急な休み
目が覚めた時、感じたのは身体の重さだった。いつもよりもだるくて目を開けるのも億劫だった。目が腫れているのか瞼も重く感じる。
「ソフィ様、お目覚めになりましたか?」
声をかけてきたのはティアだった。ぼ~っとしている頭にもう朝なのかとがっかりした。まだ身体が起きていないのかすっきりしないからもう少し寝ていたかった。
「おはよう、ティア。もう朝だよね」
まだ早いと言ってくれないかと思いながら身体を起こそうとした。外は明るいし日も高くなっているからこれ以上寝ているわけにはいかない。今日だって会議だ何だと予定がびっしり詰まっているから。
「ご気分はいかがですか?
「う~ん、何だか身体も頭も重いかも……目も……」
腫れぼったいしと言おうとして一気に気まずさが身体の底から湧き上がってきた。最後の記憶を思い出して、恥ずかしさに気が遠くなりそうだった。泣いているのを皇子にあやされたなんて……あり得なかった。しかも膝の上という羞恥プレイ……
でもそれ以上に気まずかったのが、皇子が私を好きだと言っているのを知っているのに、他の男の人を想って泣いた自分だった。しかも皇子もそのことに気付いていたはず……あり得ない。失礼にもほどがあり過ぎる……どんな顔をして会えばいいのか……
「どうしよう、ティア……」
「どうなさいました、ソフィ様?」
「私、殿下に凄く失礼なことを……」
いくら皇子がデリカシーに欠けるとは言ってもあれは失礼過ぎる。謝って済む話ならいいけれど、そういう問題じゃないし……頭を抱えたけれど打開策が思い付かない……
「ソフィ様、もう少しお休みになっては?」
「え? でも……」
「今日は一日お休みください。殿下からもそのように伺っていますわ」
「……殿下から?」
休みってどうして? 別に熱もないし休む理由がない。即位まで三か月しかないから一日どころか半日だって無駄に出来ないのに。
「や、休んでいられないわ。もう時間がないのよ。今日だって大事な会議があるし……」
「大丈夫だって。それよりも休んでおけ」
最後まで言い切る前に割り込んできたのは、皇子の声だった。何時の間に部屋に入ってきたのか。それに女性の寝室に勝手に入って来るなんて……
「な、な、なんで……」
「ああ、朝の会議が終わったから様子を見に来たんだ。気分はどうだ?」
「え、っと、悪くは……」
「ならよかった。食欲は? 今から昼食だが一緒に食べるか?」
「お昼……」
もうそんな時間だったのか。それじゃ、昨日の夕方からずっと寝ていたってこと?
「ソフィ様、どうなさいます? 食欲がないならスープだけでも……」
「そ、そうね。それでお願い。ティア、着替えたいわ」
「かしこまりました。殿下、外へ」
「ああ、わかった」
食欲がないのはこの状況のせいじゃないかと思ったけれど、皇子に早く外に出て欲しくてそう答えた。夜着姿で髪もぼさぼさなのだ、こんな姿を見られるのは勘弁してほしい……
着替えて寝室を出るとテーブルには二人分の食事が並んでいた。当然のように皇子が膝を叩くので仕方なくそちらに向かい、膝ではなくその隣に腰を下ろした。
「何でそこに座る?」
「スープだとこぼしてしまいそうなので」
「気にするな」
「私が気に病みます」
恥ずかしくて顔を合わせたくないのに、向こうからやって来て有無を言わさず勝手に部屋に入って来るから逃げようがない。呆れもあってかさっきの気まずさは幾らか薄まっていた。それでも顔を合わせるのが恥ずかしい。正面ではなく隣に座れたのはよかったかもしれない。申し訳ない気持ちはあるのに、自分の失態を思い出して返事が固くなってしまう。どう話しかけていいのかわからなくて、黙々とスープを口に運んだ。
「あの……午後からの会議には出ますから」
「出なくていい」
一刀両断されて何だか突き放された気がした。そんなわけじゃないだろうに。
「でも……」
「今日は休め。その顔で人前に出たくないだろう?」
それはこの腫れた目のことだろうか。確かにこれだと冷やしても間に合わない気がする。でも、仕事を放り出すわけにはいかない。
「それでも、もう三月しかありませんから」
「一日くらい休んでも困らないから心配いらない。それよりも休め」
「でも……」
「叔父上からも了解を得ているし、謝罪された。あんなことがあったのに無理をさせたと」
「え?」
皇弟殿下から謝罪されるようなことなどあっただろうか。
「謝罪って、どうして……」
「襲撃事件の後、一日休んだだけだっただろう? 火急の案件があったとは言え一日だけの休みで公務に出すなど非常識だと周りから声が上がった」
「周りから……」
それって誰のことなのだろう。ティアたちだろうか。
「でも、それを言ったら殿下も……」
「俺とじゃ体力が違うだろ。鍛え方も」
そう言われてしまうと反論出来なかった。確かに皇子の言う通りから。
「明日からまた忙しくなるんだ。今日はゆっくりしていろ。後でティアに菓子を出して貰え」
「お菓子……」
何だろう。お菓子で釣れるとか考えていないよね? そう思ったけれど口にはしなかった。皇子なりに考えてくれたのだろうからそれを茶化すのは失礼すぎる。
「……どうした?」
黙り込んだ私に王子が眉を顰めた。紅玉のような瞳が真っ直ぐこちらに向いていた。ただこっちを見ているだけなのに何だかドキドキしてきて、頭がぼうっとしてくる。そのせいだろうか……
「殿下は……私の何が気に入ったんですか?」
絶対に聞けそうにないことがさらっと口から出ていた。殿下の目が大きく見開かれて、そこでようやく我に返った。
「な、何でもないです! わ、忘れて下さいっ!」
顔から火が噴出しそうとはこういうことなのか。それを感じながら寝室に逃げようと立ち上がったけれど、間一髪遅かった。




