宣戦布告?
タルトは美味しかった。さすがは王室御用達で大人気のお店のものだと納得の品だった。帝国でもお菓子はたくさん頂いたけれど、やっぱり味付けは自国のものの方が口に合う。そんなに頻繁に食べられたわけじゃなかったけれど、帝国の甘味料はアシェルと違って独特の香りというか風味があってちょっと苦手だったから。まぁ、そこはいいんだけど……
(どうしよう……)
ティアがあんなことを言ったせいで、あの後皇子と今回の騒動について話を聞かれたけれど、挙動不審になってしまった。自分でもマズいと思うほどにぎこちなかったし、わざとらしくなったと思う。色々と。気恥ずかしいし、意識し過ぎる自分がいて情けない……
「もー!! どーしろっていうのよー!!」
「どうなさいましたか、ソフィ様!?」
自分の中の恥ずかしさに負けて。ソファのクッションを手につい叫んでしまったら、ティアに盛大に心配されてしまった。何でもないですといっても中々信じて貰えなかったけれど、皇子のこと考えていたらつい叫んでしまいました、なんて言える筈もない。ちょっと疲れているのかも、と誤魔化すのが精一杯だった。
(でも、どーすればいいのよ、もう……)
話を聞きに来た皇子はすっかりいつもの調子に戻っていて、私だけが一人で悶々としていた。くそっ、人を動揺させておいて何で涼しい顔しているのだと文句を言いたくなる。単なる八つ当たりだけど……
「どうなさいましたの、ソフィ様?」
「え? いや、何でもないわ」
「そうですか。ああ、殿下からまたお見舞いの品ですわ」
「お見舞い? さっき貰ったばかりなのに?」
今度は何のお菓子だろうと思っていたけれど、渡されたのは手のひらに乗るサイズの小箱だった。リボンもついているし、中身は無機物っぽい。開けてみないことには始まらないのでリボンに手をかけた。
「ええっ!?」
小箱の中に鎮座していたのは、皇子の髪色と同じ色の宝石で出来たブローチだった。親指の先くらいの大きさのある紅玉の周りに、金で出来た細かい細工の蔦が絡まる凝ったデザインだった。一体お幾らになるのか、ろくに宝飾品など持っていなかったから想像もつかない……
「……お、お見舞いの品にしては……高価過ぎない?」
「まぁ、そんなことありませんわ。殿下はソフィ様をとても大切に思っていらっしゃるのですね」
「ええ? ど、どこにそんな要素が……」
好かれているとはとても思えないんだけど……そりゃあ、揶揄ったりしてくるのだから嫌われてはいないのだろうし、気安く思っているのだとは思うけど……
「どこがって……自分の色の物を贈るのは帝国では求愛を意味していますわ」
「きゅう、あい? きゅうあいって……何?」
「ソフィ様、ボケるのも大概になさいませ。求愛は愛を乞うということですわ」
「アイヲコウ……」
あの皇子がアイヲコウ? あの皇子が? あの尊大で俺様で口の悪い皇子が?
「えええ――!!」
思わず声が出てしまった。
「ソフィ様、いくら何でもそのリアクションはいかがなものかと……」
「でもティア! 相手は殿下なのよ!? しかも相手は私よ!? どこをどうしたらそういう話になるのよ?」
「え?」
何かを言おうとしたティアの動きが止まった。驚きの表情で私を見ているけれど、そんなにおかしいことを言っただろうか……
「……ソフィ様って、想像以上に……」
「そ、想像以上に、何?」
ティアが何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
「殿下があんなに女性と気安く話すなんて初めてですわ。ソフィ様もそれに応じていらっしゃるし、殿下もとても楽しそうにしていらっしゃったから、私、てっきり……」
「て、てっきり、何?」
「……こう申し上げては何ですが、てっきり両思いなのだと……」
「両思い!?」
声が上ずって変な声が出てしまったけれど、それどころじゃなかった。りょ、両思い? 私と殿下が……?
「ちょっと待って、ティア! わ、私、あんな無神経で俺様で口が悪い奴、別に好きじゃ……」
「へぇ、そうだったのか」
後ろからかかった声に勢いで出た言葉が遮られた。聞き覚えのあるそれに、身体だけでなく頭まで固まった。目の前のティアも目を見開いて何かを見ている。多分、私の後ろにいる誰かだろう。誰かというか、皇子しかいない……再びティアに視線を向けると目が合った。合ったけれど目を閉じて首を横に振った。気が重いというよりもやりたくないけれど、皇子の方を向いた。変に力が入って今にもギギギ……と錆びついた音がしそうなきがする。
「で、殿下……」
怒っているかと思った皇子は無表情で、それが一層恐ろしく見えた。怒っている方が百倍はマシな気がする。射貫くような視線にそれ以上動けなかった。動いたら……その瞬間刺されそうな緊張感があって息をするのも憚れる。
「そうか。好きじゃないか……」
「え? い、いや、それはその……こ、言葉の綾で……」
「ほう」
ほうって何だ。どういう意味なのか分からなくて恐怖しかない。やっぱりこの人と夫婦になるなんて無理な気がしてきた……喧嘩になっても私の全敗の未来しか想像出来ない……
「無神経で、俺様で、口が悪い、か。そうだな。否定はしない」
「……」
肯定しても否定してもダメな気がして返事が出来ない。それまで入り口で佇んでいた皇子が、一歩、また一歩とこちらに向かってきた。ソファに座ったまま動けない私の前に立った。背が高いから立ったままだと威圧感が凄すぎる。思わず頭を守るように手を添えると、無表情を崩して不快に眉を歪め、そのまま目の前に膝をついた。
「そうかそうか。だったら仕方ないな」
「……し、仕方ないとは、どういう意味で……」
「少しは伝わっているのかと思っていたが……まさかこれほどとはな」
「伝わってって……」
何を言っているのか見当もつかない。とにかく機嫌を損ねたことはわかるけれど……恐怖で頬が引くつくのを感じ、それに気づいたのか皇子がふっと不敵な笑みを浮かべた。
「だったらわからせるしかないな」
「へ?」
「全力でわからせるから、覚悟しておけ」
「何を……」
言っているのかとの言葉は皇子の口の中に消えた。皇子の顔があり得ないほどに近づいて、口と口がくっ付いたからだ。
(ん? んん―――!?)
触れるだけのそれがいつの間にか口の中に何か入ってきて、パニックになったけれど、皇子にがっつりホールドされて動けなかった。
「……っ!! にゃ、にゃに、を……!?」
離れた時には息が上がって完全に混乱していた。
「そういうことだから覚悟しておけよ」
そう言うと表情を一転、嬉しそうに笑って皇子が出て行った。
「……な、何なの……?」
気が付けばティアもいなくなっていて、一人残された私は呆然と皇子が消えたドアを眺めるしかなかった。




