王妃との面会
翌日、王妃との面会が行われた。彼らの処刑が迫っているから早かったのは有り難かった。何を思って会おうと思ったのだろう。牢への足取りは前回以上に重かった。
案内されたのは前回と同じ部屋だった。聞けば父が離れた部屋に移されて、今は王妃とアンジェリカが残っているという。面会用の窓の前に座った。今日も皇子が立会人として一緒だった。
騎士らと共に現れた王妃は一段と老け込み精彩を欠いているように見えた。それでも姿勢を正しているのは矜持からだろうか。
「……これを、渡しておくわ」
そう言って王妃が鉄格子の向こうのテーブルに置いたのは指輪だった。細い銀の台に青い石が載ったそれを手に取ってみる。繊細な細工が施されているそれは、どこか見覚えがあった。
「これは?」
「ユーアンが、弟があなたの母親と婚約する前、その約束にと揃いで用意したものよ。ニーナも同じものを持っていたでしょう?」
母が生前、ずっと身に着けていた指輪だった。王妃もあの指輪だけは取り上げなかったし、今も母の形見として私の手元に置くことを許されている。
「あれは……母親の、私の祖母の形見だと、聞いていました」
「そう……そう言って、取り上げられないようにしていたのね」
父に奪われないように、形見だと言っていたのか。だったら納得だ。父は母には甘かったけれど他の男の影には敏感だった。
「どうして、これを?」
「……私が持っていても帝国に没収されて終わりだから、あなたに渡すのが最善だと思っただけよ。ユーアンも……それを望んでいるでしょうから」
死んでしまった後で指輪だけ共にあっても意味がないだろうに……そう思ったけれど、王妃は何か思うところがあったのだろう。その想いを無下にしようとは思わなかった。もしかしたら母は喜んでいるかもしれないし。
「それをどうするかは好きにすればいいわ。ずっと手元に置くもよし、捨てるもよし。あなたが決めたことならあの二人も文句はないでしょう」
随分重い置き土産だ。
「わかりました」
要らないとも言えないので受け取ったけれど、手元に置くのも気が重い。アシェルに行ったら飾り箱にでも入れて母のお墓に埋めてしまおう。ずっと一緒なら二人共文句はないだろう。少なくとも母にはないような気がした。
「……謝らないわよ」
「え?」
「謝らないわ、これまでのこと」
謝罪の可能性を考えていただけに、その言葉が意外だった。それに王妃は真剣な表情で、目には強い意志を感じた。
「謝ったところで許せないでしょうから。それだけのことをした自覚はあるから」
「それは……」
「何も言わないで。私は謝らないし、あなたは許さなくていい。それだけのことよ」
予想もしなかった言葉に、直ぐにはどう返していいのかわからなかった。それでも、王妃が許しを求めていないことだけは伝わった。
「わかりました」
「それじゃ、失礼するわ」
そう言うと王妃はそのまま背を向けて部屋の奥へと消えていった。呆気なく終わった面会の後には指輪だけが残った。
「……謝らなかったな」
自室へ戻る最中、王妃の姿を思い返していると、上から声が下りてきた。
「そう、ですね。でも……らしいと思いました」
全く彼女らしいと思った。最後まで王妃は王妃だったなと思う。驕慢で、尊大で、決して頭を下げない、嫌な女。それが私の知る王妃だった。
「……案外、いい人だったのかもしれません」
「……どこにそう思える要素があったんだ?」
そう言われると答えようがない。でも……
「謝られても……多分許すなんて言えなかったと思います」
「そりゃあそうだろう」
「だったら、謝らない方がいいですよ。ずっと許さなくて済むんですから」
そっちの方がずっと気が楽なような気がした。嫌って憎んで、全ての元凶は王妃だと思っていた方が、ずっと気が楽だし罪悪感を持たずに済む。
「だが……憎み続けるのも疲れないか?」
「それは……」
「誰かを憎むにはエネルギーがいる。憎しみは生きる糧になるほどだからな」
確かに皇子の言うことも一理あるかもしれない。復讐は生きる目的になるのだろう。王妃もその一人だったのかもしれない。
彼らが死ねば憎しみだけが残るのかもしれない。いつか許せると思える日が来ても、彼らにそれを伝えることも出来ない。もしかしたらこれは王妃の最期の嫌がらせなのだろうか。一生罪悪感を植え付けるための。自分たちを忘れさせないための。だったら……
「……案外、許した方が王妃は苦しむのかもしれませんね」
指輪を私に託けたくらいだから良心は残っているのだろう。多分。もしかすると憎まれることで精神のバランスを保っているのかもしれない。何もかも失い、愛する弟と母の真相を知った今、母への憎しみは薄れて罪悪感がそれに置き換わっているのかもしれない。そこで私が許すと言えば、その罪悪感はより大きくなって耐えられないのかも。
「どうなんだろうな……」
「王妃の心の中まではわかりません。でも、もういいです。今更過去は変わらないし、彼らがしたことがなかったことにはなりませんから」
そう、これまでされた仕打ちはなかったことにはならないし、彼らに償う時間はない。王妃が何を思ってあんなことを言ったのかわからないけれど、謝らないというのならそれでいいと思う。
「処刑、私も立ち会いますから」
「本気か!?」
皇子が歩を止めて、赤い目を見開いて私を見下ろした。
「人が目の前で死ぬんだぞ? お前が見る必要はないだろう?」
「でも、次のアシェルの王妃は私なのでしょう?」
「あ、ああ。だが……」
「戒めです。私が、王妃として道を踏み外さないための……」
王妃になっても、私がその地位にそぐわないと判断されれば多分帝国は生かしておかないだろう。病死とでも何とでも言い繕って殺されるのは間違いない。そうならないために、そして生き残る者として彼らの最期を見届けようと思った。




