第三皇子との茶会
ティアが仕えてくれるようになってからストレスが大幅に減った。今までは帝国騎士の立ち合いの下、王宮の侍女が世話をしてくれたのだけど、私を異母姉として世話をするのが不満で仕方がないという態度だった。もし疑念を持たれてばれてしまったらと思うと気が気ではなかったのだ。
謁見から十日後、帝国の騎士が部屋を訪れて付いてくるように言われた。ティアと共に向かった先は応接室で、中に入ると丸いテーブルに三脚のイスがあった。一番奥の席を陣取っていたのは……紅髪の帝国の第三皇子だった。いずれ顔合わせがあるだろうとは思っていたけれど、まさかこのタイミングで呼ばれるとは思わなかった。
「急にすまない。ああ、そちらにかけてくれ」
示されたのは殿下の右側の席だった。もう一脚残っているということは……
「殿下、お連れしました」
「ああ、ご苦労」
案の定、入ってきたのは異母姉だった。ディドレスを纏い、綺麗に髪を結った姿に恥ずかしくなった。私は普段使いのシンプルなロングワンピースで、髪も簡単に結んだだけだった。こんなことならもう少しマシな格好をしておくべきだった。
「まぁ、アルヴィド皇子殿下にお呼び頂けるなんて……」
入ってきた異母姉は目を丸くして皇子殿下を見つめた。思いもしなかったからつい声が漏れた……そんな感じだった。
「ああ、ソフィ嬢もかけてくれ」
皇子殿下が異母姉に向けて呼びかけたのは私の名だった。そのことにざらりとした嫌悪感が浮かんだ。
異母姉はゆったりとした動きで椅子に腰かけ、私ににこっと人懐っこそうな笑みを向けた。どういうつもりだろう。いつも王妃の横で薄い笑みを浮かべながら私を見ているだけなのに。意図がわからず困惑している間に、帝国の侍女がお茶を入れて下がった。
「急に呼び立ててすまない。中々自由になる時間がなくてね」
そう言って軽い笑みを浮かべる皇子からは、謁見の間で見た鋭利さはなかった。
「今日は親睦を深めたくて来て貰った」
「まぁ、光栄ですわ。私もお会いしたいと思っておりましたの」
そう言って異母姉が無邪気な笑みを見せた。いつもよりも子どもっぱい物言いに違和感が増す。
「改めて、私はアルヴィド。帝国の第三皇子だ。二十五になる。今は遠征軍の副司令官を務めている」
私よりも八歳も上だったのか。もう少し年が近いかと思っていた。八歳も上だなんて私など小娘にしか見えないだろう。それにその年でアシェルを治めるというのなら、相当優秀なのだろうか……
「……様、お姉様」
ぼんやりそんなことを考えていたら声をかけられて、異母姉が私を見ていた。何がと思う間もなく、異母姉が私に挨拶するように促した。そう言えば今の私は第一王女。挨拶も私が先なのだ。
「ソ……アンジェリカでございます。年は十八です。お会い出来て光栄にございます」
突然話を振られ、本名が出そうになって動揺してしまった。早口になってしまったのも淑女らしくなかったかもしれない。
「まぁ、お姉様ったら、落ち着いて下さいませ」
今まで話しかけて来たことがなかったのに、やけに親しげな口調が気になる。微かに悪意を感じたのは気のせいだろうか……
「そんなことは……」
「しっかりして下さいまし、お姉様。アルヴィド皇子殿下、アシェルの第二王女のソフィと申します。年はお姉様の一つ下です。母の身分が低かったのもあって不勉強ではございますが、どうぞ宜しくお願い致します」
私に声をかけた異母姉が、王子に身体を向けて座ったまま美しい礼をみせた。そこにいるのは完璧な王女だった。名を変えても異母姉は生まれながらの王女だった。不作法だった自分が情けない。お茶会が始まったばかりなのに、早くも嫌な予感がして気が重くなった。
「今日は親睦を深めるための私的な茶会だ。二人のうちの一人がいずれ私の妃となる。互いを知ることも大事だろう」
「勿体ないお言葉にございます。私もアルヴィド皇子殿下ともっとお近づきになりたいと思っておりましたの。こうしてお話する機会を頂けて嬉しいですわ」
「そうか。そう思って貰えると助かる。政略とはいえ生涯を共にするのだから」
にこにこと笑いかける異母姉に皇子は愛想よく応えた。鋭さの際立った目も今は穏やかに弓の字を描いている。謁見での印象が強すぎたのか、その差に安堵よりも戸惑いが勝った。
「そうか、ソフィ王女は民のことにも詳しいのだな」
気が付けば話題は市井のことになっていた。異母姉が話しかけ、それに皇子が応える形で会話が進んでいた。私は口を挟むタイミングを掴み兼ねて、黙って二人の会話を聞くしか出来なかった。
「ありがとうございます。私、王女として育たなかったので、よく街には出ていましたの。市井の皆さんと過ごすのはとても楽しかったですわ」
異母姉がすらすらと事実とは異なることを口にしていった。
「なるほど。アンジェリカ嬢はどうなのだ? あなたも街に出たことがあるのか?」
「い、いえ……私は……」
「出たことがないのか?」
「は、はい……」
「アルヴィド様、仕方ありませんわ。お姉様は王女としてお育ちでしたもの。危険だからきっとお許しが出なかったのですわ」
これでは私が民を軽んじているように聞こえないだろうか。私が街に出たことがないのは自由がなかったからだ。一方の異母姉は孤児院などの慰問で外に出ていた。それでも汚らしいと不満たらたらだったのに、それはおくびにも出さなかった。
「あと……アルヴィド皇子殿下、私のことはどうかソフィとお呼びください。そのように育っておりませんので、王女と呼ばれるのは面映ゆくて……」
僅かに頬を染め上目遣いでそう訴える姿は可憐で、思わずドキッとするものだった。さりげなく私の境遇を使って皇子の好感度を上げている。
「そうか。では私のこともアルヴィドと呼んでくれ。ああ、アンジェリカ嬢も」
「まぁ、ありがとう、ございます」
「は、はい。ありがとう、ございます……」
その後も二人を中心に会話が進み、時々皇子が私に意見を求めてきたけれど、満足な受け答えが出来なかった。今までお茶会に出たことがないからどう振舞うべきかもわからず、自分の至らなさばかりが際立った気がする。皇子と異母姉が並ぶさまは絵に描いたようにお似合いで、それも一層居心地の悪さを上積みしていた。
結局、短くもなかったお茶会では殆ど話すことなく終わった。何か話さなきゃと思うほどに焦ってしまい、皇子の問いも満足に答えられなかったのだ。最後の方では異母姉に体調の心配までされて、自分の不甲斐なさに泣きたくなった。皇子からは急に誘ったことを申し訳なかったと謝られてしまって、益々居たたまれなかった。




