迫りくる騎士たち
人心地着いた私たちは睡眠を取ることにした。エドとグレンは交代で見張りをし、その間私とティアは毛布を敷いた床の上で眠った。眠れないけれど今は少しでも体を休めておきたい。目を閉じても中々寝付けなかったけれど、気が付けば意識がなくなっていた。
「……様、ソフィ様」
ティアに呼ばれて目を覚ますと、既に日は高くなって小屋の中もかなり明るくなっていた。エドが立って外の様子を警戒し、その側では壁に背を預け座ったグレンが目を閉じていた。
「お眠りになれましたか?」
「え、ええ。寝付けなかったけれど、気が付いたら寝ていたわ。もう日が高いのかしら?」
「先ほどお昼を告げる鐘の音が聞こえました」
「そう。外の様子は? ジャンは戻ってこない?」
「外は特には。人が近づく気配もありません。ジャン殿も戻ってきていませんね」
「そう」
ジャンは一人で馬の世話をしているし、いつも通りに動くようにお願いしているからいつ戻るかわからない。今日は食料を受け取りに行くと言っていたし。
「お腹が空いたでしょう? 今はこれしかないから、一人三つずつ分けましょう」
取り出したのは咄嗟に持ってきた飴の袋だ。それでも何も食べないよりはマシだろう。
「いえ、私共は……」
「そんなこと言わないで。いざという時動くのは二人なのだから」
見つかった場合、戦うのは二人だから二人に多めに上げたいくらいだけど、残念ながらそれだけの物を持っていない。夏なら王宮の庭に木の実が成るし、雪がなければ動けるのだけど……
「皇弟殿下は昨日の襲撃に気付いているわよね」
「あれだけ大きな声を出していたのです。気付かない筈はないでしょう」
「そうなれば今頃私たちを探しているかしら」
「きっとそうでしょう」
皇弟殿下は優秀だし、その側近もだ。直ぐに動いてくれただろうから、もしかして逃げずに隠し戸に潜んでいればよかったのかもしれない。
「皇弟殿下が動いていらっしゃるのなら、出て行けば見つけてくれるかしら」
そう言ったらエドとグレンに止められた。もし見つけた相手が昨日の仲間だったら目も当てられない。闇雲に動くのは危険だと。
「だったら……部屋に戻った方がいいかしら? 今頃は警備の者もいそうな気がするし」
「そうですね。その方が安全かもしれません」
ティアも騎士らも頷いた。だったら夜になったらそっと来た道を戻ろうか。昨日の仲間が今も私の部屋にいるとは思えないから、その方が安全だ。
「じゃ、夜になったら戻りましょう」
「ですが、まだ状況ははっきりしません。ジャン殿が戻ってからお決めになった方がよろしいかと」
「だが、あの男は信用出来るのか? もし昨日の仲間と通じていたら……」
赤い眉を顰めて異を唱えたのはグレンだった。
「そうですね。仲間を呼んでこられてはさすがに太刀打ち出来ません。今のうちに戻った方がいいかもしれません」
エドもやはりジャンを信用していなかった。確かに彼は帝国人にいい印象を持っていないように見えた。多くのアシェル人はそう思っているのだろう。仕方がないとはいえ、父らの横暴を知る身としては帝国が理解されないのは残念に感じた。こんな風に思う私を民は裏切り者だと思うだろうか……
「お静かに!」
外の様子を伺っていたエドが静かに、でも鋭く警戒の声を上げた。室内に緊張が走る。
「誰かが近づいてきます。あれは……ジャン殿? いや、でも、他にも騎士が……あれは帝国の騎士? だが……」
「どうしたエド?」
グレンが立ち上がって外を伺った。どうやらジャンだけでなく騎士も一緒らしい。一気に緊張感が高まった。
「見知った顔ですが、彼はアシェル人だ……数は四、五、いや、後ろにまだ何人かいる」
「十は堅いな」
「ああ。ソフィ様、どうしますか?」
「屋根裏に逃げる? でも、ジャンが彼らを連れてきたのなら逃げられないわね」
「ソフィ様、我らが囮になります。その隙にあの通路へ」
「……間に合わないわ。雪で足跡が残ってしまう」
どうしよう。まさかジャンに裏切られるとは思わなかった。でも、逃げても逃げきれない。だったら……
「彼らの狙いは私よね?」
「は、はい。それは間違いないかと……」
「だったら一つ手があるわ。エドにグレン、ティアも、協力してくれる?」
こんな手は使いたくなかったけれど、ジャンが連れているのがアシェルの王党派の残党なら効果はある筈。もし帝国人なら説明すれば済む。小屋には小さな窓が二か所あるけれど曇っていて見えない。それでも木目のすき間からエドやグレンが外の様子を伺っていた。
「ソフィ様、小屋を囲まれたようです」
「そう。準備はいい?」
「はい」
エドたちの予想通り、小屋は十人ほどの騎士に囲まれた。グレンが言うにはアシェルの騎士だと言う。帝国に忠誠を誓って王宮の警備をしていた者たちだという。敵か味方かはまだわからない。
「ソフィ様!! ご無事ですか!? ……なっ!?」
次の瞬間、ドアが荒々しく開くと二人の騎士が中に押し入ってきた。その後ろには二、三人の騎士の姿が見える。彼らは私たちの様子を見て息を詰まらせた。
「動くな!! 動けば王女の命はない!!」
地を這うような低い声で鋭く叫んだのはグレンだった。押し入ってきた者たちが見たのは、エドに拘束されて首元に短剣を突きつけられた私と、その側で剣を構えるエド、その後ろで怯えた表情を浮かべるティアだった。
「き、貴様!! よくもソフィ様を!!」
「ソフィ様を放せ!! この帝国の犬めが!!」
「黙れ、アシェルの負け犬が!」
「ソフィ王女を傷つけたくなかったら大人しくしろ!!」
口々に騎士がエドとグレンを罵ったけれど、二人の悪漢ぶりが板につき過ぎていた。これが演技だとは気づかなかったようだ。きっと私でもそう思っただろう。すっかりなり切っている迫真の演技に、こんな時だと言うのに笑いそうになるのをこらえるのに必死だった。




