側近の報告
五人目の被害者が出たのはそれから六日後だった。被害者は皇子の側近の一人、ラルフ=アンデルという青年だった。皇子の執務室で次の会議の準備をしていたら、当の本人がやって来た。
「いや~ビックリしました」
左腕に包帯を巻いた状態で頭を掻きながら笑う本人は、至って元気そうだった。包帯がなければ怪我をしているなんて思わなかっただろう。あの皇子の側近がこんなに明るい青年だとは意外だ。皇子の性格からしてうるさいといって遠ざけそうに見えたからだ。ティアがラルフ様にも無言でお茶を出した。
「おい。怪我が軽くてよかったな、なんて言うと思うか? なぁ?」
笑顔の皇子は目が笑っていなかった。私でもわかる。あれは相当怒っていると。ティアも黙って頷いている。
「酷いなぁ。こうでもしなきゃ接触出来なかったんだから仕方ないでしょ~」
「だからって怪我をする必要はないだろうが!」
随分気安い関係なのだろう。皇子がいつもの皇子じゃなかった。こんな表情もするのかとまじまじと眺めてしまった。
「でも、ちゃんと犯人の目星は付けましたよ」
「……当たり前だ。で、何をした?」
「左腕のこの辺りに同じような傷を負わせました。十日やそこらでは消えないものです。調べればすぐにわかるでしょう」
自身の包帯を指さしながらそう答えた。
「背は俺と同じが少し低いくらいでしたね。男です。頭と顔は布で隠していましたが、髪は少しだけはみ出していました。茶色、かなぁ。目は緑? 暗かったから絶対と言い切れないところが残念ですが。利き手は右、使ったのは短剣ですね。騎士が使う物とは違いました。もっと短いものです。あれじゃ致命傷にはなりませんね。殺すのが目的、じゃないんじゃないかなぁ」
軽い口調だけど、襲われた瞬間にそれだけのことをよく見ていたなんて凄い。もしかしてかなり腕が立つのだろうか。
「そうか。単独犯か?」
「近くに他の気配はなかったのでそうでしょうね。身が軽いし、木の陰に潜んでいたみたいだから小柄か細いかですね」
「声は?」
「無言でしたね。切りつけられても声を上げませんでした。結構な手練れかな。でも、それなら急所を狙って確実に止めを刺すでしょうし」
「そうか」
身体的特徴と腕の傷を調べれば犯人は直ぐにわかりそうな気がした。怪我が重要な証拠になるだろう。
「怪我もしたし、暫くは警戒して動かないんじゃないかな。でも、目的は何でしょうね。警告? 愉快犯? 殺す気はなさそうですが、目的が絞れないのが気味悪いですよね」
「そうだな。狙うのは帝国人の文官ばかりだ。帝国への恨みか嫌がらせか……」
「何とも言えませんね。でも、殺意は感じませんでしたよ」
「そうか」
皇子は腕を組んで考え込んでしまった。
「とにかく腕に傷がある者を探すしかないか」
「そうなりますね。というかその為に頑張ったんですから」
「よしラルフ、叔父上にも報告して来い」
「ええ~~」
ラルフ様が大袈裟なくらいに抗議の声を上げた。
「俺、ルードヴィック様が苦手なの、ご存じでしょ?」
「仕事だ」
「そんなぁ~」
尚もラルフ様は抵抗していたけれど、皇子は引かなかった。大袈裟なほどにがっくりと肩を落として部屋を出て行った。
「ソフィ。お前も一人で出歩くなよ。絶対にティアから離れるな。ティアを危険にさらしたくなかったら部屋を出る時は必ず護衛を付けろ。わかったな?」
ティアしかいなければ彼女は身を挺してでも私を守ろうとするだろう。彼女を危険に晒したくないから頷くしかなかった。
「庭の散歩も暫くは止めてくれ。これ以上被害者を増やせば帝国の威信に関わる」
「……わかりました」
庭の散歩は貴重な息抜き時間だったけれど、こうなると続けるのは無理だろう。明るい時間帯は大丈夫だと思っていたけれど、それも犯人の気持ち次第かもしれないし。
「これに関しては今できるのはこれくらいか。後は叔父上が動かれるだろう。ティア、アレを出してくれ」
「お待ちください」
皇子に命じられたティアが奥の侍女たちの控室に下がった。戻って来た時にはトレイに載ったスイーツがあった。そのまま私と皇子の前に並べると、お茶を淹れ直してくれた。
「殿……アルヴィド様も甘い物、食べるんですか?」
私と皇子の前には生クリームとフルーツが添えられたパイが、大皿にはクッキーなどの焼き菓子が載っていた。どう考えても私一人では食べきれない量だ。
「ふふ、ソフィ様、殿下は甘い物もお好きなんですよ」
「……意外です。辛い物がお好きそうなので甘い物は食べないのかと思っていました」
「辛い物も好きだが、頭を使った後は甘い物がいい。辛い物には酒だな」
「……お酒もお強そうですね」
「そうか? 普通だと思うが……」
「ソフィ様、鵜呑みにしてはいけませんわ。殿下のあれはザルと言うのです」
どうやらお酒も強いらしい。私は……飲んだことがないからわからない。男性は何かとお酒を飲みたがるけれど、飲めば疲れが取れたりするのだろうか。
「お酒、ですか」
「お前は飲むなよ」
間髪入れず止められた。自分は呑むのにどういうことだ。
「ええ? どうしてです?」
「弱そうだし、危険だから」
「何ですか、それ」
酒癖が悪いとでも思っているのだろうか。試したこともないのに失礼ではないか?
「飲むなら俺がいる時にしろ。それ以外は禁止だ。ティア、飲ませるなよ」
「かしこまりました」
何よそれ、と思ったけれど、ティアまで同意してしまった。そうなると絶対に無理だろう。でも、皇子と一緒に飲む時間なんてない。夜は夜で翌日の会議の準備に忙しいから。別に飲みたいわけじゃないし。
「ああ、明後日から暫く王都を離れる。その間は叔父上の指示に従ってくれ」
「え? 王都を離れるって、帝国に?」
「いや、王党派の残党の討伐だ。立て籠っているだけなら放っておくが、周囲の村や町で略奪しているらしい。そうなれば放っておけない」
「残党が……それって戦うって事ですか?」
「討伐隊を指揮するんだ。そうなるだろうな」
「それって、危険なんじゃ……」
「危険は付き物だ。だがそれも仕事だ」
さらりと言ってのけたけれど、大丈夫なのだろうか。そりゃあ帝国軍は強いし、皇子も鬼神と呼ばれるほどの猛将だと言われているけれど。
「あの……お気をつけて」
「ああ。心配するな。直ぐに帰って来る」
クッキーを放り込んで挑発的な笑みを浮かべた。負けるなんて想像すらしていないらしい。
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