襲撃と逃亡
暫くその場で息を潜めていたけれど、どうやら彼らは隠し戸のことは知らないらしい。
「くそっ! ソフィ王女はどこだ!?」
「確かにここで寝ていたんだろうな?」
「それは間違いないだろう。ベッドを使った形跡がある」
「だったらどうしていないんだよ!」
「知るかよ!」
「でもどうするんだよ。必ず生きたまま連れて来いと言われたのに!」
大声で話しているせいかこちらまで声が伝わってきた。その様子からしてあまり私を尊重しているようには思えないし、私を探しているのは間違いなかった。花瓶か何かが割れる音がした。暫く部屋を荒らしていたらしいけれど、程なくして静かになった。諦めたのだろう。
表情を硬くしている三人に口の前で人差し指を立てて静かにするように伝えると、静かに通路の奥に進んだ。ここで話すと向こう側に響くかもしれない。暫く歩くと見覚えのある扉を見つけた。そっと扉を開いて中を伺おうとすると騎士が自分がと小声で囁いたので、その場を譲った。騎士が中を確かめて誰もいないのを確かめると、中に入るように指で指した。
「ソフィ様、これは一体……」
ティアが青ざめた表情で尋ねてきた。
「ここはこういう時のための隠し通路よ」
「そんなものが……」
「どこの国にもあるんじゃない?」
「そ、それは……そうですね」
この小部屋は避難する準備のための部屋だ。念のため持ってきた夜着を近くにあった木箱の底に押し込んだ。一緒に来た騎士は帝国人のエドとグレンと言った。帝国人なら襲撃犯とは無関係だろう。
「一体誰があんなことを……」
「……恐れながら、アシェルの残党の可能性が高いかと」
ティアの呟きにエドがそう答える。確かに帝国人がやる理由が見つからない。アシェル人の可能性が高いだろう。皇子がいなくなった隙を狙ったのだろうから。
「皇弟殿下はご無事でしょうか」
「殿下には精鋭が付いております。滅多なことはないかと……」
「一体誰がこんなことを……」
「今の段階では何とも……」
情報がなさ過ぎる。私を捕らえるのが目的らしいけれど、それ以外は何もわからなかった。
「これからどうしましょうか」
「そうね。ここを出た方がいいのか、隠れている方がいいのか……わからないわね」
「この道はどこへ?」
「王宮の庭園に繋がっているわ。王族だけの秘密なの」
今残っているアシェル人の中に、この通路を知っている者がいるだろうか……
「ソフィ様はどうしてこの道を?」
「王妃の侍女をしていた時、王妃についてこの道を通ったことがあるのよ」
「王妃が?」
「ええ」
あの時王妃に従ってこの道を通ったのは私だけだった。この通路は代々王族だけに伝えられていたのだ。私が侍女に選ばれた理由はこの通路を王妃が使いたかったからかもしれないな、と今になって思った。一人で通うのは怖かったのだろう。
「ああ、この木箱に防寒着があるわ。エドとグレン、これ羽織っておきなさい」
こういう時のために目立たない無難なコートなどが収められている。私も今着ている物を地味な物に替えた。ティアもだ。
「どうする? 外に出た方がいいと思う?」
三人に問いかけると互いに顔を見合わせていた。正直ここにいた方がいいのかどうか、半々だろう。ここにいれば数日は隠れられるだろう。食料はないけれど、動かなければ何とかなる。でも、相手がこの通路を知っていたら袋の鼠だ。
一方でここを出ても安全とは言い切れない。相手がどこまで王宮を掌握しているか。私や皇弟殿下を人質にされれば帝国の騎士も手が出せないだろう。帝国よりもアシェルの騎士の方が数は多い。彼らがまとまって蜂起したら一時的にでも国を取り返すことは可能だろう。今そうなっているのかもしれないし。
でも、それも皇子が戻ってくるまでだ。皇子と彼に付き従っている騎士は精鋭だから、あっという間に王宮を取り戻しそうな気がする。それを待てばいいのだろうけど、いつ戻って来るか……三日が過ぎているから、戻るのも同じくらいはかかるはず。だったら三日待てばいいのか……
「ここを出て、行く当てはあるのですか?」
いつも冷静なティアも不安を隠しきれないようだ。アシェルの情報が少ないのもあるのだろう。
「当てと言うか……匿ってくれる人はいると思うんだけど……」
「だったら出ましょう。ここにいても見つかれば終わりです」
騎士二人もティアと同じ意見だったので、外に出ることにした。動くなら早い方がいいだろう。こうしている間にも敵が向かってきているかもしれないし。
「わかったわ。とにかく出ましょう」
部屋にあった背負いカゴに毛布や防寒着など使えそうなものを放り込んでグレンに背負って貰った。エドにはランプを持って先導して貰い、その後を私とティア、グレンと続いた。足音を立てないようにしながら慎重に進む。幸いにも追っ手はなく、出口まで辿り着いたので私が先頭に出た。
「ちょっと待っていてね」
出口は王宮の庭の端にある茂みの中にある四阿の側だ。暫く使っていないと木が茂って出られなくなる可能性もあるけれど今は冬。葉が落ちているから気を付けないと見つかってしまう。慎重に戸をずらして辺りの気配を探ったけれど、特に音はしない。そっと目の位置まで出して周囲を伺ったけれど人の気配はなかった。
「大丈夫みたいね」
出ようとしたらエドに自分が出ると言われたのでその役目を譲った。身をかがめて外に出たエドが周囲を警戒したけれど、どうやら大丈夫らしい。静かに外に出て戸を閉じる。外はまだ闇の中だったけれど、雪のせいで明るいから助かった。雪が降っているから足跡も消してくれるだろう。私は彼らを連れて目的地に向かった。
「よかった。まだあるみたいね」
向かった先は馬小屋の側にある小さな小屋だ。ここは繁殖用の馬の厩舎なので、人の訪れも少なく、ここにいるのは私がよく知る人物だった。ただ、今もいるのかはわからないけれど……
「ジャン! いる? ジャン!?」
木戸を叩きながら声をかけた。まだ寝ている時間だから気が付かないだろうか。一度通路に戻って出直しを……と思ったら人が動く気配がした。
「そこにいるのはジャン? ジャンならここを開けて。私ソフィよ」
頼れるのはここしか思いつかなかったけれど、帝国の傘下に入ったからもう誰もいないかもしれない。どうかここにいてと祈りながら木戸をノックし続ける。雪は一層激しさを増していた。




