三人の処刑
翌々日は薄曇りだった。強い日差しが遮られて過ごしやすい。部屋の窓から空を見上げると鳥が遥か遠くに見えた。
今日は父と王妃、アンジェリカの処刑の日だ。
あれから面会の話もなく、私も会って何を話せばいいのかわからなくて、結局何も出来ずに日が過ぎてしまった。皇子がやって来て、騎士らが見た彼らの様子を教えてくれた。
王妃は穏やかな表情でアンジェリカを慰め、抱きしめていたという。その様子は母娘のそれで、今まで以上に親密に見えたそうだ。実子でないと知れて気に掛けなくなると思っていたから意外だった。
一方のアンジェリカは死への恐怖で相当憔悴しているという。まだ若いからそれも当然だろう。しかも王家の子でもなんでもない、ただの騎士の子だったのだ。もし生まれた日が数日ずれていたら、男児だったら、丸っきり違う人生を送っていただろう。彼女もまた王家の犠牲者なのだろう。それでも減刑にはならなかった。
父は相変わらず漫然とした視線でどこかを見つめ、独り言を呟きながら一日中ソファに座っていたという。呼びかけても要領を得ない返事ばかりで、食事も出されたら食べるけれどそれ以外のことは殆どしていないという。もう心は別の世界で生きているのかもしれない。
弟は今まで通りの生活を送っているらしい。父の死が迫っても興味を示すこともなく淡々と過ごしていて、ノーラがよく仕えてくれているという。そんな彼はどこか田舎の離宮で静かに暮らしたいと申し出たとの話を皇子から聞いた。幽閉で構わない、誰とも会えなくてもいい、ただノーラさえ側にいてくれたらそれでいいと言っているという。
「さすがに直ぐ答えられる話じゃないからな。あの子はまだ十四。どこかの養子に入ることも検討していたんだが……」
エヴェリーナ様のような生き方もあると説明したけれど、弟はノーラと静かに暮らすことを望んでいるという。まだまだ母親に甘えたい年だ。ノーラを母親代わりとしてそうさせてもいいのではないかとの声もあるという。
「ソフィはどう思う?」
「そう、ですね。私は……弟が、望むようにして頂ければ……」
どうするのが一番かわからない。でも、弟がそれを望むならそうしてあげたいと思う。これまでの十四年が決して幸せなものではなかっただろうから、それを埋める期間があってもいいように思う。ただ静かに暮らしたいというのならそれでいいんじゃないだろうか。私だって出来るならそうしたいと思う。
皇子に案内されたのは、王宮の端の方だと思われるエリアにある小さな控室のような部屋だった。部屋に入って右側には小さな窓があって、隣の部屋が見えるようになっていた。
隣の部屋は広めの応接室で、真ん中にテーブルがあってその向こうに三人分のソファがあった。その周りには騎士たちがぐるりと囲う様に立っている。そこが処刑のための部屋なのだろう。普通の応接室のように調度品が置かれているから、一見するとそんな風には見えなかった。
「そろそろだな」
皇子がそう言うと廊下に足音が複数鳴り、隣の部屋に人が入って来るのが見えた。騎士を先頭に帝国の宰相と文官が三人、その後ろに騎士が二人、その後ろに両脇を騎士に挟まれて父と王妃、アンジェリカが入ってきた。最後にはトレイに何かを乗せた侍従らしき人物が続いた。
「本当に見るのか?」
「……はい」
父らがソファに座る様子を見ていると皇子がそう問いかけてきた。父は相変わらず無表情で、虚ろな目でどこかを見ていた。王妃は泣き崩れそうなアンジェリカの肩を抱いていた。杯を目の前に置かれるとアンジェリカは崩れ落ちそうなほどに激しく泣き出し、それを王妃が支えた。その姿は本当の親子よりも親子に見えた。二人の姿に息が苦しくなる。
「あんまり見るもんじゃないぞ」
「わ、わかっています」
「下手すると夜に魘されるぞ。下手すると何年も……」
「……覚悟は決めていますから大丈夫です。多分……」
「何だよ、その多分って……」
横で皇子がブツブツ言っている。ごちゃごちゃ煩いなぁと思うけれど、本音を言うと怖いからいてくれるのは有り難かった。
「始まったな」
どきんと心臓が嫌な跳ね方をした。皇子の声にガラス窓から隣の部屋を伺った。ソファに座らされた父らの前に侍従らが小さな杯を置くと、コップを手渡していた。中には何かが入っているらしい。
「あれは何なの?」
小さな杯には毒が入っているのだろう。その前に手渡されているコップには何が入っているのか気になった。
「あれが毒だ」
「毒? って、小さな杯ではなく今飲んでいるあれが?」
「ああ、本人らには毒の苦痛を和らげる薬だと伝えている。眠くなる薬だからこれを飲めば苦しみが殆どなくなると」
「ま、待って。それじゃ……」
「直ぐに眠くなって、その後で心臓が止まる。そういう薬だから苦痛はないと言われている」
それでは罰にならないのではないだろうか。でも……
「……凄い、ですね。そんな薬があるなんて……」
そんな薬があるなんて知らなかった。
「血を吐いて死なれても片付けが大変だ。苦しめばそれに立ち会う人間も気を病む」
皇子の言う通りで、アシェルとは真逆だと思った。アシェルだったら如何に苦しめるかを第一に考えそうだ。三人はコップの中を飲み干すと、そのままソファに身を預けているように見えた。
「終わったようだな」
皇子の言う通り、医師らしい人物が一人ひとり手を取って脈を確かめていった。最後にアンジェリカの確認を終えると医師がその場を離れ、その場にいた者が三人に向かって静かに頭を垂れた。その様子に一層胸が痛くなった。




