これからのこと
まさか彼が王党派だったなんて……そのショックが大き過ぎて、グレンが離れても暫く扉から目を離せなかった。会いたい、話がしたいと願っていたけれどこんな形ではなかった。眼鏡の奥に見えた瞳は昔と変わっていなかった。そのことが嬉しいはずなのに、心に広がるのは困惑だった。
「ソフィ様、今日は大切な日だったのですね」
手に私の着替えを手にしたティアが私の元に来ると申し訳なさそうに囁いた。こんな状況になったことに責任を感じているらしい。ティアのせいじゃないのに。
「嘘よ」
「え?」
ティアだけでなく、グレンや小窓から外を警戒しているエドもこちらを向いた。会話を聞かれると困るのでエドを手招きした。
「王太后様の命日なんて知らないの。あの方は先王様を殺害しようとして内々に処刑されたから。勿論このことは王族や一部の重鎮しか知らないけれど」
「そうだったのですか?」
「ええ、きっと彼らの中でそのことを知っている人はいない筈よ。そもそも王太后様がいつ亡くなったのかも世間には公表されていないから」
「それでは……」
「王族の墓に顔を出せば怪しまれるでしょう? しかもこんな状況下で」
もし皇弟殿下が至る所に注意を払っているならきっと違和感を持って下さるだろう。王家の墓所は王党派にとって大切な聖域になるから。
「あら、このドレス、ソフィ様のものですわ」
「そう。部屋から持ち出したのね」
彼らは未だに私の部屋に出入り出来るらしい。それとも協力者の中に侍女がいるのだろうか。
「皇弟殿下は、気付いて下さると思うわ」
「後はこの場所を見つけて下さるかですわね」
「そうね」
それが一番問題かもしれない。ドレスも墓参りも向かった者の後を尾ければ気付くだろうけど……
「墓参りも必ず行くとは限らないわね。誰かが止めるかもしれないし」
「その可能性はありますわね」
ティアも重いため息をついた。風が強いのか小屋のあちこちからガタガタと音がする。それでも頑丈に作られているのか隙間風が少ないのが幸いだろうか。
「このままここにいても安全とは言えないし……」
「そうですね。例えば眠りの効果がある薬草を小屋の周りで焚かれればどうしようもありません」
「そんな可能性もあるのね」
「はい、眠ってしまえばどうしようもありません」
エドが沈痛な面持ちで眉間の間に皴を深めた。確かにそれをされたらお終いだ。私はまだしもティアやエド、グレンが心配だ。こんなことなら隠し通路に隠れているべきだった。出ると決めた私の判断ミスだ。
「エド、外の見張りはどれくらいいるの?」
「そう、ですね……三方しか見えませんが、その中で見えるのは四人でしょうか」
「四人……」
「離れた場所にもいるかもしれませんが……この雪の中、この小屋を囲うように騎士が立っていては不審に思われるでしょう。数自体はそれほど多くないかと……」
確かに今の季節、樹木は葉を落としているし外は雪で白一色。そんな中騎士服が佇めば目立つだろう。王宮の庭の外れとはいえ警備中の騎士はいるのだから。
「警備兵が気付いてくれて皇弟殿下に知らせてくれるならいいのだけど……」
既に日が傾き始めている。皇弟殿下は優秀な方だから暗くなるまでには見つけて下さるかと思ったけれど甘かった。また一晩を過ごすのはちょっときつい。夜は人目がないからあちらも強硬手段に出るかもしれないし……
こんな時、皇子ならどうするだろう。あの人ならこんな状況になんかならないだろうけど……皇子が出て行って四日経っている。今頃は現地に着いているだろうけれど動くのはこれからだし、今戻っても着くのは三日後。帰ってくるまでここで立て籠る……のは無理だろう。
ふとあの騎士の笑顔が浮かんだけれど、再会を全く喜べなかった。綺麗な思い出を汚されたように感じるのは身勝手だろうか。私が勝手にそう思っていただけで彼に悪意はなく、純粋に囚われの身の私を案じてくれたのだと思いたいけれど、やり方が悪手過ぎる。
こんなことをしても一時的な勝利は手に入れられても、きっと長くは続かない。それくらい帝国の力は強くアシェルは無力だ。ネルダールも本気でアシェルを案じているわけではない。ただ、帝国の拡張を阻止したいのと、あわよくばアシェルを手に入れて自国の力を強めたいだけ。こんな風に考えるようになったのは帝国のお陰だ。昔の私なら騎士の姿に喜んで直ぐに駆け寄っただろう。
「ソフィ様、大丈夫ですか?」
黙り込んでしまったせいか、ティアが気遣わしげに声をかけてきた。私よりもティアの方が疲れているだろうに。エドとグレンもだ。三人ともきっと殆ど寝ていない。こんな状態が長く続くはずがない。
「ありがとう。でも、このままという訳にはいかないわね。彼らはどう動くと思う?」
「このままこちらが疲れて根負けするのを待つのも手ですが……強行突破もあり得ますね」
「ええ、あちらは私とグレンさえ排除すればいいと考えているでしょう。数で押されれば厳しいですね」
エドもグレンも私と同じ考えだった。
「でも、向こうもどれだけの人数がいるでしょう。人を動かせば皇弟殿下に知れますから少人数で動くしかないのではありませんか?」
「それでも一気に騎士を動かしてソフィ様を奪えば、勝機がありましょう」
ティアが言うことも一理ある。冬の庭では騎士の姿は目立つから日中は動けないだろう。そして王党派が大事なのは私の存在だから、自分の心配はしなくてもいいはず。心配なのはティアたちだ。
「ごめんなさいね、私があんなお芝居をお願いしたせいで……」
お芝居のせいでエドとグレンの心象は悪くなってしまった。今にして思えばあれも悪手だった。
「いえ、やらなければ捕まって今頃殺されていたかもしれませんわ」
「ティアの言う通りです。彼らは私たち帝国人を生かすつもりはないと思った方がいいでしょう」
ティアとグレンがそう言うと、エドもその横で頷いていた。王党派にとって帝国人は敵としか見ていないだろう。
「……何だか、臭いません?」
最初に声を上げたのはティアだった。そう言われてみれば、何だか焦げ臭いような・……直ぐにグレンが立ち上がって窓の目隠しをずらして外を伺った。
「大変です、ソフィ様!! 火です!!」
外は薄暗いはずなのにグレンの向こうが赤かった。




