明るみになった真実
ようやく母の一片が見えてきた。やっぱり母は自分の意に反して側妃になっていたのか。そもそも没落して後ろ盾のない母が側妃になれる筈もない。公爵が王子を産むための道具として母を置いていたのだ。公爵なら他の貴族の声を抑えることも出来ただろう。そして公爵が望んだ通り母は王子を産み、順調にいけば公爵家は外戚として権勢を手中に収められたのだ。帝国に喧嘩を売らなければ。
「まさか……ユーアンの怪我は……」
王妃が声を震わせて父に問いかけると、父は口の端を上げた。その表情は別人のように凶悪で醜悪なものだった。
「こ、の……人殺しっ! よくもユーアンを!!」
王妃が父に掴みかかろうとしたが、それは騎士によって止められた。両手を騎士に後ろで拘束されながらも、王妃は父に激しい怒りを向けていた。
「お前に言われたくないな」
「何ですって?」
「生さぬ仲とはいえ、義理の息子を死ぬ直前まで追い詰めておいて、よくそんなことが言えるな」
それは……エリクのことだろうか。死ぬ直前まで追い詰めた? 王妃の下で王太子として何不自由なく育ったのではなくて?
「あ、あれは……」
「幼い子供を甚振るのは楽しかったらしいな? 気付くのがあと少し遅れていたらあれはこの世にいなかったんだからな」
王妃は浅く息をしながら顔を一層青くしていた。どうやら本当のことらしい。母と私だけかと思っていたけれど、弟にまで手を上げていたのか……
「ニーナはいつだってお前とユーアンに謝っていたぞ? 泣きながらお許しくださいとな」
「ニーナ、が……」
「家族にもだ。お前の父がやったことのせいで、あれの実家は完全に潰れた。親兄妹の行方も知れずになったが、はて、公爵は彼らをどこにやったのだろうな」
「あ……」
「ニーナは心優しい娘だった。お前も知っていただろう? 病気の母と幼い妹のためにと自らの結婚を諦めて出仕していたのだからな」
「ニー……」
王妃がその場に崩れ落ちた。ああ、もしかすると王妃は母に好意的だったのだろうか。弟の婚約者として。自らの侍女として。
「お、お父様……嘘、ですよね? お父様がユーアン叔父様を……」
「お前にお父様と呼ばれる謂れはない」
「え?」
その言葉に、三人が一斉に父を見上げた。王妃も異母姉も意味が分からないように見える。一体父は何を言おうとしているのか。
「お前はわしの子ではない、と言ったのだ」
「へ、陛下! この子は私の子ですわ。私と陛下の!!」
「わしとお前の子は、既に死んでいる」
「……な……」
来るのではなかったと、心から後悔した。この先の話は知らずにいた方がよかったのだろう。特に王妃と異母姉には。
「本当の王女は生まれて直ぐに死んでいる。お前は公爵が用意した替え玉だ」
「か、替えだ……」
異母姉の目はこれ以上ないほど見開かれていた。
「公爵も一時凌ぎのつもりだったのだろうな。先に子を産むのは正妃であるお前でなければならないと必死だったぞ。二人目が生まれれば、お前のことは事故か病気に見せかけて消すつもりだったらしいがな」
「お、お父様が……」
「だが、お前が二度と子を成せなくなったせいで、そういうわけにもいかなくなった」
「な、成せなく、なった?」
呆然と王妃が父を見上げていた。彼女が王妃の地位にいられたのは実家の力と王女を産んだ点だった。
「ニーナと、彼女が産んだ息子に感謝するんだな。そうでなければお前はとっくに廃妃だったんだから」
「廃、妃……」
王妃が力なく呟いた。父の独壇場と化した空間は、冷たく禍々しい空気に包まれていた。鳥肌が立ち、今すぐ逃げ出したいのに目を逸らせない。知らない方が幸せだとわかっていても、目を覆い耳を塞ぐことは出来なかった。
「う、うそ、ですよね、お父様? 私は、お父様とお母様の……」
「残念ながらお前は我々の子ではない。わしの子は、王家の血を引くのはニーナが産んだ子だけだ」
今までとは真逆の異母姉への態度に驚いた。王妃ほどではなくても異母姉を可愛がっていたはずなのに。
「そ、そんな……でもお父様、いつも私を……」
「ああ、お前はかわいい子だったぞ。お前のお陰でニーナを側に置けたんだからな」
「は?」
「お前がいなければ王妃は別の者になっていただろう。そうなればニーナを側に置くのは難しかった。お前のお陰で母も祖父である公爵も、何よりもわしが幸せになれた。感謝しているぞ」
「かん……」
信じていた父からの辛辣過ぎる言葉に、異母姉もその場に膝をついた。自分こそは正統な王家の血を引く者との自負が彼女のプライドの根源だったのに、それが壊れたのだ。私でもそのショックの大きさは想像出来た。
「ああ、ニーナそっくりになったな。段々ニーナに似てくる……」
いつの間にか父が騎士に拘束されながらもこちらに近付いていた。うっとりと見上げる様子が気持ち悪い。
「私とニーナの愛の結晶だ。私の……」
「母はあなたを愛していませんでしたよ」
王妃や異母姉の肩を持つ気はないけれど、この男の不気味な笑顔が許せなかった。どれだけ人を傷つけ苦しめれば気が済むのか。
「何を……」
「あなたが来ると侍女が告げに来るたび、母は不機嫌になりました。帰った後はユーアンごめんなさいと泣き続けていました。母があなたを愛したことなど、一度もなかったのではありませんか?」
「な……」
「卑怯者が愛される筈ないではありませんか。どうやら母が愛していたのはユーアン様お一人。それは死ぬまで変わりませんでしたよ」
「な!」
薄ら寒い笑顔が段々苦悶から怒りへと変わっていった。
「ニ、ニーナは……ニーナは……」
「軽々しく母の名を呼ばないで下さい。母は不幸の元だったあなたを愛するはずがない。何度でも言いますよ。母が愛していたのはユーアン様。あなたじゃない」
「ニー……」
怒りの表情が絶望の色に変わった。
「あ……ぁ……ああぁ……」
目と口を開き、上を向いた父はそのまま膝から崩れ落ちた。室内には絶望に染まった三人が力なく座り込んでいた。




