配して……」
「だ、大丈夫よ、今のままで。余計な予算を使わないで!」
財政難は改善しつつあるけれどまだまだ赤字解消には至らない。こんな事で税金を使うなどとんでもない話だ。
「でも、お前絶対に転ぶだろう。今までだって何もないところでつまずいていたんだぞ?」
「う……ちゃ、ちゃんと気を付けるから大丈夫よ。ティアも一緒だし」
「ダメだ、心配で仕事にならん。ああ、俺がエスコートしよう。いや、抱いて歩いた方が安全か? それなら……」
「ちょっと待って! それじゃ体力がつかないじゃない!」
「だが、お前とお腹の子にもしものことがあったら……」
勇猛果断で「帝国の狂犬」「紅の死神」と呼ばれた猛将はどこに行ったのだろう……過保護というよりも病んでいるように見えるのだけど……
「陛下、さすがにやり過ぎですわ。でも木陰に休憩用のベンチを置くとよろしいかと」
「そ、そうか。わかった。直ぐにベンチを用意しよう」
ティアに窘められるとあっさり受け入れた。さすがはティア、アルの扱いを心得ている。
「じゃ、一緒に回るぞ」
「え?」
「散歩だよ、散歩。ソフィの初めては俺が一緒だと決めているんだ」
「何よ、それ……」
呆れたけれど、一年も夫婦として過ごしていればまた言っているとしか思えなくなっていた。全く、私のどこがそんなに気に入ったのかわからないけれど、世間では愛妻家の国王として有名なのだ。私もすっかり絆されてしまったし。
「ああ、男かな、女の子だろうか。どうせなら最初は女の子がいいな。ソフィそっくりの女の子。うん、決まりだ」
「ちょっと! 気が早すぎるわ。まだ無事に生まれるかもわからないんだから」
「いや、絶対に無事に生まれる。可愛い女の子だ」
堂々と根拠のない確信を口にするアルを見上げると本当に嬉しそうで、青い空の下で赤い髪が風に揺れた。他愛もない会話が心に沁みてきて、それだけで涙が出そうになった。
【完】
最後まで読んで下さってありがとうございました。
また誤字脱字を報告して下さった皆様に御礼申し上げます。




